第18話 もう一人のまあくん
幼稚園に入る前、江崎は喘息発作を何度も起こし入院していた。そこの小児病棟で男の子の友達が出来た。その子は同じくらいの年頃で名前も江崎と同じく「まあくん」と呼ばれていた。二人はとても気が合った、いつも一緒のベッドで寝ていた。
もう一人のまあくんには姉がいた。小学生だったまあくんのお姉ちゃんはお見舞いに来るといつも二人に本を読んでくれた。絵が上手くて頼めば何でも描いてくれた。江崎はまあくんのお姉ちゃんが好きだった。男兄弟しか居ない江崎は初めて大人ではない、でも自分たちより少し大人のお姉さんに出会って夢中になった。退院すれば会えなくなるのが悲しかった。
まあくんに相談した。まあくんは「恋人になったらいい」と教えてくれた。恋人はずっと一緒にいるらしいと。「じゃあ まあくんも恋人になって」と江崎がお願いすると「男同士は友達でもずっと一緒におれんねん」とまた教えてくれた。
「女の子とは友達やったら一緒におられへんの?」江崎が聞くと、「おられへんねんて」とまあくんが答えた。
江崎はお姉ちゃんに「恋人になって」と頼んだ。お姉ちゃんはびっくりした後、笑顔になって、「二人とも元気になって退院したら」と答えてくれた。
江崎はその後順調に回復していったが、もう一人のまあくんはどんどん病状が悪化していった。
もう一緒のベッドで一緒にいられなくなった。会いに行っても部屋に入れない日が続いた。結局江崎はまあくんに会えないまま退院した。
その後何度かまあくんに会いに病院へ連れて行ってもらったが、一度も面会出来ないままある日まあくんは病院から居なくなった。退院したのだと思い まあくんの家に行きたいと母親に頼んだ。母親は悲しい顔をした。どんなに頼んでも母親は江崎をまあくんの所へは連れて行ってくれなかった。江崎は誕生日になるたびプレゼントを聞かれると、
「まあくんの家に連れて行って」と頼んだ。
お姉ちゃんに絵を教えてもらってから、江崎は絵を描くのが好きになった。絵画教室にも通わせてもらった。
小学一年生の時、絵画教室から出品した江崎の絵が受賞した。表彰式があるからとよそ行きの服を着せられ、母親と訪れた会場で江崎はまあくんのお姉ちゃんを見かけた。お姉ちゃんも中学生の部で賞を取って表彰式に参加していたからだ。お姉ちゃんはあの頃よりもっと大人になっていた。でも江崎にはすぐにわかった。うれしくて式が終わるなりお姉ちゃんの所へ走った。これでまあくんにも会えると思うといつもよりずっと早く走れた。お姉ちゃんはびっくりしていたが、久しぶりと笑顔で言った。元気そうで本当に良かったと笑う顔がなぜか寂しそうに見えた。まあくんの事を尋ねるともっと寂しそうな顔をした。
まあくんが亡くなったことはその時知らされた。
「もう一人のまあくんがこんなに元気になってくれて本当に良かった」
お姉ちゃんは言った。江崎は何も言えなかった。
まあくんは居なくなったのに、自分だけあんなに早く走ったりして。それがいけない事のように思えた。お姉ちゃんの目の前にいるのがまあくんではなく、もう一人のまあくんの方であることも。
それ以来お姉ちゃんには一度も会っていない。会ってはいけない気がした。でも絵を描くのはやめられなかった、何処かでまたお姉ちゃんに逢えるのではないかと期待するのをやめられなかった。
「ずっと逃げてんねん。それやのにどっかで夢を見てる。情けないやろ」
江崎は情けない顔で笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます