第7話 いつも通り

「いってきます」

「…………」


 アパートの階段を駆け下りる。昨日に増して

空は青く澄みきっていた。

 今日俺はくだらない噂も、人の心を潰す視線も、全部

終わらせる。

 岬で流した琴乃の涙を見て覚悟ができた。

 この覚悟をするだけにどれだけ時間がかかったか…。


 もう後悔はしない。

 琴乃の日常を取り戻す。


 学校の正門前まで来るといつも通り、生活指導の先生が立っている。

正門……そういえばちゃんと見たことがなかった。この学校に

入ることが決まった時はすべてが鬱で、それ以降何も見たくなかった。


 こんなに大きかったのか。


 教室に入る前からいつもの騒ぎ声が聞こえてくる。

今からこの腐った普通を変える……。

 

 中に入るとそこにはいつも通りの景色が…



「ねぇ、やばくない」


               「ガチか」


「消さないほうがいいか」


     

       「やめとけって写真なんか」


「やっぱ噂通り」


             「ほんとそれ」


「杉山さん可哀想」


                「きも」


「あいつ、もう学校来ないんじゃね」



         「先生よんだほうが…」


 そこには、もうすでに普通など無かった。

 黒板にはあまりに綺麗な文字が並んでいる。


「なんで…」


『杉山 真莉さんは事故で亡くなったのではなく…』


「なんでだよ…」


 握りしめた拳がだんだん黒くなっていく。

 それは秘密にと約束したもの。


『…八神 琴乃が言い争いの末、殺しました』


 息が荒くなる。だれが…、誰が書いた、小野寺、いや

このクラスのやつか。………いや。


 この字を見てすぐに気づいていた、ただそれを理解することを

拒んだ。


『ごめんなさい』


 この字は、まぎれもない琴乃の字だった。




 私は本当にわがままだと、最近になってわかった。

あまりに大きすぎる罪を犯したにもかかわらず、一人の男の子の

一言で生きたいと願ってしまった。


 砂浜が白く輝いている。

昨日来たばかりなのに懐かしさを感じてしまう。

 これは私の覚悟…違う、それも自分を正当化

するための噓でしかない。


 昨日歩いた道をたどるようにして進む。

ふと、願いを書いたあたりの場所へといった。


 もうどこにあるのか分からない。


「まぁ、それもそうか」


 少し期待していた自分がみじめになる。


 どうやら、人が死ぬときはどうやっても人に

迷惑がかかるらしい。

 飛び降りは清掃に時間がかかり人に迷惑がかかる。

 人身事故も、電車ならばさらに迷惑をかける。

 

 迷惑、迷惑、めいわく…………。


「ごめんなさい…」


 岬の先端まできた。

やっぱり、ここからの景色は他のどの場所より綺麗だ。


 私のわがままに、色々な人を振り回してきてしまった、

とくに……。


 あの人のおかげで生きていると楽しいこともあるんだと知った、

生きたいと思えた。

 わずかに過ごした1週間が自分の生きてきた中で、最も幸せだった。

だが……。


 私には少々この十字架は重すぎたようだ。


「ありがと、ごめんね」


 もっと違う未来、もっと違う場所だったなら……。

 新しい未来を探して走り出す。


 岸に打ちつける波の音、それとは別に激しい水しぶきがあがった。

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