第10話 ファイアードラゴンの猛威【1】
昼間は晴天で洗濯日和だった。それなのに夕方頃から曇り始め、どんよりとした鈍色の空へと変ってしまった。分厚い雲に覆われた夜空には、星も月も見えやしない。だが街なかはいつもどおり、街頭の光が周囲を明るく照らしていた。その光の中に、突然、人影が浮遊した。ほうきを制御するユタナのうしろに乗るナキの姿が、夜空に浮上した。
夜型のユタナは妖精の森へ行って以来、何度かナキと夜の飛行をすることがあった。眠れない夜は、ベッドから出て夜風に当たりたい。今夜もちょっとした気分転換だ。
街全体を見下ろせる小高い丘へとナキに誘導されたユタナは、大地に降り立った。月明かりがあればもっと綺麗な夜景を楽しむことができたのだが、なにせ天気が悪い。そのうち雨が降りそうな空模様だ。
雨が降り始めたら帰ろう……昼間の晴天が続けば、星空を楽しめたのになぁ……と、思いながら街を望むふたりは、草むらに腰を下ろした。
「ここラーラに教えてもらったんだ。星空の下で見る夜景がすごく綺麗なんだ。今夜は曇っていて残念だよ。こんどまた晴れた夜に来よう」
「ラーラさんは素敵な場所を知ってるんだね」
「思い出の場所って言っていた。でも、その思い出は教えてくれなかった。もしかしたら、昔の恋人との思い出なのかも」
「恋人?」
「俺も詳しくは知らないけど、ふたりは破局して、その後、彼のほうはドラゴンハンターになったらしい」
ラーラは恋愛経験があってあたりまえの年齢だ。ユタナは恋愛の経験はないが、興味はある。そしてナキに淡い恋心をいだくからこそ、大人の恋愛事情が少しだけ気になったので訊いてみた。
「いまは恋人がいるのかな?」
「いないよ。綺麗なんだから恋人つくれよって言ったことがあるんだけど、あたしは仕事人間なのって言われたよ。ラーラは優秀な看護師だから、将来は平和の宿の婦長だな」
たわいない会話をしていたそのとき、夜空に巨大な生き物が空を浮遊している影が見えた。その大きな鳥類のような影はこちらに向かって距離を縮めてきた。
なんだか嫌な予感がする……ナキは目を凝らしてその生き物を凝視した。
「なんだあれ……」
暗闇の中を飛んでいる大きな生き物の正体がわかったユタナは、血相を変えて咄嗟に立ち上がった。
「ファイアードラゴン!」
「本当だ! デカい!」驚いたナキも立ち上がった。「みんなに知らせないと! 早く街に戻ろう!」
「街に戻っている時間はない」
「だったらどうするんだよ」
「耳を塞いで」と指示したユタナは、腕を大きく振り回した。すると幾重にも重なった輪が宙に浮き上がった。その輪の中心に向かって、「ファイアードラゴンが来た!」と声を発した。拡声器を使ったかのように大音量の声が街じゅうに響き渡った。
耳を塞いでいたナキは、大地が震えるようなユタナの声に驚いた。
「そんな魔法あったの!?」
「うん」
その後、街の建物の周囲に次々とドーム型の光が浮き上がった。魔法使いがシールドを張り始めたのだ。それと同時に避難も始まった。魔力を持たない者は、荷物をまとめて、魔法使いの家へ向かった。
不幸中の幸いは、この街に魔法使いが多かったことだ。魔法使いの数が少ない街だと、被害が拡大する。魔力の大きさは個人によって異なるが、強い魔力を持つ者もいるので、ドラゴンハンターが到着するまで街を守ることができる。
人々に危険を知らせたふたりも急いで街に戻ろうとした。しかし、ユタナのとった行動によって、自分たちの身を危険に晒すことになってしまった。大きな声に反応したファイアードラゴンがこちらに向かって飛んできたのだ。
大きな口を開けたファイアードラゴンは、咆哮しながら炎を吐いた。とぐろを巻いた大蛇のような形状をした炎がふたりを襲った。ユタナは咄嗟にシールドを張った。
草叢が炎に包まれ、周囲の木々も燃えてゆく。ここ一帯を火の海にしたファイアードラゴンは、街がある方向へ飛んでいった。
シールドを張って灼熱の炎から身を守るユタナは、悲鳴を上げた。
「熱い!」
大抵の魔法攻撃はシールドで防御できるため、ファイアードラゴンが吐き出す炎からも身を守れると思っていた。だが、それは間違いだった。ユタナの魔力で作ったシールドでは、この炎を防ぎきることができなかったのだ。
