第8話 もう一回

夏が来た。

あいかわらず内村さんは江崎のそばにまとわりついていた。休み時間はいつも江崎の席に来て、なんだかんだと良く分からない話を捲し立てている。

江崎はいつも穏やかに笑っていた。迷惑そうには見えない。でもあいかわらず内村さんの気持ちに答える様子はなかった。優しいけど残酷やなと、なぜだか少しムカついた。


明日から夏休みという日。いつものように内村さんがやって来た。

「江崎君 お願いがあんねん」

「なに?」

「組旗 手伝って欲しい」

そう言えば内村さんが作るんやったな。

「やるよ、なんか手伝えることあるんやったら」

江崎は気ぃ良く答えている。

内村さんは一度自分の席に戻って紙袋を持って戻って来た。そこから白い布を取り出して、

「コレに描いて欲しいねん」

「なに描くん?」

「八百屋お七」

でたっ!八百屋お七。やっぱり諦めてなかった。

「運動会の応援に八百屋お七はあんまり合わへんと思うけど……」

困った顔で江崎が言う。もっともな意見だ。

「お七の絵じゃなくてお七の心情を色とか抽象的な感じで著して欲しい」

難しすぎるやろ!お願い自体が抽象的すぎる。

「……お七の心情?」

江崎が戸惑う。

「うん。お七の気持ち表現して見て」

内村さんが真剣な顔で江崎に頼んでいる。何だか江崎が可哀想になってきた。

「内村さん、組旗作りたいって自分で言い出したのにそれやったら江崎に丸投げやん」

思わず言ってしまった。

内村さんは俺を見て、うんとうなづいた。

「そう。デザインは丸投げする。江崎君に」全く悪びれずに言う。

「組旗はアタシに任せてって言うたやん。皆んなそれで良いって。だからアタシの権限で組旗のデザイナーには江崎君を任命する」

何と言い返すべきか……確かに内村さんは組旗を作らせてではなく任せてといった。確かに理屈はそうなのだが……

「お七の心情ってどう言うこと?」

途方に暮れた顔で江崎が内村さんに尋ねた。

「逢いたいのに逢えなくて、もう一度逢うためならどんな無茶苦茶なことでも良い。誰にどう思われても平気。ただそばにいて欲しい。もう一回一緒にいたい逢いたい」

内村さんは真っ直ぐ江崎だけを見つめて言った。

「…やっぱりそれ、運動会の応援と関係ないやん」

江崎は視線に耐えられなくなったのか俯きながらも辛うじて反撃した。

「アタシはアタシのために組旗を作りたくてCEOに就任した。アタシのための組旗やもん」

内村さんが堂々と言ってのけた。

いつのまにかCEOに就任してるし独裁が過ぎる。

「お七の気持ちとか知らんし…」

江崎がそう呟くと内村さんは初めて不安そうな顔をした。

「全然理解出来ひん?全くわからん?」

泣き出しそうな顔で江崎を見つめる。江崎はオロオロして口籠った。確かにあの子犬のような目はツラい……

「……間違ってるって自分でわかってても、気持ちがどうにもならへんって言うのは…ちょっとわかる様な気もする……」

江崎が考え考え口にした途端、内村さんはパッと花が開いたみたいに明るい表情に変わる。

「ホンマ!わかってくれる?!」

ピョンピョン飛び跳ねそうな勢いだ。

「ありがとう!それを組旗に描いてほしいねん!」

江崎は、えっ!と言う顔の後、しまった…と言う顔になった。


無理やぞ江崎。多分断られへん。内村さんに抗うのはかなりの胆力が必要だ。江崎にそれがあるとは思えなかった。

案の定もう組旗制作のための夏休みスケジュールを、勝手に立てられている。

今まで全く興味がなかったがどんな組旗になるのかが気になった。

もう一回、一緒に居たい逢いたい。誰に?

そちらの方はもっと気になった

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