第11話 亀はヨロズ その2

「やっぱり!どうしても逢いたい人おるん?」

内村さんが聞く。江崎がうなづいた。

「でも会いに行く勇気がない」

「会おうと思えば会える人なん?!」

と内村さん。

「どこに居てるんかは知らんねん。でもその人もきっと絵を描いてると思う。だからもしかしたらどっかのコンテストとかで会えるかもって、賞とか取ったら見てもらえるかもって。だからいっぱいコンテストとかに参加した」

確かに江崎の性格であんなにコンクールだのコンテストだのに出品するのは違和感があった。そうことか…子供の頃から一緒なのに何も知らなかった。

江崎の優しいけど切ない絵。あれはその誰かに逢いたい気持ちだったのか……

「だから誰かに逢いたい気持ちはわかる気がする」

「その人に逢わんでホンマに良いの?」

内村さんが江崎に尋ねた。

「その人とは…逢われへん……」

内村さんは江崎をじっと見て言った。

「逢いたい気持ちは恥ずかしいことじゃないで。お七みたいに思い詰めてしまうのはアカンけど、でも逢いたくて逢いたくてどうしようもない気持ちは誰にでもある。大切な人にもう二度と逢えなくなったら」

内村さんの場合は亀に逢いたい気持ちだけど。

江崎は何も言わなかった。ただ黙って下を向いた。

「アタシと恋人になられへんのは、その逢いたい人が好きな人やから?」

内村さんが率直過ぎるほど率直に聞いた。

「……もう忘れてると思うし、覚えてても本気にしてないと思うけど、小さい頃に頼んだことある。恋人になって欲しいって」

江崎が小さい声で答えた。またしても俺は何も知らなかった。聞いた事もなかった。江崎に好きな人がいるなんて……

「その人と恋人になりたいのに逢うことは出来ひんってこと?」

ズバズバと内村さんが江崎を問い詰める。「……うん」

江崎は苦しそうにそれだけ呟いた。理由はとても聞けない雰囲気だった。

「それでも一緒にはいて欲しい」

内村さんが言う。

「これからも一緒に居たい。いても良い?恋人じゃなくても良いから」

「ヨロズの代わりに?」

小さい声で江崎が尋ねる。

「ヨロズはヨロズ。江崎君は江崎君。代わりじゃないしヨロズはもういないって今はちゃんと自分の中で受け入れたから」

真っ直ぐな内村さんの目。

「受け入れた…そうなんや。それやったら…うん」

江崎は下を向いたままささやくように答えた。


江崎の逢いたい人も気になったが、内村さんのことが気になる。他に好きな人がいても江崎のそばにいたいと言うことだろうか?ヨロズの代わりとしてじゃなく江崎自身を好きになったから?そもそもヨロズの代わりって何?当たり前の様に今そう思ってたけどそもそもそれがまずおかしい。……やめよう、もう考えるな。本当に頭がおかしくなる。


「取り敢えず お祭り行こか」

俺はそう言って一人で歩き出した。なんだろう。亀が気になりすぎて話が上手く理解出来なかったが、要するに死んだ亀にあんなに逢いたがっていたということか?!

色々深読みしていた自分がマヌケに思えた。内村さんの思考回路は俺には理解不能だ。話の内容のほとんどが未だに理解出来ていない。


一番不可解なのは亀に似ていない自分をちょっとだけ残念に思ったことだ。恐ろしい。不可思議極まりないが内村さんといると退屈するということだけはないなと、改めて実感した夏祭りだった。

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