その熱はナキにも伝わった。
「なんで熱いんだよ! シールドを張ってるのに!」
「もうだめ!」
熱さに耐えかねたユタナが涙を零したとき、突然、強い光を放つシールドが張られた。
もう熱くない。
驚いたふたりは後方を見た。
そこにはカルの仲間のドラゴンハンター、魔法使いのジンが立っていた。
「大丈夫か? お嬢ちゃん。そのシールドじゃだめだ。腕まで灰になっちまうぞ。このくらい強くないとファイアードラゴンの炎は防げない。街に張り巡らされたシールドも弱い。あれじゃみんな灰になる」
ユタナの代わりにナキが言い返した。
「ドラゴンハンターじゃないんだからできるわけないだろ。それにファイアードラゴンと戦ったことがないんだから、どんな魔法が効果的なのか知るはずがない」
「かもしれないが、今年は各地でドラゴンの被害が多い。この街も不測の事態に備えるべきだった」
ユタナは尋ねた。
「ファイアードラゴンの数も増えているんですか?」
「他の地域では増えているけど、この辺りは久しぶりだ。ずいぶん前の話になるが、田舎町に行く途中の森で、ある家族が犠牲となった。ガキは無事だったが、その両親が死んだ。あのときは街に被害が出る前に炎を食い止められたが、毎回それができるとはかぎらない」
すぐに自分の話だとわかった。あの惨劇によって人生が崩壊したのだ。
「田舎町の森……それ……あたしのママとパパ……」
長年、ドラゴンハンターとして活躍するジンは、多くの人や街を救っている。それでも自分たちが救った人や街を決して忘れはしない。当然、ユタナのことも覚えている。
「なんだ、あのときのガキか。ずいぶん大きくなったな。そりゃあ俺もおやじになるよな」
「あなたがあたしを病院に運んでくれたの?」
「いや、俺じゃない。そいつならファイアードラゴンを追いかけてぶっ飛んでいった」
急いで街に戻らなければならないことは理解している。両親がどのようにして死んだのか……ずっと知りたかったことだったので、訊かずにはいられなかった。
「その人の名前は? その人に訊きたいことがあるの」
「カルだ。銀色の髪と珍しい紫の眼をしたヤツだから見ればすぐにわかる。だけど、細かいことはあとにしろ」いまはそれどころではないので、話を切り上げた。「俺はこの辺一帯の炎を消す。消し終わったら仲間と合流してファイアードラゴンを倒す。お嬢ちゃんは街に戻って万が一の場合に備えたほうがいい。
それから、いま張っていたシールドでは炎は防げない。魔法使い同士の魔力を合わせて大きなシールドを張れ。小さい魔力も人数が集まれば大きくなる。魔力が強いヤツは水の魔法を放ち、消火に当たれと伝えろ。わかったな」
そのとき数人のドラゴンハンターの魔法使いが大地に降り立ち、水の魔法を放って、周囲の炎を消し始めた。
ジンの言うとおり、ファイアードラゴンの退治が終ったあとカルに訊くことにしよう。あのころの自分たち親子のような被害者を増やすわけにはいかないので、街へ戻ることにした。
「わかりました」
ほうきに跨がったユタナは、ナキを乗せて、空へ浮上した。その瞬間、眼下に広がる光景を目にして、言葉を失った。
「なんてこと……」
ふたりは小高い丘にいたが、高く燃え上がる炎が視界を遮っていたため、何も見えていなかった。上空から見下ろすと、街の手前の森が火の海だった。この一帯は森に囲まれているので、ファイアードラゴンが一度でも炎を吐けば、広範囲で火の手が上がる。
赤々とした炎を見ていると、子供のころの恐怖体験が蘇る。あの日、平穏で幸せだった日常が一瞬にしてファイアードラゴンに奪われた。もし街に炎が燃え広がれば、多くの死者や怪我人が出るだろうし、人々が何世紀にも渡って築き上げた財産が灰になる。
ここで生まれ育ったナキは、なんとしても街を守りたい。大勢の知り合いがいて、友達もたくさんいる。思い出がなくなるのはあまりにも悲しすぎる。
「施設に戻ろう!」
「急ぐからしっかり掴まって」
「うん、わかった」
