第4話 異性を感じる
須川は人に合わせることで、すぐに人に流されるようになった。そのせいで、楽しいことばかりを思い浮かべて、楽しいことをしている毎日の自分を客観的に見るようになっていた。そのために、毎日があっという間にすぎるのだが、後から思うと、かなり時間が経っていたと感じるようになった。
これは、須川の性格によるものなのか、皆そうなのか、確認したわけではないのだが、一日をあっという間に過ぎた時というのは、一週間などの括りの単位で考えると、結構長かったり、逆に、一日が結構長いと思える時、一週間があっという間だったりする。
しかし、その傾向は何かのパターンがあるわけではない。一日があっという間の時が楽しいと感じた時なのか、それとも辛かった時なのか? などというパターンに共通性が見つからなかったのだ。
須川にとって、自分の性格が、生活パターンに影響するというのは、あまりないような気がした。ただ、辛いと思っていること、結構長く続いてみたり、楽しいと思うことはあっという間だったりすると思うのだが、考えてみれば、楽しいことはつらいことよりも、数倍短く感じてしまうのは、須川に限ったことではない。人に話すと、
「そうそう、俺だってそうなんだよ」
と皆共感してくれることから、その思いは間違いないと思うのだった。
「須川さんというのは、どういう人なんですか?」
と、須川をよく知らない人が、須川の友達に聞くと、ほぼ皆から、
「何を考えているのか分からないからな」
という答えが返ってくることだろう。
ボーっとしていて、何を考えているのか分からないというわけではなく、それこそ額面通りに、
「いつも何かを考えているようで、その考えと行動にギャップがあって、ついていくことができないんです」
というだろう。
それだけ、
「捉えどころのない人間だ」
と、言えるのではないだろうか。
考え事をいつもしているくせに、自分から意見を出すようなところを見たことがない。
「何考えているのか分からない」
と言われるのは、せっかくの考えを決して表に出さないからだろう。
よく須川のことを知っている人は、
「あいつが考えているのは、先のことではなくて、いつも過去のことを考えているのさ。なんで、過去にそんなにこだわるんだ? って聞いた時、あいつは、過去にこだわっているというわけではなく、反省は過去にしかできないだろう? っていうんだ。俺が未来を見つめないといけない。後悔したって、過去は戻ってこないんだぞっていうと、やつは、これは後悔じゃなく反省だっていうんだ。つまり、反省は過去にしかできない。未来のことを考えるのも大切だけど、過去があっての今であり未来だということを忘れてはいけないんだって言われて、俺は、確かにその通りだと思ったんですよ」
と言っていた。
須川という人間が、よく、ものぐさだとか、面倒くさがり屋で、すぐ人に合わせる性格で、だから何も考えていないといわれるが、見る人にとってはまったく違う彼を見ているんだと思うと、感じ入るところがあった。
須川には確かにたくさんの友達がいる。しかし、そのほとんどは挨拶だけの関係で、本当の友達と言える人がいたのかどうか、中途半端にしか関わっていない人から見れば、これほど、
「勘違いされやすい」
という人もいないという。
「あいつがいつも何かを考えているのは、いつも何かを怖がって不安に思っている証拠なんです。考えることで、不安を少しでも解消しようとしていた。それは、彼に限らず皆そうだと思うんですよ。そのことを、他の人は、なるべく表に出そうとはしない。須川もそうでした。でも、彼の場合は、内に籠めておくことのできないタイプの人間なんです。特に感情が表に出る。大学入学時代は、本当にものぐさな性格だったのですが、それを隠そうともせずに、いつも表を見ていましたね。だから潔いんですよね。隠そうとしないところが彼の一番の長所だったんじゃないかな?」
という人もいた。
ただ、勘違いされやすいというのだった。
そんな須川は、一つのことに集中すると、周りが見えなくなるタイプだった。
そのことを、須川自身は自覚していなかった。それを自覚するようになったのは、中学二年生の頃だっただろうか。そのことを思い知らされたのは、嫉妬心だからだったのだ。
