第12話 阿部定
夏休みが終わった。
江崎が学校に持ってきた組旗には「お七の気持ち」ではなく大きな亀が描いてあった。
内村さんはそれを広げてずっと見ていた。そしてうるうるした瞳で江崎を見つめると、
「孫の代まで家宝にする」
と真剣な表情で言った。
孫も良い迷惑だろうと思った。
内村さんは体育祭の応援中、一度も組旗を手放さず誰かが触ろうとすると猫の様に威嚇した。そして体育祭が終わると大事に抱えて家に持って帰った。
後で聞いたら部屋の壁に貼ってあるそうだ。ヨロズにしていた様に、毎日眺めたり話しかけたりしているのだとうれしそうに言った。初めからお七なんかじゃなくヨロズを描いてもらえば良かったのに……
「ホンマはヨロズの身体をそばに残しときたかったけど、お母さんが火葬したら空に昇っていつもアンタを見ててくれるでって言うから…業者の人に頼んで火葬してから庭にお墓作った」
亀を火葬してくれる業者もあるのか、甲羅って燃えるんや…
「頭とか手足は置いときたかったけど、干からびてもうて甲羅から出されへんかった」
悲しそうな内村さんだがその言葉に引っかかった。
「置いとくって……ちょん切って?」
「うん。そんなに大きくないし。肌身離さず持ち歩けるやろ、ずっとそばに居れるやん」
いや…こわいけど……
「甲羅とかの方が良いんちゃう」
まだそっちの方がわかる。
「甲羅も置いときたかったけど大きくて持ち歩かれへんし、剥がすのが可哀想で出来ひんかった……」
頭や首を切断するのは平気なのに?わからない。内村さんはやっぱりわからない。
「阿部定みたい……」
江崎がぼそっ呟いた。
「アベサダって何?」
俺が尋ねると、
「好きな人を絞殺してからその人の陰茎と睾丸を切り取って持ち歩いてた女の人」
と内村さんが説明してくれた。
真っ昼間の明るい教室には不適切な言葉だったが。
「持っときたかった気持ちわかる」
内村さんの言葉に下半身がスースーする。
ヨロズの頭が妙に符合していてさらにゾッとした。
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