03
夜も更け、王宮を一人歩くセヴランに声がかかる。
「今日も、お勤めご苦労さん」
「団長……」
声の方に振り返ると、獅子のような男がいた。げんなりとした声音で、セヴランは上司の可笑しげな様子へ不服を訴えた。そんな態度を吹き飛ばすように、ラザールは笑ってみせる。
「帰るとこだってのに、かてぇな。お前は」
「まだ見回りが残っています」
「それはお前が勝手にやってることだろ。姫さんのために毎日残業して、感心なこって。そんなに惚れ込んでんのか」
「護衛として当然のことをしているまでです」
固い表情と口調で、職務の一環だと断言するセヴラン。平和な国の王宮で何かあろうはずもないが、そういった隙を周辺国に狙われる可能性は
蟻の子一匹通さない厳格さが、王女を大事に想う気持ちの表れとラザールは踏んでいるが、指摘しても本人が認めないものだから平行線のままだ。
「その調子じゃ、まだ折れてやってないのか」
「まだも何もありません」
ラザールは、二人を引き合わせた張本人のためアンジェルがセヴランに傾倒していることを知っている。初対面のその場に居合わせ、爆笑したい衝動を必死にこらえていた彼だ。日々くり広げられるアンジェルとセヴランの攻防を面白がっていた。
仏頂面で面白味のない男だが、要望された条件にちょうどよいと、王にセヴランを推薦したのは騎士団長のラザールである。愛嬌の塊のような王女の傍にいれば、少しは彼の態度も軟化するのでは、という目論見もあった。結果として、むしろ渋面が増すとは可笑しすぎる。いずれにせよ、アンジェルはセヴランの表情筋を動かすことのできる数少ない人物となった。
「一年以内にお前が
「息子を賭けのネタにするな」
そんな親がどこにいると、セヴランが眉を寄せると、ラザールはここにいると胸を張った。セヴランは呆れて溜め息を吐く。
平和ゆえに話題性のあることをみつけると湧く王宮内。騎士団や使用人たちは、いつセヴランが陥落するかと期待して見守っている。その筆頭に、自分の父親がいるのはセヴランとしては実に頭の痛いことだ。ラザール・オノレ・フレデリク・ル・ゴフ、騎士団長を務めるセヴランの父親は何事も笑い飛ばすことができる男であった。
「第一、あれは違うだろ」
色恋沙汰として王宮内の噂にあがっていることは、セヴランも把握するところである。しかし、毎日のように貢がれそうになっているセヴラン自身がよく解っている。彼女が自分に向ける感情は、過剰であるが恋愛感情ではない。
感情の質の違いを、ラザールも口角をあげることで肯定した。
「そこをはき違えて自惚れるお前がみたかったのに」
「悪趣味だな」
嬉々として息子をいじらないでもらいたい。ラザールがこんな調子だから、セヴランはどんどん融通が利かない男に育ったのだ。
「そんな不毛なことする訳がないだろ」
「じゃあ、不毛じゃなかったら折れるのか?」
揚げ足取りしてくる父親を黙らせるため、セヴランが拳を振るうと、容易く受け止められてしまった。腐っても騎士団長なだけはある。
多少の口惜しさを感じるも、これ以上反応しては父親の思うつぼだと、セヴランは会話を終了させた。
「……俺は身の程を知っている」
そう切り上げて、セヴランは踵を返し、王宮の見回りに向かうのだった。
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