第40話 悪知恵(エビル・オブリージュ)

――SIDE.明都院 割美




 ……ガシャリ、ガシャリ、ガシャリ。いつにも増して重厚な金属音がステージに小さく響く。……ドスリ、ドスリ、ドスリ。が歩みを進めるたびに、床が軋み小さく揺れる。



▽観客の生徒A

「………なんだ…あの奇妙な形の鎧は………?

 全体が妙に膨らんでいて…パーツの結合も貧弱そうだ………」

▽観客の生徒B

「…おい あれってまさか【灰鉛かいえん】じゃねえか?

 ほら、従来の鉛を改良して生命体への毒性を抑えた金属だよ

 ウェイトトレーニングの重りやバラスト(※1)に使われてるやつだ」

▽観客の生徒A

「…って事はあの貴族………

 間違えてトレーニング用装備で来ちまったのか!?

 おいおいおい………神々々様相手に迂闊すぎだろ…!」

▽観客の生徒B

「予選で使ってた鎧の方がはるかに性能が良いはずなんだが………

 一体アレに何を仕込んでいるんだ…?」



 ……私が身に付けているのは、その【灰鉛】に【犬魔鉱】を混ぜた【犬魔灰鉛】の鎧一式だ。【犬魔鉱】によりを強化されたこの鎧は私の装備荷重上限ギリギリに調整されていて、かろうじて歩けているだけ……と言った状況。全身に強烈な負荷をかけ、STRや【防具マスタリ・重装】【重量挙げ】アビリティを鍛えられる……まさしく「トレーニング用装備」だ。


 何故そんなものを持ってきたのかと言うと……《◆アーマーパージ》を最大限に活用する為だ。

 防御力を半減させ、防具の重量に応じてAGIを割合増加させるスキル。本来は重装備により低下した機動力を一時的に補う用途で使われるのだが……私はを発見したのだ。


 このスキルは発動後に装備を変更してしまうと効果が即解除されてしまうのだが、例外が1つ存在する。……「防具が損壊した時」だ。原作だと装備類に耐久値は存在しなかったが、ここは現実世界なので耐久値が設定されている。リアリティの仕様で奇跡的にすり抜けてしまったという事だ。

 効果適用中に損傷などによって防具が強制解除されてしまった場合、防具が使えなくなってしまうので防御力は0として計算されてしまう。……が、装備重量の変動は適用されずAGI補正は維持したまま身軽になるので、恩恵をより強く得られるという事になる。


 ……では問おう。「防具を意図的に損壊する事は可能か?」……答えは、是。


 この防具にはタタラさんにより「ワンボタンでパーツを分離させる機能」が搭載されている。自発的に防具をバラバラにして強制解除する事が可能だ。何度かダンジョン内で実験して、ギミックの正常な動作と《◆アーマーパージ》の維持は確認済み。重量によるAGI補正は……なんと。1.48倍のAGIを保ちながら裸同然の超軽量装備にフォルムチェンジするのだ。……あっ、待って。ちゃんと下にはボディウェアを着てるから。脱ぐ前提なんだからそこは考えてるって。


 防御力を完全に排してまでスピードを求める理由……。『対神々々様戦術』は、彼女よりどれだけスピードで勝るかがカギを握っている。彼女が圧倒的な強さを誇っているのは、ステータスの高さによるものだけではない。相手の行動を先読みする《★天命の瞳》を有しているからだ。それを攻略する為に必要なのが、スピードである。


 プランA、『《★天命の瞳》を発動させない』。

 予選で彼女が戦う様子を入念に観察した結果……となりそうな部分を1つ見つけた。「発動準備時間」だ。

 模擬戦では事前に強化魔法やアビリティを使用する事が禁じられている。私の《◆アーマーパージ》や《★天命の瞳》なども同様だ。

 《★天命の瞳》を発動する際に、彼女の瞳が赤から金に変色するのだが……完全に色が変わるまでに約1.5秒の時間がかかっていた。

 つまり、「試合開始後1.5秒以内に先制攻撃をすれば発動を阻害できる」可能性がある。もちろん失敗すれば《★天命の瞳》を発動されてしまうが……多少のプレッシャーは与えられるだろう。


