第15話 ヘンな人

おさかな天国の日からしばらくたっても江崎はぼんやりしたままだった。いつもうわの空で一点を見つめてぼーっとしている。

多分あの日見た絵を描いた、水川あゆむと言う人が江崎の会いたい人なのだということはわかった。内村さんもわかったと思う。

江崎に聞いてみたい気もしたがそっとしておいた。他人に口を挟まれたくないことなのは明らかだ。江崎が何も言わない限りこちらからはとても聞けなかった。

内村さんなら問いただすかも知れないと思ったが、内村さんはあの日もあれからも、その事について何も言わなかった。表面的には内村さんはいつもと変わった様には見えない。ただ今までみたいに江崎に纏わりつく事が少なくなった。避けている訳ではないだろうが、以前の様に休み時間毎にやって来ることはない。

必然的に俺と内村さんが話す機会も少なくなった。内村さんが周りに居ないと何だか静か過ぎて却って落ち着かなかった。


その日学校から帰って家の玄関を開けると、けたたましい笑い声が家中に響いていた。三和土には女物の靴がズラリと並んでいる。従姉妹たちが来ていた。従姉妹の一人がもうすぐ結婚するので皆んなで集まってパーティーをするのだと、確か昨日の夜に桜が言っていた。

中に入らずそのままそっとドアを閉めて表へ出た。女連中にオモチャにされるのがわかっていたので、取り敢えず時間を潰して皆んなが酔い潰れた頃に帰ることにした。ぶらぶら歩きながら何処へ行こうかと考えていると、

「石田君」

と声を掛けられた。内村さんだった。

「今帰り?」

内村さんはスーパーの袋をぶら下げてこちらに駆け寄ってきた。

「いや、一回帰ってんけど家に居りづらくて…」

姉と従姉妹の話をざっくり説明すると、

「行くとこないんやったらウチくる?」

誘われた。

「買い物行ったから何か作るわ、ご飯も食べていったら良いやん」

内村さんはそう言うと返事も聞かずに歩き出す。一回江崎の事もちゃんと話さなアカンしな……誰に言い訳しているのかわからないが、そんな事を考えながらそのまま内村さんの家について行った。


内村さんは相変わらず一人だった。

「何食べたい?」

袋から食材を出しながら内村さんが聞く。

「何でも良いよ」

答えると、

「それが一番困んねんってお母さんがいっつも言うてた。ホンマやな、何でも良いって困るなー」

内村さんはそう言って食材を眺めながら何を作るか考え込んでいる。手伝うにも料理なんか全く出来ないのでどうして良いか分からず突っ立っていると、

「TVでも観てて DVDもあるで」

とリモコンを持ってきてくれた。ソファーに案内されてふかふかのクッションに埋もれながらTVを付ける。


しばらくどうでもいい情報番組を観ていたが、

「江崎がお祭りの時に言うてた会いたい人って、水族館の帰りに見た絵を描いた人かな?」

意を決してキッチンにいる内村さんに声を掛けた。

「水川あゆむさん?」

やっぱり名前を覚えていた

「うん」

「そうやと思う あれからずっとぼんやりして何か考え込んでるもん。江崎君」

そうやな、気付いてるに決まってるよな。

「だから静岡行ってこようと思うねん」

内村さんの言葉の意味がわからなくて黙った。

「静岡の美大の人やったから、水川あゆむさん」

いつのまにか大学まで調べている。

「行ってどうすんの?」

「江崎君に会う気があるか聞いてくる」

「あの、水川あゆむさんって人に?」

「うん」料理をしながらうなづく。

「そんなん聞いてどうすんの?」

「会う気があるんやったら会ってもらえばいいやん、江崎君は逢いたがってるみたいやし」

でも江崎はあの人のこと……

「わざわざ会わせんの?内村さんが?」

内村さんはキッチンから出て来た。

「だって江崎君、何にもせんと考えてるだけやねんもん。せっかく逢えるかも知れへんのに」

だからってなぜ内村さんが一役買う必要がある?

「本人の気持ちの問題やん。江崎のためを思うやったら出しゃばらん方が良いと思う」

キツい言い方になってしまった。なぜか無性に腹が立った。

「アタシはアタシのためにやりたい事をやるだけで江崎君のためとかじゃない」

内村さんはあの目で俺をじっと見た。

「あの水川さんっていう人も江崎君に逢いたいのか気持ち確かめてくる」

内村さんはもう、そうすると決めている様だった。

「あの人も江崎とおんなじ気持ちやったらどうすんの?二人付き合うかも知れんで」

内村さんは不思議そうに俺を見た。

「そしたらめっちゃ良いやん。そうなって欲しいから行くねん。ヘンな人やったら考えるけどな」

内村さんはコンロの鍋を確認しにキッチンへと戻っていった。

例え【水川あゆむ】がどんなにヘンな人でも、内村さんほどではないだろう。そしてそのヘンな内村さんの料理はプロ並みで見た目も味も完璧だった。

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