ユタナは飛行する速度を上げ、街へ戻った。上空から見下ろすと、不安げな人々が行き交う姿が見えた。魔法医療学校の屋上にも生徒たちが集まり、いざというときのために待機している。ここからでも森に広がる炎が見えるため、街じゅうが緊迫した雰囲気だった。
ユタナはふたたび拡張器の魔法を使い、いましがたジンに言われたことを街じゅうに知らせた。
「そのシールドでは炎は防げない! 魔法使い同士の魔力を合わせて大きなシールドを張って! 小さい魔力も人数が集まれば大きくなる。魔力が強いひとは水の魔法を放ち、消火に当たってください!」
すると、建物に張られたシールドが色濃くなっていった。街の様子を確認しながら施設に戻ったふたりは、ユタナの部屋の窓から室内に入った。すると目の前には怒りの表情を浮かべたマザーが立っていた。
「あなたたち! どこに行っていたのですか!」
ユタナとナキは素直に謝った。
「ごめんなさい」
「だけど、俺とユタナがファイアードラゴンを発見したから避難できた人もいる。いちおう役に立った」
「ナキ! 口答えはけっこうです! そんな言い訳は聞きたくありません!」
と、怒鳴り声をあげた。マザーが怒るのは当然だ。ここにいるマザーたちが、ドラゴンハンターのジンの存在など知る由もない。拡張器の魔法を使うユタナの声が燃え広がる炎の方角から聞こえたあと、街の上空からふたたび同じ魔法を使う声が聞こえたので、たったいまふたりを迎えに行こうかと思っていたところだったのだ。
「本当に反省してる。ごめん、マザー」
ため息をついたあと、優しく尋ねた。
「本当にどれだけ心配したと思っているの? 体は大丈夫なの?」
「うん。大丈夫だよ」
マザーはユタナに顔を向けた。
「あなたも怪我してないわね?」
「はい、大丈夫です。本当にごめんなさい」
マロネと一緒に施設にシールドを張っていたメルが部屋に入ってきた。厳しい言葉をふたりに言った。
「また抜け出したのね! だめじゃない! みんなに心配かけて何考えてるの!」
マザーがメルに顔を向けた。
「いま怒ったところよ」
「それならあたしから言うことはないわね」メルはマザーに街の様子を伝えた。「街の魔法使いたちが森の炎を消すために、森へ向かっています。あたしとマロネはシールドを張り続けますが、いまアリが様子を覗うために外に出て行きました」
マザーは窓から空を見上げた。一部の魔法使いが森へ向かい、待機している魔法使いもほうきに乗って上空を右往左往していた。万が一を考えると、誰もが落ち着かない様子だ。気が気でない。
ユタナとナキが無事に戻ってきたので、マロネとメルと共にシールドを張ろうとした。
「わたしたちの魔力を合わせなくては。絶対に子供たちとここを守る」
部屋から出た四人は、みんなの様子を覗うためにまずは大部屋へ向かった。いつもならぐっすり眠っている時間だが、不安げな表情を浮かべて、全員がベッドに座っていた。
「おまえら何やってたんだよ! みんな心配したんだぞ!」トーヤがナキとユタナの顔を見た瞬間、怒りながら言った。「おまえらのおかげで迅速な対応ができたんだよな。もしユタナがいなかったら、ファイアードラゴンが街に向かって炎を吐いていたかもしれない」
マザーはトーヤに顔を向けた。
「ですが一歩間違えばふたりとも死んでいたかもしれないのよ」
「そうだけど……」
まさかファイアードラゴンが現れるとは夢にも思わなかった。いつもどおり、夜空の飛行を楽しんだあとは施設に戻るはずだった。
「もう抜け出さないよ」と、ナキが言った。
マザーはユタナに言った。
「わたしたちも外に出て、万が一に備えましょう。マロネたちとシールドを張ります」
両親の最期の言葉を遺言カプセルに収めてくれたカルに訊きたいことがあった。両親がどのようにして死んだのか、どうしてもそれが知りたい。
火を消す手伝いに行った街の魔法使いたちのように、森ヘ向かうべきか……過去と向き合うためにもそうするべきなのではないだろうか……
ファイアードラゴンを退治したあと、彼に訊けばよいと思っていたが、それでは遅い。ここにいては、おそらくカルに会えない。マザーも魔力が強い。シールドは自分がいなくてもなんとかなりそうだったので、重要な話を切り出した。
「あの……」