 プランAが失敗した場合のプランB、『先読みを無力化させる』。

 私が本来考えていたもので、内容は至ってシンプル。とにかく攻撃をしまくって先読みしても対処できない状況を作り出すのだ。小手先のフェイントや牽制が通じないのならば、最初からすべて必殺のつもりでいけばいい。反撃の隙を与えず攻撃を続けていれば、防御の上から強引にバリアを削れるし自身の防御力の低さも問題なくなる。余計な事を考えなくていいので判断も鈍らない。後は野となれ山となれ。


 ……さて、改めて神々々様の様子を見てみよう。……こうして見ると、やはり私との身長差がすごい。大体50cmくらい違うからね。そして相変わらずキュートでぷりちー……うわっ! 持ってる武器が件の国宝アーティファクトじゃないか。《★ブレイド・オブ・スサノヲ》……日本神話の三大神、その一柱の名を冠した太刀だ。めっちゃ強い武器だぞ。助けてくれ。



▽審判

「お二方………準備はよろしいですか?」

▽キセキ

「………はい」

▽ワルミ

「………よろしくてよ」


 ……お互いに武器を構える。




▽審判

「それでは………始めッ!!」*ビーーーッ*



▽ワルミ

「だりゃああああああああ!!!!!」

▽キセキ

「ぴぅっ!?」*ビクリと体が跳ねる*


 気合一発、《◆アーマーパージ》。体がフワリと軽くなる。間髪入れずに深く前傾姿勢を取り……《ダークネスアロー》のチャージを開始。同時にギミック発動。カチリと音が鳴ったかと思えば、鎧の結合部分が一瞬で外される。宙に浮いたままの部品を強引に押し退けて……一直線に駆ける!!


 ……今のSENでは全速力を出すと動体視力が追い付かなくなるのだが……極度の集中状態なのだろう。全身の感覚が研ぎ澄まされ、周りがゆっくりと……そしてはっきりと見える。

 足裏に伝わる地面の硬さ、全身の筋肉に駆け巡る負荷、弾き飛ばした金属片の重み、肌を撫でる空気の感触、心臓の鼓動、両手に満ちる魔力、突き出した右手に掴んだ剣の揺れ、己と相手の息遣い、困惑と焦燥に満ちた彼女の顔……。




 私の初撃、《ダークネススラッシュ》の突きは――空を斬った。




 《★天命の瞳》の力では無い。反射神経と身体能力のみで真横に跳び、間一髪で避けられたのだ。……これでものか。壁が一段と厚く、高くなった。




▽ワルミ

「………まだッ!!」

*バシィィィィィッッ!!*

▽キセキ

「ビャーーーッ!!」


 そう、その為にを残している。チャージが完了した《ダークネスアロー》を避けられた方向に向けて間髪入れず撃ち込ん……あ、ヤバ。顔面にクリーンヒットだ。

 視線で狙っている部分を読まれた時、意表を突けるようにあえて命中精度を下げていたが……さすがに顔はマズかっただろうか? いや、バリアがあるし平気でしょ。おかげで《★天命の瞳》の阻害には成功したようだ。彼女の瞳は金色に変わっていない。このまま攻撃をし続けてこちらの勢いに巻き込んでしまおう。


▽ワルミ

「しゃあっ! しゃい! しゃい!

 おーほほほほほ!! おーほほほほほほほ!!」

▽キセキ

「わー! わぁぁーーー!! あ゛ーーー!!」


 剣、魔法、体、周囲に散乱した鎧パーツの投擲。あらゆる部位と手段を用いて、目の前にいる者を打ち倒すべく暴れ回る。それでも有効打は与えられずこちらも細かい反撃を受けているが、バリアの削れ方は向こうの方が早い。意外と押し切れそうだ。



▽観客の生徒A

「な、なんだよアレ………!?

 鎧が弾けたかと思ったらものすごいスピードで突っ込んでいったぞ!!」

▽観客の生徒B

「あの重武装はフェイクだったって事か…!