それまで、友達を作りたいと思い、ものぐさな性格から、人に合わせることで楽をしようと思っていたが、それが、人との蟠りをなくし、平穏無事にやり過ごすことで、無難に世の中を渡っていけるという思いからだった。
だが、その思いだけではうまくいかない。つまり、杓子定規にだけ考えていても、先に進むどころか、その場にとどまって逃げることができないということを思い知らされたのだ。
それまで須川は人を好きになることはほとんどなかった。女性に対して興味がないわけではない。気になった女の子もいたのはいた。だが、それは高校の時で、まわりが皆とげとげしい雰囲気だったことで、恋愛感情すらマヒした感覚に包まれていたのだ。
まわりが皆敵だと思っていたのだからそれも仕方のないこと。自分の気持ちを隠そうとしても、できないことはなかった。
だが、大学生になると、まわりの女の子も、男性の気を引こうとする女の子のあざとさが、須川には女性を好きになるということを感じさせなかったのだ。
須川は、素直な女の子が好きだった。素直というのは、その平行線上に、素朴という言葉があり、その平行線が交わってこそ、相手の美しさが分かるというもので、そんな女性がそれまで現れなかったのは、不幸中の幸いだといってもいいだろう。
だが、二年生にあってから、授業中にノートを貸してくれたその子の素朴さに、須川は参ってしまった。
その時は会話も緊張からか、できなかった。すでに友達を数人作ることができたおかげで、それまでまったくできなかった友達との会話も、すればするほど、言葉も話題性も出てくるようになって、人からは、
「お前とは話しやすい」
と言われるようになったのだ。
その頃になると、他の女の子とは普通に話せるようになったが、実際に好きになった子はいなかった。
その頃から好きな女の子への好みは広く、大きな羽を広げて待ち構えているかのようだったが、それだけに、自分の中で余裕があったつもりなのか、
「彼女くらいいつでもできる」
と思っていた。
しかし、須川は自分の容姿には自信がなかった。どちらかというと、
「ダサい男だ」
と思い込んでいた。
それだけに、もっと焦ってもよいのだろうが、元々のものぐさな性格からか、焦るようなことはなかったのだ。
今だったら、
「菜食男子」
と言われ、却って頼りないといわれるかも知れないが、須川が大学生の時代というと、
「ガツガツしていない男子は好感が持てるし、安心感がある」
と、女性から一目置かれていたのだ。
そういう意味で、須川を密かに思っていた女性もいたようだったが、須川自身が、鈍感で、女の子の考えていることを見抜けなかったところがあるので、それまで彼女もできなかったのだ。
だがそれを、
「俺がダサいからだよな」
と思っていたことで、モテないことへの理由としていた。
モテないことを悪いことだとも思わなかった。ただ、女性に関しての興味はあったのだから、なぜモテないのかということを分からないのが、どこか忌々しいと思っていた。
そんな時に現れた彼女のことを、須川は、次第に好きになるようになった。
彼女の名前は聡子さんと言った。石坂聡子、学部は違って、彼女は文学部だが、どこか、気が強そうなところも垣間見えたのだが、最初は気づかなかった。
「私のノート、助かりましたか?」
「ええ、とっても助かりました。ありがとうございます」
この時、「とても」と言わず、「とっても」と言ったのは、最上級の気持ちを込めてであったが、聡子には伝わっただろうか?
なかなか、本心を表に出そうとすることをしない須川は、時々、そうやって気になる人に信号を送っている。それが通じる相手が今まではなかなかいなかったが、どうやら通じたような聡子を、本気で気にし始めた。
彼女のことを好きになったとすれば、きっとその時だろう。ただ、この時が初恋でないことは分かっている。初恋がいつだったのかというと、あれは小学生の三年生ではなかったか。あの頃は、まだ思春期など程遠く、女性に対しての興味という意味のものではなかったと思う。容姿にしても、
「かわいいな」
とは思ったであろうが、それ以上でもそれ以下でもなかっただろう。