「なんですか?」
「あたしも消火の手伝いに行きたいです」
マザーは首を横に振った。ユタナを危険に晒すわけにはいかない。
「そんな危ないところに行かせられません」
「子供のころあたしを診療所に運んでくれたカルさんに会って訊きたいことがあるんです」
「カルに?」
「彼をご存じなんですか?」
ラーラとは付き合いが長いので、カルが元彼ということも知っている。だが言う必要がないので、それは口にしなかった。
「ええ、もちろんよ。彼はこの街の出身ですもの」
「そうだったんですか……」
カルと会って話をすることで、過去を乗り越えることへのきっかけとなれば、ユタナの未来は変わるはず……と、マザーは思った。できればカルと会わせてあげたいが、いまは危険だ。やはり許可できない。
「ファイアードラゴンを倒さないかぎり、いまのドラゴンハンターには近づけません。戦いが終るまでここで待ちましょう」
いまの彼らが悠長に答えている暇はないだろう……それにふたたび抜け出すのは難しい。しばらくここで待つしかないようだ。
「はい……わかりました」
返事をしたそのとき、こちらに向かって飛んでくるアリの姿が窓越しから見えたので、ユタナは窓を開けた。すると焦りの表情を浮かべたアリが、部屋に飛び込むように入ってきた。
ほうきから降りたアリは、現状を早口で伝えた。
「大変よ! 突然、風向きが変ったの! 風も強くなった! 火の粉がこっちに飛んでくる! 急いで強力なシールドを張るよ!」
アリがみんなに報告したあと、「ファイアードラゴンが街に向かったぞ! 最悪の事態に備えろ!」と、ユタナも使った拡声器の魔法を使うドラゴンハンターの声が街じゅうに響き渡った。
「あなたたちはここにいなさい」マザーは子供たちに言ってから、指示した。「外に出て建物にシールドを張りましょう」
「はい」と、返事した三人はマザーとともにほうきに乗り、施設の外へ移動した。
穏やかだった日常はもうここにはない。しばらくドラゴンの被害はなかったため、住民たちはその恐怖を忘れかけていたが、燃え広がる炎を目の当たりにした瞬間、そのときの恐怖が蘇った。
夜空には火の粉が舞い、シールドが張られていない建物に引火し、赤々と燃えている。その大半の建物は魔力を持たないふつう人間の家だ。大切な家と思い出が灰になっても、彼らにはどうすることもできない。
だが、彼ら人間が避難している場所も “ふつうの魔法使い” の家だ。炎から身を守るために必要なシールドを張り続けるためには、それなりに魔力を消費する。つまり、いつまでも魔力を放出させることはできないのだ。
そしてそれはユタナたちにとっても同じだ。両手を天にかざすマザーの肩に触れたユタナとシスターたちは、自分たちの魔力を彼女に注入した。手のひらから光を放ったマザーは、マロネが張ったシールドを強化した。
魔法の光と炎の明かりが夜の街を照らすと、大地に巨大な影が映った。固い鱗に覆われた赤いファイアードラゴンが、ついに街の上空に現れたのだ。脅威の存在に、住民たちは慄然とした。
すぐに数十人ものドラゴンハンターが街へと入ってきた。今夜のファイアードラゴンはとてつもなく巨躯だ。力も強く、一筋縄ではいかない。ドラゴンハンターも必死だが、ファイアードラゴンのほうも、彼らに掴まれば死を意味するので必死だ。両者ともに命懸けの戦いとなる。それが森ではなく、この街で。
咆哮したファイアードラゴンは、ドラゴンハンターに向かって炎を吐いた。彼らはそれを素早く躱したが、興奮しているファイアードラゴンは眼下の家屋に向かって炎を吐いた。
シールドを張る魔法使い全員が街を守ろうとするも、その熱は想像以上に熱い。耐えきれずに魔法を解除せざるを得ない者もいた。逃げ惑う彼らは悲鳴を上げて、灰となった。
街の魔法使いが炎を目掛けて水の魔法を放つが、強風に煽られた炎が次から次へと建物に引火する。被害を拡大させる原因となっているファイアードラゴンを退治しなければ、事態は収まらない。
ドラゴンハンターにはファイアードラゴンの退治に徹してほしいので、街の魔法使いで水の魔法を使える者は全員が消火に当たった。
