第13話 定の業

家に帰ると梅がリビングでTVを観ながら、グラス片手に酒を飲んでいた。

「おかえりー」

梅がTVの画面から目を離さず声だけ掛ける。

「阿部定って知ってる?」

ただいまの代わりに聞いてみた。

「阿部定? 何よいきなり」

「知ってる?」

「男のアソコをちょん切った人やろ」

身も蓋もない言い方だ。

梅はグラスを置いてこちらを振り返った。

「なに?ちょん切られたいん?」

ニヤニヤ笑う。

「何でそんなことしたんやろ」

わからない。好きな男になぜそんな事が出来るのか

「好きやったからやろ」

梅がまたグラスを持つ。

「好きやからってちょん切られてたら男はたまったもんちゃうで。しかも締め殺されてるし」食卓の椅子に腰掛けて抗議した。

「楽になったって言うたらしいで」

「定が?ちょん切ったことで?」

「殺したことで。もう誰にも触られない、これで自分だけのものになったって」

ヤンデレ?!

「アソコちょん切って持ち歩いたんは?」

「いつも一緒に居たかった、からやろ」

アソコと?………わからん。

「そういうのってわかる?」

束縛が嫌いな梅にしてみたらさぞやゾッとするのではないかと思って聞いてみた。

「ちょっとわかる」

意外な答えが返ってきた。

「わかるん?!」

「わかったらアカンの?」

梅が笑う。

「だって束縛されんのキライやっていっつも言うてるやん。そんなに執着されたら息詰まるんちゃうん」

梅は氷だけになったグラスに焼酎を注いだ。

「束縛されたくないって言うといたら自分を納得させられるやん。相手から電話がなくても、会いに来てくれなくても。ああ、私が束縛されんのがキライやから遠慮してくれてんねんなって」

「……別に自分から言うたらエエやん。会いたいとか電話してとか」

「簡単に言うなぁ、それが出来たら苦労せんて」

梅はグラスを回した。氷がカランと音を立てる。

「自分の気持ちのまんまに行動出来たら楽やろうけど失うもんもあるやろ?感情のままに動いて取り返しのつかへんことになるかも知れん、そっちの方が怖い」

梅はロックの焼酎を飲み干してからこちらを見た。

「女は業が深いんやで」

そして、

「まぁアンタには関係ないか。それほどまでに女に惚れられることはないでしょう」

と鼻で笑った。

ほっといてくれ、そんな猟奇的な愛はいらん。

「どのみち心配せんでも信のアソコは大丈夫や。誰もそこまで欲しがれへん」

そう言うと梅はまたTV鑑賞に戻った。

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