第27話 寝室で

 すっかり自分の部屋以上に見慣れたベッドルームに腰掛ける。

 その隣に躊躇なくスイが座り、自然と肩を寄せ合う形になる。


「なにも、ここまでやらなくても良かったんじゃ」


「駄目よ、甘やかしてもランの為にならない。それに、なにより一番傷付いているのは貴方でしょう。これくらいの意趣返しなんて可愛いものよ」


 それでも最後に僕達を見ていたランの表情が頭に浮かぶ。彼女のしたことは許せないし、許せそうにないけど、やっばり大好きだった人の表情が悲しみで曇るのは見ていて気持ちの良いものではない。


 だって僕はそんなに強い人間ではないから、直ぐに気持ちを切り替えて何もかもを割り切るなんて事は出来ない。

 現にまだランの事が好きな気持は残っている。



 そんなランへの未練に囚われてるのを察したのかスイが俯く僕を抱き締めてくる。


 感じる甘い匂いと懐かしい感触。


「ごめんスイ。流石に言葉通りには出来ないよ」


「そんなの分かってるわよ、何年一緒にいると思っているの。アノときはケダモノでも、心が繊細なのは良く知ってるから」


 スイが冗談を交えて囁く。

 精一杯の冗談として言ってるつもりでも、ある意味で自虐ネタでもあるから自分に返ってきてないか心配になる。

 だってそのケダモノに襲われた当事者だから。


「ふう、こんな時まで私の心配なんてしないでよ」


「どうして、分かったの?」


「そんなの顔見れば分かるでしょう」


 そう言っていつものように笑った。


 そして、あの時まで当たり前で、いつも側にあった笑顔に僕は魅入ってしまう。


「……どうして僕達別れたんだろうね」


「まあ、結論だけを言えば性の不一致ね」


 スイの口からにべをもなく告げられる。

 情緒もないやり取りに、逆にスイらしいと笑いが込み上げる。


 そんな僕の表情を見て驚いた顔をするスイ。


 それから何かを考える仕草を見せると口を開いた。


「あの時……あの事があってから。私を見るレイが辛そうにしてて、それが堪らなく嫌だったの」


 唐突に語られた、忘れたくても忘れられない苦い記憶。

 

「うん、でもそれは僕に非があることだったから、どうすれば良いか分からなくて……」


 言葉通り、僕はスイとどう接すれば良いのか分からなくなっていた。あの時何よりも大切だった筈のスイを、誰でもない僕自身が傷つけ、怖がらせてしまったから。


「違うの、私が嫌だったのは、レイに辛そうな表情をさせた私自身。本当はすぐにでも、もう一度レイを受け入れたかった。でもまた怖がってしまったらって、そしたらまたレイを傷つけてしまう。そうなってしまったら今度こそ私達の関係は終わる気がして、臆病になってしまった」


 あの時スイから感じた不安と怯えの原因。

 実際、少しは僕に対しての恐怖というものもあったのだろうけど、それ以上に二人の関係が完全に壊れる事を何よりも恐れていたらしい。


「……そっか、だから、あの約束を?」


 

「うん、あの時は精一杯考えての私なりの結論だった。繋がりが消える前になんとか繋ぎ止めておきたくて。でも、いま考えれば早計だった。もっとレイと私の絆を信じるべきだった。そうすれば時間はかかったかもしれないけど……」


「そうだね。その可能性はあったかも、でも、結局タラレバで僕たちは付かず離れずの選択をした。でもそのおかげで楽になれたのも事実だよ」


 だってお互いに大切な二番目でいようと別れを提案された時、確かにショクもあった。

 でもそれ以上に、もう僕がスイを怖がらせる事をしなくてもいいんだと安堵した。

 例え二番目でもスイの側に居られると安心感を抱いた。それは無理をして恋人同士でいるよりも僕の心を安定させたから。

 確かに恋人ではないけど、今もこうして側にいるのだからあの選択は必ずしも間違いでは無かったと僕は思っている。


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