神の子の施設も炎に囲まれているが、マザーは魔力が強いため、ここは守られている。しかし、周囲の光景はまさに地獄絵図のようだったので、ユタナは戦慄を覚えた。
・・・・・・・・
平和の宿の看護師たちも屋上に集まり、魔力を合わせて大きなシールドを張り巡らせた。
ココロは魔力が強いので水の魔法を使うことができる。
だが大勢の患者がいるため、ここを離れるわけにはいかない……街の火災が心配だ……
ココロはラーラに目をやった。
ラーラも魔力が強く、水の魔法を使える。
ココロはラーラに訊いた。
「君のご両親は大丈夫なのかね?」
ラーラは返事した。
「はい。両親はふたりとも魔法使いなので大丈夫です」
「ここは僕と他の看護師たちで守ることができる。街が心配だ。君は水の魔法を使うことができる。消火を手伝っている魔法使いのところに行ってくれ。消火はひとりでも多いほうがいい」
「わかりました。ここは皆さんに任せて、消火の手伝いに行ってきます」
「気をつけて」
「はい。先生も」
ほうきに跨がったラーラは夜空へと浮上した。街なかへ向かう前に、自宅へ向かった。ココロに両親のことを訊かれ、大丈夫だと返事したが、本当は心配だったのだ。上空から自宅を見下ろすと、両親が家を囲むようにシールドを張っていた。
ラーラは自宅の周囲で燃える炎に向かって水の魔法を放った。突然、放たれた魔法に驚いた両親は、咄嗟に空を見上げた。
ラーラの姿を見た両親は安堵の表情を浮かべた。
ティナがラーラに声をかけた。
「無事だったのね! 病院は大丈夫なの?」
「ええ、病院はみんなに守られているから大丈夫。あたしは消火を手伝うために街に行くの」
「あたしたちは大丈夫だから、街に行って!」
「わかった。じゃあ、行ってくる」
両親の様子を見て安心したラーラは、急いで神の子の施設へと向かった。
ユタナとシスターたちがマザーに魔力を注入し、マザーがシールドを放つ姿が見えた。ラーラは大地に降り立ち、炎を目掛けて、水の魔法を放った。
ラーラは魔法を放ちながら彼女たちに訊いた。
「みんな大丈夫?」
マザーが返事した。
「ええ、いまのところは」
「魔力は極限まで使うと気絶しちゃうから、この戦いが長丁場になると不安だわ」
「あたしもそれが不安なのよ」
「あたしは消火の手伝いをしに行くけど、また様子を見に来るわ」
「ありがとう。気をつけてね」
「うん」
ほうきに跨がったラーラは、ふたたび夜空へ浮上した。
ユタナは、水の魔法を放つラーラを見て、ふと思った。
ナキをレリナから守ろうとしたとき、かなりの魔力を放出することができた。だけれど、大きなシールドが作れずに、ドラゴンハンターに助けられた。もしかしたら、魔力の制御ができていないだけで、自分にも水の魔法が使えるのではないだろうか……必要なのは集中力だ。
マザーの肩から手を放したユタナは、右手に意識を集中させた。
その様子を見たマザーが訊く。
「何してるの?」
ユタナは答える。
「あたしにもできるかも……」
目を瞑って、勢いよく流れる水をイメージした。すると、手から水が放出されたのだ。ラーラほど大きくはないが、街の魔法使いとともに消火活動ができそうだ。
驚いたマザーたちは目を見開いた。
「あなたがその魔法を使えても、危険な場所には行かせられません」
「消火に携わり、カルさんに両親の最期を訊きたいんです。ですが、施設のことも心配なので、戦いが長丁場になったときは必ず戻ってきます」
メルがマザーを説得させるために言った。
「過去と向き合うためにも、彼女のために行かせてあげてはどうでしょうか。ラーラもいることですし。シールドはいまのところあたしたちだけでも大丈夫なので」
マザーは考えた結果、ラーラが側にいるなら大丈夫だろうと判断した。
「必ずラーラと行動をともにすること。ラーラから離れちゃだめよ」
「はい」
返事したユタナは、ほうきに跨がり、夜空へと浮上した。飛行する速度が速いラーラはもう見えない。おそらく街なかの被害が大きい場所へ行ったのだろう。ユタナも急いでそちらへと向かった。
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