第4話 桜 梅 桃
「ただいまー」リビングに入ると、
「おかえりー」と三つの声が迎えた。珍しく三人の姉が全員そろっていた。
「お腹減ってたら食べ」
真ん中の姉が、さきイカを口に咥えたままテーブルに乱雑にのった酒のつまみを指差す。
「お弁当箱出しときや。こないだお母さんが怒っとったで」
冷蔵庫から缶ジュースを出して俺に渡しながら一番上の姉が言う。
「信ちゃ〜ん。ついでにビール取って〜」
甘えた口調は三番目の姉。
俺には三人の姉がいる。上から 桜 梅 桃。安直なネーミングだ。
桜は長女にありがちな、しっかり者で世話焼きだ。甘え下手でスキを見せたくても見せられない性分。そのくせダメ男とかに弱く散々世話を焼いた挙句に
「お前は独りでも大丈夫やろ」とか言われて自分よりどう見ても格下の女に男を取られるタイプ。
梅はクールで独立心旺盛だ。自由気儘ぶって束縛が嫌い、などとカッコつけてはいるが本当はかなりのツンデレだ。例えば、UFOキャッチャーで取ってくれたぬいぐるみを「しょうもな」と彼氏の前ではボロクソに言っておいて、実はこっそり枕元に飾って寝たりするタイプ。
桃は甘え上手で要領が良い。賢く見せない賢さがある。自由自在の涙とあざとい笑顔で世の中をスイスイ泳いでいく。計算高くて抜け目がない。男にとっては一番近づいて欲しくないタイプ。そして俺の友達には一番人気だった。
家に来た友達はみんなうらやましがる。身内にはわからないが、姉たちは皆それぞれに綺麗でカッコよくて可愛いらしい。
日常が【ときめきメモリアル】だと興奮していた。俺は【ときめきメモリアル】というゲームをやった事はない。でも、もしそれがうちの日常と酷似しているのなら、酒を飲んで帰って来て人のベットでゲロを吐いたり、頭にカーラーをつけたまま、毛玉だらけのセーターの胸元に手を突っ込んでボリボリかいたり、食事中に生理の話で盛り上がってこっちの食欲を減退させる様な女の子がたくさん出て来るのだろうか?
そんなゲームの何が面白いのかわからないが、そんなにうらやましいならいつでも姉をレンタルしてやる。ときめかないメモリアルを存分に楽しんで欲しい。
「顔も知らん人にいきなり恋するってある?」
せっかく姉たちがそろっているので、俺は今日の内村さんの行動について姉たちの意見を聞いてみようと思った。
「どーいうシチュエーション?」
梅が聞いた。
「その人の描いた絵だけを見て いきなり告白」
姉たちは、青春やな〜と勝手に自分達でワイワイ盛り上がっている。
「で なに アンタはどう絡んでんの?」 と桜。
「江崎が告白された」俺。
「あ〜 江崎君 絵上手いもんなぁ〜」桃。
「ほんで江崎は何て返事したん」梅。
「恋人にはなられへんって」
あらあら〜とまた女だけでワイワイ騒ぎ出す。
「信ちゃんは何が不満なん?」
桃が俺を見て首をかしげた。
「別に不満はないけど…そんな事あんのかなって」
「信ちゃんじゃなくて江崎君を好きになったんが気に入らんの?」
とまた桃。
「それはない」
あんなおかしな子に気に入られるのは不吉な予感しかしない。
「信 結構モテるんやろー」と梅。
「調子乗りなや」と桜。
何でそんな話になるねん。姉に話すといつもこうだ。最後は何の話をしていたのか分からなくなる。
「信がモテるのは今だけやから。学生の間だけや」
桜がテーブルを片付けながら言う。
「女の子にはモテても女にはモテへんわな」梅が焼酎を飲みながら俺を見て笑う。
「信ちゃんは退屈やもん」
桃がつまらなさそうに言う。
「退屈って……」
女の子の方が退屈だと思う。
「想定内のことしか言われへんし出来ひんやん。意外性もないしすぐ飽きられるて」
桜がやれやれと首を振りながら言った。
「女の子は勝手に自分でフィルターかけて自分の都合の良い様に解釈してくれるけど、女は現実を見るからな」と梅。
「当たり障りないしギャップ萌えもないし。退屈やん、つまらんな〜」
桃が締めくくった。
俺 退屈なんや……
女の子が退屈な生き物だと思っていたクセに、自分が退屈な人間だと言われるとかなり傷ついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます