The Big Sleep

00000-00000 数秒前の果物


 誰もわたしを知らない。

 誰もわたしをみつけられない。


 わたしだけ、水中にいるみたいな気分だ。

 話すたびにぶくぶくと泡立って、自分の声がよく聞こえない。

 まわりの人の声は、覆いをかけられたみたいに遠く届く。


 ここにいる。

 ここにいるのに、わからない。

 誰も知らない。



 夜の森、だ。


 こんなに、心細いような、月のあかりの下だ。

 わらうような、黒い木々のざわめきのなかだ。

 なにもかもがかすみがかるような、曖昧な夜風のなか。


 わたしの風景は滲んでぼやけて。

 そばには誰もいなかった。


 なんにもなくて。

 本当はすぐにでもいなくなれたらよかった。

 きれいなものに埋もれて、 

 すぐにでも消えてしまいたかった。


 わたしは。


 うずくまって、震えて、泣いているだけだ。

 こんなけしきのなかなのに。

 こんなけしきにいるほうが、ずっとましだ。


 おかしな話だ。


 家より。

 学校より。

 町より。


 こんな暗い森のなかにいるほうが、ずっと楽だ、なんて。

 誰がきらいなわけでも、誰が憎いわけでもないのに。

 愛されていないわけでもないのに。


 ひとりのほうが、ずっといい、なんて。


 それなのに。

 その人はそこに立っていた。


 どうしてか……わたしに似ている、と思った。


「こんばんは」


 と彼は言った。


 どうして。

 どうしてそこにいるんだろう。

 どうして、わたしを知っているんだろう。


「こんばんは――赤井吉野さん」


 たぶんわたしは。

 彼に会いたくなかった。

 絶対に。


 

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