ただ、須川は女の子の顔を見て、その子の性格を判断する方だった。そういう性格になったのは、その時に初恋の相手ができたからかも知れない。もし、違う違うタイミングで同じ女の子を気にするようになったとしても、また違った感覚だったかも知れない。
「好きになるのは、タイミングというのが重要なのだ」
と今でも思っているが、やはりその時に感じたからだと思うのだ。
その女の子は、実におとなしい子で、いつも一人でいた。須川もいつも一人だったので、独りぼっち同士、意識をしてはいたのだろう。
彼女が須川の方をいつも見ている気がした。そのことに気づいた時には、須川も彼女のことを意識していたのだろう。お互いに意識し始めると、近づくのは自然の摂理ではないだろうか。話しかけたのは、須川の方、なんと言って話しかけたのかなど、覚えていないが、話しかけられた彼女は、必要以上なことを口にするわけではなく、ただ、須川の言葉にうなずいているだけだった。
会話は本当に短いものだっただろうが、須川の言葉に彼女が相槌を打つだけだったので、会話が成立していたのだとすれば、それは。須川が饒舌だったからに違いない。
知らない人が見れば、兄と妹という風に見えたかも知れない。彼女は必ず、須川の後ろからしかついてこない。だから、須川が彼女の顔を見ながら話したというと、座っている時に横顔を見るくらいだっただろうか。だから、中学に入ってから、彼女の顔をもう覚えていない。
ただ、須川が好きだったのは、彼女の横顔だったのだ。長い髪の毛が、彼女の顔を隠しているその雰囲気、それが好きだったのだ。
一緒にいる時は、よくお互いの家に遊びに行っていたものだ。親は、女の子であろうと、友達ができたことを喜んでいたようで、彼女の親もそうだったのだろう。親同士も仲良くなったようで、二人で遊んでいても誰に文句を言われることもなかった。
しかし、別れは意外な形で訪れた。
その別れのきっかけを作ったのは、他ならぬ須川だったのだ。
その日がいつだったのか、覚えている。もちろん、日にちまで覚えているわけではないが、彼女を見た瞬間、
「あれっ?」
と感じたのだ。
当然のごとく、彼女本人であることは間違いなかった。だが、何かが違う。簡単に分かるはずのことをすぐに分からなかったのは、自分で信じようとしなかったからだろう。
「ウソだろう? まさか」
と思ったことで、目の前の事実を打ち消そうとしたのかも知れない。
それまで彼女の自慢だと思っていた挑発を耳下くらいまで切ってしまい、しかも、おかっぱ頭になっていた、完全に、子供の頃から見ていた、国民的アニメ番組の、次女の女の子のあの髪型であった。
正直、あの髪型は大嫌いだった。それをまさか、かわいいと思っていたあの子がしてくるなど、いきなり信じろという方が無理だった。打ち消そうとしたができるはずもない。目の錯覚で片付けられるはずもない。
一気に気持ちは冷めてしまった。
それまでは、こっちが歩み寄っても、ビクともしなかった彼女が、須川がソッポを向いてしまった瞬間、媚を売ってくるようだった。
だが、それも、実に短い間で終わった。彼女の方でも諦めがついたというのか、それとも、いまさら無駄だということに気が付いたのか、それ以降、一切の会話はなくなり、二人の距離は断絶してしまった。
家族同士もしょうがなく、国交断絶状態になり、
「俺が悪いのか?」
と思いながら、小学生時代をずっと過ごした。
あの時の、須川は、勝手に、
「裏切られた」
と思ってしまったのだ。
今から思えば、彼女はそのことに気づいていたのだろう。だから、一度は歩み寄ってくれようとしたのだが、すぐに、ダメだと気づいたに違いない。それだけ彼女は感受性が強く、その分、気が強かったのだと思う。そんな彼女が好きだったはずなのに、性格が変わったわけではなく、容姿という雰囲気が変わってしまったことで、彼女のことが分からなくなったのだろう。
いや、それは言い訳でしかない。思春期以降であれば、そんなことはないと思うが、やはり恋愛感情がないと、完全に情が移るということがないのか、それとも、好き嫌いの基準が分からないことで、迷ってしまうことになるのか、そのあたりだったのではないだろうか。
あの時が初恋だとすれば、
「初恋というのは、切なく儚いもの」
という言葉で片付けてしまっていいのだろうか?
