The Big Sleep
00000-00000 数秒前の果物
誰もわたしを知らない。
誰もわたしをみつけられない。
わたしだけ、水中にいるみたいな気分だ。
話すたびにぶくぶくと泡立って、自分の声がよく聞こえない。
まわりの人の声は、覆いをかけられたみたいに遠く届く。
ここにいる。
ここにいるのに、わからない。
誰も知らない。
◇
夜の森、だ。
こんなに、心細いような、月のあかりの下だ。
わらうような、黒い木々のざわめきのなかだ。
なにもかもがかすみがかるような、曖昧な夜風のなか。
わたしの風景は滲んでぼやけて。
そばには誰もいなかった。
なんにもなくて。
本当はすぐにでもいなくなれたらよかった。
きれいなものに埋もれて、
すぐにでも消えてしまいたかった。
わたしは。
うずくまって、震えて、泣いているだけだ。
こんなけしきのなかなのに。
こんなけしきにいるほうが、ずっとましだ。
おかしな話だ。
家より。
学校より。
町より。
こんな暗い森のなかにいるほうが、ずっと楽だ、なんて。
誰がきらいなわけでも、誰が憎いわけでもないのに。
愛されていないわけでもないのに。
ひとりのほうが、ずっといい、なんて。
それなのに。
その人はそこに立っていた。
どうしてか……わたしに似ている、と思った。
「こんばんは」
と彼は言った。
どうして。
どうしてそこにいるんだろう。
どうして、わたしを知っているんだろう。
「こんばんは――赤井吉野さん」
たぶんわたしは。
彼に会いたくなかった。
絶対に。
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