第10話 亀はヨロズ その1

幼稚園のバザーで亀すくいがあってやってみてん。一人っ子やったから弟にするつもりやった。オスかどうかは知らんかったけど。名前は、お父さんが「亀は万年」って言うたから「万年」にしようと思ったけどかっこ悪いなって。万はよろずとも読むでってお母さんが教えてくれたから、名前は「ヨロズ」にした。


その日、祭りの神社裏で内村さんがそう言って語り出した話を要約すると以下のようになる。


小さかったヨロズは水槽の中ですくすくと育ち結構デカい亀に成長した。アレルギーのせいで動物を飼えなかった内村さんは、ヨロズを弟のように可愛がった。自分の部屋を持たせてもらえるとヨロズの水槽を部屋に置いて、毎日ヨロズを眺めて話しかけた。デカくなるヨロズに比例して水槽もデカくなっていった。部屋に置くにはデカくなり過ぎた水槽は内村さんの部屋のベランダに出された。

中学三年生の冬ヨロズが甲羅から出て来なくなった。突いても動かない。部屋にいた時は暖かかったがベランダは寒いので冬眠しているのだと思い、そのままで春を待った。受験もあったし何やかやで忙しかった。ヨロズの様子を特に気にしないまま、春が来た。春になってもヨロズは甲羅から顔を出さない。流石に不審に思いヨロズを手に取った。ヨロズはミイラ化していた。ショックを受けた内村さんはそれから一週間何も食べず、お母さんに病院に連れて行かれ点滴された。


「ほったらかしにしてヨロズを殺してん!そばに居らんかったからわからんかった……」

内村さんが泣きながら言った。深刻な話だと頭ではわかっていたがどうしても入り込めなかった。

亀のインパクトが強過ぎた。亀か…亀な…


「江崎君の絵見た時ヨロズが逢いたいって言うてるって思った。ヨロズが誰かに取り憑いてこの絵を描いたんかなって…逢いたい逢いたいって絵の中から聞こえてきた。もう一回ヨロズに逢えたら今度は一緒に居てちゃんとお世話して万年生きてもらおうって思った。江崎君見てやっぱりヨロズやっ!おっとりしてて穏やかで優しくてヨロズやんて!」


[アンタみたいな人じゃないと思ってん]

内村さんの言葉を思い出す。俺は亀には似てないという意味だったのか。でも、ということは江崎は亀に似ている上に亀に取り憑かれているってこと?内村さん的には……


「でも良く考えたらヨロズがアタシに逢いたい訳ない。どっちか言うたら恨んでるやろし。江崎君の絵はヨロズに逢いたいアタシの気持ちをアタシが投影しただけやって思った。でも江崎君見てたらやっぱりヨロズで。ヨロズとしか思えなくて。だからずっと一緒にいれたら良いなって。ヨロズじゃないってわかってるけど、でも……ヨロズに出来ひんかった事いっぱいしてあげたいなって」


江崎はついていけているのだろうか?この話に。

俺はチラッと江崎を見た。江崎は黙ったまま内村さんを見ていた。亀に取り憑かれている様には見えなかった。当然だ。江崎は江崎だ。勝手にヨロズとかいう亀の代わりにされても困る。

江崎がこの話をどう思っているのか表情からはわからない。喜んでいる、わけないが悲しんでいるのか、腹を立てているのかわからなかった。内村さんのことはもっと何を考えているのか理解出来なかった。

「江崎君の絵はアタシがヨロズに逢いたいのと同じに見えた。誰かに逢いたいって思ってるって。ヨロズじゃないなら江崎君がそう思ってるって」

江崎が誰かに逢いたがっている?誰に?小さい頃から友達だったが、そんな話は聞いたことがない。

「僕はヨロズに取り憑かれてないと思う」

江崎が真面目な顔で内村さんに言った。

そらそうやろ。どこの世界に人間に取り憑いて絵を描く亀がいてる?思うって確信持たれへんのか?!

「でも内村さんが僕の絵を見て逢いたいって言うてるって言ったのは当たってると思う」


江崎のその言葉でやっと話に身が入った。

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