第20話 逢わせたい
机の水溜りをハンカチで拭き取ってから教室を出た。江崎とはそのまま何も喋らずお互い手を挙げるだけの挨拶で別れた。
それから一人で真っ直ぐ内村さんの家に向かった。
ピンポンを押したが応答なし、まだ静岡から帰っていないのかも知れない。家の前で内村さんの帰りを待った。
陽が落ちてしばらくしてから帰ってくる内村さんの姿が見えた。俺に気づくと小走りで駆け寄って来る。
「待ってたん?」
「うん 静岡どうやった?」
「会えたよ 話も出来た」
内村さんはそう言って門を開けると振り返った。
「中入って話しよ」
リビングに着くと内村さんはソファーに座るよう手で促し、そのままキッチンに入っていった。
クッションを避けて座りながら内村さんに声を掛けた。
「水川…あゆむさん 会ってくれるって?」
内村さんはキッチンの中でお茶の準備をしていた。お茶なんかどうでも良いから早く話を聞きたい。
「江崎君が辛くないなら会っても良いって」
カップに入った紅茶と焼き菓子をテーブルに置きながら内村さんが言った。
「会ってくれるんや」
ほっとした。
辛くないなんて事はない、でもきっと辛いだけという事もないはずだ。
「あゆむさん 江崎のこと何か言うてた?」
内村さんは紅茶を一口飲んでから、カップを両手で包み込んだ。
「江崎君の絵をずっと観てきたって、最後に会った授賞式以来ずっと探して観てたんやって」
あゆむさんは江崎が出品しそうなコンテストを度々チェックして、江崎の作品が受賞した際には必ず観に行っていたそうだ。
「弟さん……誠くんって言うねんて。絵を見るたびに誠くんの事思い出して、懐かしくて嬉しかったって。でも自分に会ったら江崎君が辛いんじゃないかと思って連絡もしなかったし、偶然でも会わないように気をつけてたって」
あゆむさんも江崎と同じような事を思っていたのかも知れない。江崎に断りもなくさっきの話をするのはいけない事だとわかっていたが、あゆむさんから事情を聞いているだろう内村さんには言わずにはいられなかった。江崎が水溜りを作ったことは内緒にしておいた。
内村さんは黙って聞いていた。そして、
「絵を描いてる間は誠くんと一緒に居れたんやな」
と手の中のカップを見つめながら言った。
「内村さんはわかってたん? 江崎がまあくん… 誠くんに逢いたがってること」
「誰かに逢いたいって事はなんでかな、わかった。もう二度と会えない人に逢いたいんやろうなって」
「八百屋お七はどう言う関係があるん?」
内村さんは少し考えてから言った。
「江崎君、何か逃げてる感じがして…そんなにも誰かに逢いたいって思ってることがみっともないとか思ってるんかなーって。だからそんな事ないってわかって欲しくて。アタシもやけど八百屋お七とか、そういう人結構居てるよって教えてあげたかってん」
仲間がいるよと言いたかったのか。お七と仲間にされるのもどうかと思うが…逃げてるのは当たっている。江崎は逃げていた、まあくんの死から。
「江崎に確かめずにあゆむさんに会いにいったのはなんでなん?」
それもわからなかった。
「夏祭りの後、逢いたいのに会われへんのは何か凄い嫌われる様な事でもしたんかな?でも江崎君がそんな事するかなって不思議で…何か変やなぁって。
あゆむさんの絵を観た時、あゆむさんも江崎君と同じやってわかった。あゆむさんの絵も逢いたがってた。もしかして江崎君が何が誤解してて逢えないと思ってるんやったら、あゆむさんに聞いてみなわからんと思ってん」
全部江崎を思ってのことか。そこまで一生懸命になる内村さんの気持ちはやっぱり良くわからなかった。江崎がスゴく好きだから?
「あゆむさんに逢ったら江崎どうなるんやろ」
あゆむさんは逢っても良いと思ってくれてるみたいだが。江崎は……
「わからへん……でも逢った方が良いと思う。決めるんは江崎君やってわかってるけど、どうしても逢わせたいあゆむさんと」
内村さんは強い瞳で前を見つめて言った。
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