一章 

第8話 始まり

 黒板の文字だけを残し、琴乃は学校から姿をけした。

担任の教師が教室に入ってくる。


「はいホームルームだぞ、席につけ」


 黒板を一度見ると、しかめた顔をしてすぐさま文字

を消した。

 教室のざわめきはまだおさまらない。


 琴乃…まさか、ないよな。


 あまりの出来事に筆箱すらカバンから出すのを忘れていた。

急いでカバンから教科書とノートを取り出し、机に突っ込む……。

 …机に封筒が入っている。


「…これは」


 中身は手紙…、しかもこの字は。

今度こそ、すぐに理解した。


「すみません、トイレ行ってきます」


 担任は無言で了承し、プリントを配りだす。

 琴乃が俺に、なんで。


 トイレにつく前に中身を取り出した。


_優太へ

 まず始めにごめんなさい、自分勝手なこじつけで

 優太との約束を破りました。本当にごめん……


 この一文を見た瞬間、学校を飛び出した。

 おい…、やめてくれ。


_もう一つ、謝らなくてはいけないことがあります。

 私は優太に一人にしないと言ったのに関わらず

 私自身でそれを出来ませんでした。ごめん……


 なんで琴乃が謝るんだ、もう十分だろ。


「おい君、なにやってる!」


 警備員の男が追いかけてきた。


 ……絶対に捕まるものか。


駐輪所を抜け、学校の外につながるフェンスを駆け上る。


 琴乃の家はたしかこっち…。


_私は、優太に一番迷惑をかけました。でも優太は受け止めてくれた。

 私の支えになってくれた。本当にありがとう…


 この手紙に書いてあることが琴乃の真実なら…。琴乃、やめてくれよ。

 走り出して10分ほどで琴乃の家についた。

チャイムを鳴らすが返事はない、誰もいない。

駐車場を見ると車の横にあるはずの自転車がなくなっている。


 もしかして。


細い裏道を駆け抜ける。下り坂を猛スピードで走った。

だめだ…、琴乃。


 カーブまで来るが、足がもつれ顔から大きく転倒する。

 ……糞が…。

 鈍い音とともに地面には血と砕けた前歯が散らばっていた。

腕に力を込め、ふるえながら足を前に出し、もう一度走りだす。

 

 砂浜まで来たが誰もいない、が道路わきに見覚えのある

自転車が止まっていた。

 すぐさま砂浜を駆ける、なにかないか……。


 ふいに、嫌なことが頭に浮かぶ。

 

「嘘だろ…」


 岬に向けて走り出した。


「ハッ…ハ、ハッ……」


 息を切らし岬に近づく。

どうか…、ほんの冗談だと言ってくれ。

なに食わぬ顔で戻ってきてくれ。


 頼むから……。


  

 岬の先には。


「…ァァアッ…くそッ…くそ…くそッ…」


 もう、やめてくれ…、なんでなんだ。

なぜつらい思いをしている人に追い打ちをかける。

なぜそこまで追い込む。


 岬の先には、靴だけが置かれていた。


『一人にはしない…

 私に優太がしてくれたことだよ』


_ _ _ _ _ _ _ _


 辺りは夕日で赤くなっている。

砂浜の上で横たわったまま時間が過ぎていた。


 気絶していたのか……。


 顔に強烈な痛みを感じ、頭がはっきりする。


「……!」


 手にはべっとりと血がついていた。

 いったい…どうすればよかったのか。


 もしも、未来がどうなっているか分かるのなら…

俺はもう少しまともな行動をとっていたのだろうか。


 いや…過信していた、自分のことを。

もうどうでもいい、このまま俺も。


「くそやろう…」


 馬鹿みたいなことしか考えることができない。

何もできなかったのだ。もうなにも……。


 起き上がり、家へ向かう。


 ただ、分かったことは琴乃は俺との約束を守っていた。

『約束だ、一生をかけて隠そう』

 この言葉の通り、琴乃は死ぬまで隠したのだ。


 ……自分が死んだ後に全てをあかした。


 カエルの子供の話を思い出す。

母カエルは最後のさいごで子供に寄り添おうとした……。


「そういう意味じゃないよ、俺に寄り添うっていうのは」


 ……だめだ、このままじゃ帰れない。

道の途中に石の階段がある。あれは…。


『あ、おぼえてる?授業の話』


 鳥居の前まできた。

 夕日で境内が赤く照りついている。


 なぁ、たのむよ……。

神様がいるならどうにかしてくれ。

肝心な時にいつもいないじゃないか……。

 

 ポケットに入っていた小銭を賽銭箱にぶちまける。


「これ以上、何を奪ったら気が済む!」


 頼むから、たのむから……。

 未来なんていらない。

 嘘でも伝承でもなんでもいいから。


「…もどしてくれよ!」


 夕日の光が辺りを覆いつくす。


「……!」


 もう一度チャンスがあるなら、俺は絶対に…。

 頭の中に琴乃との日常が流れ込む。


『今からこの腐った普通を変える…』



『私優太に救われたんだから、今日だってこの人生の中で

 一番楽しかった』


 

『優太が幸せでありますように』



『七夕楽しみにしてる』



『ねぇ、カエルが雨の日に鳴く理由知ってる』



『優太は一人じゃないよ』



『ありがとう助けてくれて』



『約束だ、一生をかけて隠そう』



『私…人を殺した…』



 ザーッ……。

激しく雨が降っている。

いつも朝になると訪れる光景があった。


 時刻は7時50分……。


 さっきまで神社だったはず。

顔の痛みもなくなっている、しかも……。


__7月2日


 おい、この日ってまさか、もしも本当に2日なら…


 この日、琴乃は杉山を殺す。


 家を飛び出す、雨が激しいが構わない。

たしか…あそこの階段のはず……。

 今度こそは救い出す。


 どうか、間に合ってくれ……。

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