確かに、女の子のことを好きになったという自覚があったわけではないが、しばらくの間、何か気になっていた。
だからと言って、
「好きだった」
と思っているわけではない。
「失礼なことをしてしまったんだ。男としては最悪だったな」
という反省があった。
この時は、反省だけではなく、後悔も大きかった。あの頃は、反省と後悔を一緒にすることが多かったような気がする。だが、
「後悔したとしても、どうなるものでもない」
ということを初めて知ったのが、この時だったような気がする。
中学に入って、思春期を迎えると、なかなか自分が異性に興味を持つという感覚がなかった。
まわりの連中が、
「あの子、かわいいじゃないか」
と言って、騒いでいるが、
「確かにかわいいと思うが、だから?」
という冷めた目でしか見ていない自分がいた。
その先、何をどう感じ、どう行動していいのか分からない。まだ異性に対して、ときめくという感情がないということは分かっていた。三年生になっても、そんな感情が浮かんでこないので、さすがに、
「どこか俺はおかしいんじゃないか?」
と感じるようになった。
だが、そう思うようになっていたのだが、そのうちに、女の子を好きになるというよりも、女の子と一緒にいる男たちが羨ましいと思うようになったことだった。
たぶん、嫉妬の一種だったのだろう。恋愛感情よりも先に嫉妬が来てしまったことで、ムラムラする気持ちよりも、ムズムズする気持ちが先だった。
そのムズムズは、自分が孤独であるということを思い知らせるもので、実際にそれまで、いつも一人だったことを、
「孤独なんだ」
という意識を持っていなかった。
「孤立している」
とは感じていたのは事実だろう。
孤立と孤独の違いさえも分からなかった。いや、分からなかったのは、自分だけでなく、ほとんどの人が分からなかっただろう。中には、孤立していたことはあっても、自分が孤独だと思っていなかった人もいたりして、
「孤独なんて、感じたことないな」
と、言いながら、本当に本人は、まわりから見ると孤立しているとしか見えない人でも、本人は、
「孤独ではない」
と言い切る人もいる。
本人にとってのその気持ちが一番なのだろう。
須川が、思春期に、なかなか異性に興味を持たなかったのも本当のことであり、ただ、潜在的に感じていたのかも知れない。あくまでも、意識しなければ、自分の感情というものを感じることはないからではないだろうか?
小学生から中学生になる間、一番まわりに流されていない時期だったと思ったのは、感じるということを押し殺してきたからなのかも知れない。
「孤立はしているが、孤独を感じたことがなかった」
という小学、中学時代を過ごしてきたのは、須川自身だったのかも知れない。
そう思っていると、思春期を意識していたくせに、意識しないようにしようと、その時は感じていたような気がするのだった。
高校生になると、今度は、
「俺は変態なのではないか?」
と思うようになっていた。
その理由は、
「制服を着ている女の子が気になって仕方がない」
という状態になっていたからだ。
まわりの男子は、少し年上のお姉さんが気になっているようだった。背伸びしている雰囲気が感じられるからで、それに比べて須川は、大人しめの小柄な女の子が好きだった。やはり基本は物静かで素朴な女の子であり、今度は、ショートカットの女の子が好きになっていたのだ。
「ショートカットが似合う子は、ロングでも似合うけど、ロングが似合っている子は、ショートカットが似合うとは限らない」
という感覚だった。
あくまでも、
「最初は、髪を切った状態で知り合いたい」
という意識があったからなのか、気になる女の子はいつもショートカットの女の子だった。
小学生の頃の反省なのか、それともトラウマなのか、あるいは、自分が女の子を判断する時、
「顔を見てその性格を判断する」
というモットーのようなものが、ずっと自分の中で息づいてきたからなのかのどれかであろう。
トラウマというのが、自分の中で一番大きいのだが、それは、
「トラウマと思うことが、自分にとって一番納得がいく」
という思いからであろうが、もっと正直にいえば、
「そう言ってしまえば、過去のことが許される」
と思いたいからではないだろうか。
高校時代に、気になった女の子は何人かいた。
だが、不思議なことに、
「ショートカットな子がいい」
と思っていたくせに、本当に気になった女の子は、背中くらいまである女の子で、
前から見る姿よりも、後ろ姿にドキドキしてしまい、さらに、身長も結構ある女の子が気になっていたのだ。
その子を見つけたのは、高校二年生の通学バスの中だった。いつも同じ時間の同じバス。彼女は友達といつも二人だったが、自分から話をすることはない。その様子が気になったのだ。
一緒にいる子は、ショートカットで背が低い。ただ、おとなしい雰囲気ではなく。活発だった。
もし、その友達が一人でいたら、きっと俺のことだから、気になっていたに違いない。
そう思える相手だったはずなのに、気になったのは、もう一人の長身の子だった。
彼女が一人で乗っていたとすれば、どんな気持ちになっていただろうか?