 強化魔法を使っている様子は無かったから、

 恐らくAGI強化のスキルを使っているんだろう

 それにしてもとてつもない速さだ…目で追い切れない…!」

▽観客の生徒A

「動き自体はあまりよく見えないが…ありゃ相当の実力だぜ

 ただがむしゃらに戦ってる感じじゃない

 流れを持たせて上手く隙を潰しているようだ」

▽観客の生徒B

「しかし………さすがは神々々様だ

 それを捌いて反撃を与えている…なんてハイレベルな試合なんだ」

▽観客の生徒A

「二人ともまだ高等部一年なんだろう?

 って事はこれからアレ以上にってわけだ

 末恐ろしいぜ………!」

▽筋肉フェチの観客の生徒

「ああ………本当に素晴らしい筋肉ね………

 でもあの付き方はジムによるシステマチックなものではないわ…

 激しい戦いにより培われた、まさしく戦士ファイターの肉体…!

 前衛ジョブ…特にタンク役は全身鎧で身を固めてしまうから

 普段はあまり見られる事の無い奥ゆかしさ…!!

 それを、それをこうも惜しげも無く………!!


 まったく、筋肉は最高だわ!!」

▽観客の生徒A&B

「「何だお前」」



 ……まずい、スタミナの消耗が想定よりも早すぎる。何度か練習はしたが……まだこのスピードに体がついていかず、余計な力を使ってしまっているようだ。かと言って動きを抑えてしまえばそれが反撃される隙になりかねない。どうにかして有効な打撃を与えなければ……。


 ……一抹の焦り。


 相対する彼女の、怒りのような、憤りのような心情が露わになったご尊顔。そして左手には光属性魔法のチャージエフェクト。今までも何度か魔法による反撃は受けていたので、攻撃魔法が来ると予想して注視を……


 ……その時、強烈にがした。


 ラブたんのゲームデータによる知識からではない、冒険者であるワルミとしての直感。重大なミス……同時に、という確信。


 ……魔法。ああ、そうか。だが、気付いた時には既に……


▽キセキ

「ギーーー!!」




 試合場が、強烈な光に包まれた。




 ……《トーチライト》。光属性の補助魔法で、周囲を照らす光の玉を生成する。本来はぼんやりとした光源で、原作でもそれ以外の用途は無かったのだが……この世界では強く魔力を込める事で瞬間的に強い光を発生させ擬似的な閃光弾として応用できるらしい。


 ……つまりは、だ。この瞬間、私の視界は完全に奪われた。


 目を開けていれば閃光で、しかし目を閉じれば自発的に。この状況で、例えわずかな時間であろうとも。相手の姿を見失う事がどういう意味か……想像には難くないだろう。《サークルスラスト》を使って周囲を牽制できればよかったが、あいにく今はクールタイム中で使えない。デタラメに剣を振り回しても簡単に見切られるだろう。


 さあ、どこから来る?




 ……ふわりと、腰周りと背中に暖かな感触。




 これは……まさか。!?


 プロテクター越しなのは非常に残念だが……これは想像以上にデカいのではないだろうか? うひょー。

 いや、そんな事を考えている場合では無い。後ろから掴まれているという事は、この後何をしようとしているのか……あっ、ダメだもう両足が浮いてる。直後、世界は上下にひっくり返り……




▽キセキ

「ミ゛ャァァァーーーッッ!!!」

*グワシァァァァァン!!!*

▽ワルミ

「アビャーーーッッ!!」




 後ろに体を反らせながら投げ、そのまま地面に頭から叩き付ける……キセキ様渾身の『ジャーマンスープレックス』だッッ!!




 彼女のレベルは私よりも高く、膂力STRも相応にある。人間の体程度なら軽々と持ち上げられるのだ。そんな彼女に全力で地面に叩き付けられれば……そのダメージも尋常ではない。バリアが無ければ頸椎が破壊されていただろう。


 ……彼女の猛攻は終わらない。両足を脇で抱え込むように掴まれ、そのままグルグルと高速で旋回を……続けて『ジャイアントスイング』だッッ!!


▽キセキ

「ほあー!! ほあああああ!!!」

*ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ*

▽ワルミ

「あー! あぁぁーーー!!」

▽観客の生徒達

*絶句*


 粉塵を巻き上げるほど高速で振り回しながら……高く跳躍。水平の回転を垂直に傾けていき……上空から地面に向けて投げ飛ばす!


