第7話 お七の恋

「八百屋お七って知ってる?」

代休を取って家に居た桜が、母の代わりに夕食を作っていた。冷蔵庫からお茶を取ろうとキッチンに入った時、料理をしていた桜に聞いてみた。

「八百屋お七?浄瑠璃?伊達娘恋緋鹿子とかそう言うやつ?」

「多分そう言うやつ」 

知らんけど。

桜はふきんで手を拭きながら、

「八百屋お七がどうしたん?」

と聞く体制になった。

「お七みたいな人ってどんな人?」

「質問の意味も意図もわからん」

桜にバッサリ切られた。そして、

「信はどう思うん?お七みたいな女の子のこと」

と逆に聞かれた。

「自分の感情を優先する短絡的で自分勝手な女。恋に恋する夢見がちな女の子の行き過ぎたタイプ」

スラスラとそう答える。だって有り得へん。

桜はフンッと鼻で笑ってまな板を取り出した。

「自分の家が火事になって、それで仮住まいさせてもらった寺かなんかで知り合った人と恋に落ちたんやったっけ?」

とお七について語り出す。

「そう。だからもう一回火事になったらその男に会えると思って自分の家に火をつけた」さっき調べたばっかりの情報を知ったかぶりして言ってみる。

桜は鍋を火にかけた。

「短絡的っちゃあ、短絡的やな」と桜。

「しかも15歳やったら火刑じゃなくて遠島で済むから15歳やな?ってお奉行様が情けかけて聞いたのに16になります!て自分で言うてまうし」

アホや。15歳やって言うとけば良いのに。

「それはお芝居の設定ちゃう?打算的じゃない幼さと純粋さを強調したかったんやろ?演出家としては」

「幼いからってやって良いことと悪いことがある」

自分の家族は元より、近隣の住民にまで被害が及ぶことは16にもなればわかる。俺と同い年だ。

「多分そこじゃなくて一途さとか必死さとか。そう言う部分が重要なんちゃう。そこまで思い詰めた一途で純粋な恋心みたいなんがお芝居の見せ場やろ」

「ちょっと知り合って仲良くなっただけの相手をそこまで思い詰める?」

考えられない。家族よりも大事だったのか?たまたま知り合っただけの男が。

「それこそ梅がこないだ言ってたみたいに、女の子フィルターは掛かってるやろうけどそれでもその瞬間の気持ちは本物やったんちゃう?その人しか見えへんようになるってあるやん」

「その人しか見えへんって思ったことある?」

ないと思って聞いたが、

「あるよ」

桜はアッサリ肯定した。

「え!マジで!」

意外だった。

「何よ あったらアカンの?」

桜が睨む。

「いや……想像出来んくて」

姉のそんな生々しい感情なんか考えたこともない。想像もしたくない。

「そういう恋を一回も出来んままで大人になるのは寂しいで」

コンロの火を見つめながら桜が言う。

「ただ逢いたいって、それだけで心が踊る。満たされる。何でも出来てしまうねん。切なくて苦しいけど… それはこの先何度も味わえることじゃない幸せな瞬間やったって大体あとになってから気づくねんなー まあ、アンタは一生知らんままかもな」

知らんで悪かったな。知らんままで別にエエし。


ただ逢いたいか……江崎の絵を見ながらボロボロ泣いていた内村さんを思い出した。内村さんは誰に逢いたいのだろうか?


桜は鍋に野菜を放り込みながら、

「まぁアンタは、自分の感情を押し殺す思慮深くて慎重な、恋に夢なんか見たことない女の子と精々楽しんだらエエやん」

と呆れた様につぶやいた。

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