第2話 俺みたいじゃない人

江崎は絵が上手い。何とかコンクールとか何とかコンテストで賞を取ることは小さい頃から何度もあった。

俺は絵の事は全く分からないが江崎の絵は好きだ。柔らかくてどこか寂しい、なぜか切ない気持ちにさせられる、そんな不思議で優しい絵だ。


例によって、何とかコンテストで賞を受賞した江崎の絵が校内に貼り出された。ほとんどの高校生は絵になんて興味がない。誰も見ないだろうから、せめて俺だけでもと観に行く事にした。

江崎の絵は職員室前の廊下の奥に展示されている。廊下を歩いているとそこに人がいるのが見えた。江崎の絵を見ている女の子がいる。薄暗いし横顔なので最初は分からなかったが、多分あれは同じクラスの子だ。入学したてでまだ馴染みは薄いが見覚えがあるような気がする。かなり近づいてからわかった。彼女は泣いていた。ボロボロと音が聞こえそうなぐらい涙が出ていた。それを拭いもせずただ真正面の江崎の絵をじっと見つめている。なぜ泣いているのか分からないが、黙って見ているのもどうかと思いハンカチを出して驚かさないようになるべくゆっくり差し出した。彼女はしばらくハンカチに気づかず、ひたすら絵に集中していた。


やっとこちらに気がついた彼女は、相変わらずボロボロ涙をこぼしたまま俺を見上げた。あまりにもじっと見てくるので戸惑う。

「あー 良かったらどうぞ」

気まずいので取り敢えず言ってみた。

「これ アンタが描いたん?」

不服そうに彼女が聞いた。

「いや 友達が……」

俺の言葉が終わらないうちに、彼女は両手で俺の腕をグッと掴んだ。

「会わせて!」

「へ?」

「今すぐ紹介して!友達 この絵描いた友達に!」

あまりの勢いに後退る。

「…紹介って」

「人と人との間に立って引き合わせること」

「いや意味は知ってるけど……」

「この人元気?どっこも身体悪くない?」


なに この子……?

「取り敢えず涙拭いたら?」

話をそらすためもう一度ハンカチを差し出す。

「あれ 泣いてる?何で?」

こっちが聞きたい。

彼女は俺のハンカチは使わず、自分のポケットからハンカチを出して涙をというか顔全体を拭いた。

「男の子やのにハンカチ持ってるんや、エライな」

近所のオバちゃんみたいに言いながら顔を拭き終わった彼女は、

「ほんで紹介してくれんの?話そらしても誤魔化されへんで」

と俺を睨んだ。

やっぱりオバちゃんみたいな話し方だった。

「紹介って?この絵描いたやつのとこに連れていけば良いの?」

「うん!…あれ?アンタ一緒のクラスじゃない?」

「これ描いたやつも同じクラスやけど」

彼女が大きな口を開けた。奥歯の詰め物が見えた。

彼女は口を閉じてからブツブツ言い始めた。

「そうか、これまでも教室で会ってたってことかーなんで分からんかったんやろー」

「俺といっつも一緒にいてるやつやで」 

そう言ってみると、

「アンタの印象も薄っすらしかないのに そんなん覚えてへん」

と返された。

「あ そう」

何かムカついた。

「とにかく教室戻ろう。教室にいてるんやろ?」

彼女が迫る。

「いや もう帰ってたで」

と言うと見る見る肩を落とした。スゴく分かりやすい。

「じゃあ明日で良い。明日の朝一番に紹介して」

「紹介してどうすんの?」

と聞くと、

「ずっと一緒におる」

と答えた。


いや…なに こわ……


「今まで気がつかんかった…自分が情けないわ」

とまた何やら独りでブツブツ言っている。

「顔見たら、あっ!ってなると思う。絶対わかる」

「ちょっと言うてる意味がわからんねんけど」

「絶対そうやと思うねん」

何を確信したのかはわからないが、江崎に対して多大な期待を抱いているようなので一応伝えておく。

「仲良い俺が言うのもなんやけど、そんなカッコいい感じじゃないで。のほほ〜んとしてて……」

「そうやろっ!やっぱり!絶対そうや!おっとりしてて優しくて穏やかな感じやろっ!」

また食い気味に被せてくる。なかなか最後まで喋らせてもらえない。

「アンタみたいな人じゃないとは思ってん。違うって思ったけど一応聞いてみただけ」

俺みたいなってどういうこと……

「紹介して」

真っ直ぐ俺の目を見て言う。

俺が紹介すると言うまで絶対引き下がらないと言う気迫に満ちた眼差しだった。

「まあ 紹介って言うか引き合わせるぐらいは出来るけど」

裏切り者の俺を許してくれ江崎…ごめん…

「ホンマ!?ありがとう」

途端に今度は満面の笑みを浮かべた。

「ほんなら明日よろしくな ありがとー」

彼女は走って行きかけてすぐにUターンしてくると

「名前なんやっけ?」

と聞いてきた。

「え? あー江崎 江崎守」

「ちゃう!江崎守は覚えた。もう絶対忘れへん!アンタ、アンタの名前は?!」

「俺?俺は石田、石田信」

「アタシ 内村夏音(かおん) 明日江崎君にちゃんとフルネームで紹介してなっ!」

言いたいことだけいうと、彼女いや内村さんは今度こそ走り去っていった。台風みたいだった。

なにアレ…ちょっと、いやかなりおかしい。紹介して大丈夫なんだろうか。

俺は親友の明日にかなりの不安と、それ以上の罪悪感を抱いた。

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