第29話 罪の自覚

 二人がベッドルームに籠もった後、頭の中は真っ白だった。


「どうして」


 そう呟く。

 答えなんて出ているのに、私は目の前の出来事を受け止められない。


 スイはあんな事を言っていたけど、二人は話をしているだけだと必死に自分に言い聞かせる。


 それにこれは私への罰。

 この罰さえ耐え抜けばきっとレイ君は戻ってきてくれる。


「良く頑張ったねって」言って。


 でも、考えないようにしても、勝手に頭に浮かんでくる二人が淫らに交わる姿。


 私だけの温もりがスイに奪われる。

 あの、ひとつになれる感覚を、今は私ではなくスイが感じている。

 私の全てを満たしてくれるレイ君が、今はスイを満たそうとしている。


 私ではなくスイの中で果てるレイ君の姿。

 

 動悸がして、胃が締め付けられるように軋む。


 吐き気が込み上げ、トイレに駆け込み嘔吐する。


 リビングに戻り、また一人になると嫌でも頭をよぎる二人の姿。


 また、トイレへと駆け込む。


 それを何度も繰り返す。


 最後はもう、胃液すら吐けなくなった。

 頭も朦朧としてくる中、トイレから戻る際にベッドルームのドアが目に入る。


 中の様子が知りたかった。

 部屋の前まで行こうとした。

 けど、それ以上に本当の事を知ってしまう怖さに近づけなかった。


 そして結局何も出来ないまま、リビングに戻る。 

 何も考えないようにして、ただひとりで時間が過ぎていくのを待つ。


 勝手に思い浮かぶ残像を消したくて、頭を掻きむしる。

 そんな私を嘲笑うかのようなスイの姿が浮かぶ。


 実体のない影に対して、声に出して「やめて」と叫ぶ。

 「レイ君を取らないで」と懇願する。


 涙を流しながら、誰もいないリビングの床に頭を擦り付ける。


 レイ君の幻は、そんな私を冷めた目でしか見てくれない。


 今度はそのレイ君に頭を下げる。


 泣き、懇願し、謝罪する。


 時が止まったかのように進まない時間。

 延々と続くリアルな悪夢。


 心が疲れ果て、壊れてしまいそうになる。

 でも、そうなってようやくスイの意図に気付く。


 スイはきっと身を持って分からせたかったのだろう、レイ君がどれだけ深く傷付いたのかを。


「凄く、すごく、痛いねレイ君。私のせいで、こんな気持ちにさせたんだね。ごめん、ごめんなさい」


 自然と涙が溢れ、嗚咽が漏れる。


 身を持って痛みを知ることで、本当に心の底から謝れた気がした。

 私が先程までしていた謝罪が、いかに薄っぺらい上辺だけのものだったのだった事にも気付く。


 

 自分の軽薄さがつくづく嫌になる。


 恋愛感情云々の私の気持ちなんて関係なかった。

 まして理由なんてものも意味が無い。

 先輩と体を重ねてレイ君を裏切った事実しかない。

 その結果がこの状況を生み、私の罪をまざまざと見せつける。


 それはどんな拷問より心を削られるモノで、正に私に効果的な罰なのだろう。


 だって、浮気した挙げ句、こんな状況になっても、私がレイ君を好きな事に変わりないから。

 だからこそ、ここまで心が悲鳴を上げている。


 レイ君にとってはもはや厚かましいかもしれない想い。それでも簡単に消せない。消えるわけがなかったから。


 でも、だからこそ、あのベッドルームで行われているであろう行為が、何よりも私の心をズタズタに切り裂いて苦しめる。


 私も同じ事をしたのだという罪悪感と共に。

 

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