一人でいても、友達と二人であっても、あるいは、もっとたくさん人がいる中のその他大勢であっても、彼女だけしか自分は見つめていないような気がする。この思いが、彼女を気にするようになった一番の理由なのではないだろうか。
その女の子を、正面から見たことは、ほとんどない。しかも、いつも俯いているので、髪で顔が隠れている。
実はそんな彼女が気になっていたのだ。好きなのかどうかは、正直疑問だったのは、顔をハッキリ見たことがなかったからなのかも知れない。
しかし、その顔を見てしまって、好きになりかかっている気持ちを遮るのは怖かったのだ。人を好きになるということが怖いのか。それとも、好きになってしまった自分が、このままずっと好きでいられるかどうかが心配なのか。これが、自分で感じているトラウマの正体だったのだ。
小学生の頃のトラウマが、中学高校、そして大学へとそのまま解消されることもなく来てしまうと、
「これから、俺は恋愛なんてできるんだろうか?」
と感じさせられる。
異性への興味が起こらないことで悩んでいた中三くらいの頃が懐かしい。
大学に入れば、彼女だってできると思っていたのは、タカをくくっていたからだろうか?
自分が、子供に帰っていってるのではないかと思うのが、怖い須川だった。
その女の子は別の学校だったのだ。
須川が、制服フェチであるということに気づいたのは、その子の制服が須川にとって御気に入りだったのと、彼女の雰囲気からであった。
彼女を好きになったのは、制服がかわいかったからなのか、雰囲気が制服を含めて忘れられないほどにショッキングだったのか、たぶん、後者だったのかも知れない。
「顔を見て、性格を判断する」
そんなタイプだと思っていたのだったが、そうではないということが、高校時代に証明される形になった。
「顔なのではなく、醸し出される雰囲気によって、相手の性格を感じるのが、自分の本当の性格だ」
というように、須川は感じるようになっていた。
その女性は、どうやら一学年上だったようで、高校三年生になると、同じバスに乗ってくることはなくなった。
それまで、あれだけかわいいと思っていた制服も、彼女に遭えないことで、興味も半減したのだが、制服フェチだということに間違いはないようで、そのおかげで、自分が異性に感じる理由がどういうものであるのかということを、完全に見失ってしまったようだった。
そのせいもあって、大学に入ってから、最初の頃は、
「彼女がほしい」
と感じることもなく、好きになった女の子も、
「小学生の初恋の子だけだった」
と感じたのだ。
一番インパクトがあったはずの、高校時代に毎日会っていた女性も、顔をほとんど確認できなかったことと、話しかける勇気すら持てなかったことで、本当に好きだったのかすら分からなくなったことだった。
その証拠に、高校三年生の時、彼女を見なくなってから、ひと月ほどで、制服だけを見るようになった。
女の子の顔を確認することが怖いという気持ちもあるようで、女の子を好きになるということが何を意味するのか、自分でもよく分かっていなかったのだ。
大学で知り合った聡子、彼女が、異性を意識し始めて初めて、真正面から顔を見た女性だったのかも知れない。
友達としては何人か女の子はいたが、異性として意識をしていなかったのだ。
あくまでも、好みではなかったし、饒舌なところが、最初から、
「女友達」
としてしか意識させないオーラがあったのだった。
ギャグを言い合ったり、下手をすれば、酒が入れば、平気で下ネタを言い合えるような仲になっていて、まるでお笑いコンビにでもなったかのような気がするくらいだった。
だからこそ、気楽に話ができるのだ。
その気楽さがあるからこそ、友達として認めることができ、
「かわいい子がいたら、紹介してよ」
と平気で言える仲だった。
「いいけど、ちゃんと付き合ってよ。あんたがうまくいかないと、こっちの関係もうまくいかないんだからね」
と言われ、
「じゃあ、いいや」
「いいんかい!」
という、コントが出来上がるほどだったのだ。
自分が好きな清楚系、素直さ、素朴さなど、ひとかけらもない。そんな思いが募ることで、聡子に出会う前は、
「彼女なんかできるわけもないか?」
という思いでため息をついてしまうと、思い出すのが、高校の時のバスの中にいたあの女性、
「また会いたいな?」
と感じるのだった。
もちろん、それが不可能なのはわかりきっていることで、なぜかというと、
「会いたいのは、今の彼女ではなく、あの気に入った制服を着ていて、こちらに背中を向けていたあの頃の彼女」
だったからである。
それは、今の彼女が高校を卒業したことで、まったく違う雰囲気になってしまったということを信じて疑わないからだった。
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