第4話 やっぱり別れてしまった

 12月末、ジュリアンが日本に来た。私に会いに来るためた。9月にイギリスを出てから3ヶ月、彼に会いたくてたまらなかった。この3ヶ月はとても長かった。ほぼ毎日、ヴィデオ通話か音声通話でお互いに「会いたい」を連発していた。でもそれが半ば惰性になってしまっていたような気もしていた。

 それにヴィデオ通話のときは、ほぼ毎回、画面越しにいわゆるヴァーチャルなセックスをした。言葉だけじゃなくて、裸を見せたり、自分でするのを見せあったり。本当に興奮する時もあったけど、それはほとんど私にとっては虚しいものだった。そんな状況で自分でしてもなかなかエクスタシーなどこない。いつもいったふりをした、彼のために。彼が私をみて興奮して、実際に射精するのを見るのは好きだった。でもネットのヴィデオ・ポルノを自分がやっているような気もしたりして、やはりすっきりと幸せになれるようなものではなかった。その意味でこの3ヶ月は違和感が膨らんでいく期間でもあった。


 羽田に迎えに行った。このとき、日本はまだマスク必須だったので、久しぶりに見た彼はマスク姿だった。関税を出てきた彼は私を見つけ、駆け寄ってきて私のマスクを外し、自分のマスクを外して唇を合わせてきた。舌が触れ合う感覚が懐かしい。そして久しぶりの本物の興奮が私の体を突き抜けた。


*** *** ***


 日本滞在中、彼は私の部屋に泊まった。そう、留学から帰ってきた後、ワンルームマンションを借りて私は一人暮らしを始めていた。実家は東京なので、人暮らししない方が費用面では楽だったんだけど、どうしても一人で暮らしたくなったので。

 おかげで以前のように、部屋にいる時は何度もセックスした。夜3回、朝2回。この3ヶ月間の欲求不満はどこかに吹き飛び、人間にもどったような感じがした。やっぱり画面越しでは、こういう充足感は得られない。


 手近なところでは銀座、浅草、アメ横、渋谷、原宿をうろついた。東京は観光して楽しいところがあるわけじゃないので、外国人観光客向けのガイドブックに載っているところを、そこに書かれている情報を手掛かりに回ってみた。

 あとは鎌倉、小田原、箱根、それから金沢。私にとってもそんなにお馴染みな場所じゃないのでそれなりに新鮮だった。なによりジュリアンとこうやって日本の各所を回れるのは夢のようだった。


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 だけど、何かが前とは違った。私がそう一方的に思っているだけかもしれない。彼はいつも楽しそうにしていたから。でも私はジュリアンが束の間の日本滞在を終えてイギリスに戻ったら、また遠距離に戻ってしまうことをどうしても考えてしまう。それを考えると、突然涙が出てしまう。彼に涙を見られまいとがまんして、密かに何度も泣いた。

 それから私の中でジュリアンに対する疑念が勝手に盛り上がってくるのを抑えられなかった。あっている時、こんなにセックスする人が果たして私がそばにいない時その欲望をどうコントロールしているのだろうかということ。もちろんヴィデオ通話で画面越しにえっちなことはしてきた。けれど、それは現実のセックスを代替するものではない。ひょっとして他の女の人としているのではないだろうか、と。

 これはまったく根拠のない疑念であって、でも私の頭にしっかりと根を下ろし体全体を不安にさせるのだ。不安と戦いながらの遠距離恋愛は無理ではないのか。でもそんなことを思ってしまう私自身、ジュリアンへの思いが以前より弱まっているのではないか。そう考えると不安と悲しみが混ざったような感情に襲われる。やっぱり、「お互い恋人同士」という関係を解消した方がいいのではないだろうか。でもそんなことは言えない。けれど切り出すなら彼の日本滞在中しかない。


 破綻のきっかけが突然やってきた。彼がシャワーを浴びている時、彼のアイフォンの画面にWhatsAppの通じバナーが出ているのが見えた。目を向けると連続でいくつものメッセージを受信しているようだ。何気なく読んでしまった。言語はフランス語だ。発信者はエレーヌという女性。アメリカ旅行はどう?あなたと会えなくて寂しい。一人の夜は辛い。あなたの体の重みを感じている。といった言葉が並んでいる。ポップアップのバナーなのでチラリとしか見えなかったし全文は見えなかったけれど、明らかに普通の関係の人からの連絡ではない。要するにジュリアンは浮気をしていたのだ。フランス語を使う女と。しかも日本に来ているのに、彼女にはアメリカに行くと嘘をついているのだ。


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 私らしくなく、問い詰めてしまった。フランス人の女の子とのことは否定しなかったけど、ユキがいない極限状態での気の迷いだった、僕の弱さがそうさせた、悪いのは僕だ、謝る、どうか僕との愛を切らないでほしい、などなどどこまで行っても優しい言葉でジュリアンは許しを乞うてきた。

 けれど私の気持ちはもう戻りそうもなかった。でも、彼のことを嫌いになったわけじゃない。恋人としては無理だけど人間としては好き。彼を傷つけずに別れたい。

 自分の違和感をジュリアンに伝えた。今まで打ち明けてこなかった、イギリスでレイプの被害を受けたことも告白した。それ以来、男性との関係に困難を感じるようになったことも打ち明けた。「でもあなたとだけは大丈夫だった。優しくしてくれたから。」でも3ヶ月会わないうちに、男性に対する違和感が強まってしまって恋人関係になるなら女性と出ないと無理なように感じている。


 僕がユキを癒してあげたい、とジュリアンらしく優しい。でもいつもそばにいられないからそれは無理だし、結局、私の思いをわかってくれた。でも、一緒にいる間は今まで通りにしたい、とも伝えた。

 ジュリアンが別の女の人ともセックスしていたという事実は私に怒りの感情を持たせた。ただ怒りの対象はそのエレーヌという女の人。私とのセックスの方が良かったとジュリアンにいつまでも記憶させたい。彼が帰国するまでの間、今までにないくらい彼とのセックスに全力を注いだ。「セックスに全力を注いだ」という表現は奇妙だけれど、本当にそういう勢いを自分に感じた。

 彼がどんなえっちな妄想を抱いているかは、これまでの関係で知り抜いている。おそらく妄想しているであろうことを、ほとんど全て叶えるようなことをした。部屋のベッドの上でするときだけではなく、ベッド以外の場所。それから部屋ではない公共の場でこっそりする数々のこと。具体的にどんなことかリストアップすることはできるけれど、あまりにもえっちすぎだしリアルすぎるので言語として並べることは控えておきたい。


*** *** ***


2023年の1月中旬。ジュリアンは羽田空港から深夜便で日本を離れた。通関の別れ際、長いキスをした。彼は何度も振り返って笑顔で手を振っていた。彼に泣いている姿を見せないようにしてきたけど、滝のように涙が流れる顔を最後の瞬間に見せてしまった。








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女子大生日記:留学から戻ってきました 岡玲南 @okareina

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