▽ワルミ

「ヘギョミッ!!!」

*ビタアアアァァァァァン!!!*




 激しい衝突音と共に、私のバリアは粉砕された。




▽審判

「………っ! そ、そこまで!!

 勝者…東方、神々々輝世姫!!」


 会場に審判の声が大きく響く。




▽キセキ

「…ふぅ………ふぅ………んっ…」

*ぐったりとその場に座り込む*

▽ワルミ

「………はぁ………はぁ…ケホッ」

*仰向けに倒れたまま寝転んでいる*


 DF内で身体能力が上がっていても尚、お互いに肩で息をしている。……相当消耗していたのだろう。十数秒ほど休み、二人とも起き上がれるようになったところで開始線に戻り礼をする。その際健闘を称え体を起こしてあげようと手を差し伸べてみたが……嫌そうな感じが隠し切れていない絶妙な笑顔をもらった。直前まで散々ドツき回されていたんだ。そんな心象になってしまうのもむべなるかな。

 いつもなら歓声轟くはずの会場は……恐ろしい程に静まり返っていた。まあ、確かに貴族らしからぬワイルドな試合内容だったのは否定できないが……そこまでのものだろうか?


▽審判

「………あ、あの…アレは………」

*周囲に散乱した鎧のパーツを指差す*

▽ワルミ

「………あっ あぁ~~~~~!

 すみません すぐ片付けます………」


 やっべ。想像以上に取っ散らかってる。パーツ数は多いし地味に重いしインベントリに入れるのも一苦労だ。


 ちなみに分解されている状態だと耐久度0の装備ではなく、【犬魔灰鉛の鎧パーツNo.○○】という特殊型マテリアルに変化していて、各パーツごとに01~48の番号が振り分けられている。それらをすべて集めて正しく組み合わせる事で装備アイテムとして復活するのだ。

 ただし内部的に耐久度は存在している。分解前の耐久度は引き継ぎ、パーツ状態で傷が付いたり壊れたりすると耐久度は減少する。現実として考えたら当たり前の事だが、ゲームシステムのように表現可能なのは面白いところだ。


 ……いや、ともかく。今後はちゃんとトレーニング用装備として正しく運用するつもりだ。先の戦い方は命に危険が及ばない模擬戦だからこそ出来た裏技……魔物との戦いに使う事は無いだろう。




――*――*――*――*――*――*――*――*――*――*――*――*――




 パーツの回収を終え、控室から女子更衣室へ向かい、そこから隣接されたシャワールームで汚れと汗を洗い流しながら……先程の戦いを思い返す。



 ……そうか……んだな。個人専用の対策まで講じてきたというのに……案外とあっけないものだ。

 知識と技術で強い力に対抗できると信じたかったが……そう簡単なものではなかった。固有アビリティもピンからキリまで、《★悪知恵》は所詮悪知恵でしかない。そもそも固定アビリティを持っている事自体が珍しいとは言え、私も神々々様やホヨヨちゃんみたいに強力なアビリティが欲しかった。



 ……いや、もうやめよう。結局はただだけ。……悔しいんだよ。そうだろワルミ。もっと……もっと強くなりたいよな。なろうぜ。

 まずはCLv100……カンストを目指す。並行してALvを鍛えながら固定ダンジョンの高層や高難度ランダムダンジョンで装備と素材の収集、金策と裏商店での限定品……。強くなる為に出来る事はいくらでもある。

 あ、間違っても【邪神の魔石】なんかに手を出すんじゃないぞ。アレはヤバイ。要は力と引き換えに魔物になってしまう古代の魔道具なんだからな。不可逆だぞ。


 ……遠くから大歓声が聞こえてくる。しまった、1年Aクラス最強の魔導士と戦士の戦いだ。見たいよー!! うおおお急げー!!






(※1)バラスト

船舶や航空機などにおいて、

機体の重心(バランス)を整える為に積む重りのこと。

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ラブラブ☆ダンジョン奮闘記 眞白銀 @gin_mashiro

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