8-2
「まあまあ! とんでもない色男じゃないの! 顔だけじゃなく行動までねぇ!」
「いや、私は……」
「遠慮しないでくださいな! 今日ばかりはお代はいらないよ! さあそこに座ってゆっくりしてって!」
《金の卵》亭の女将の勢いに、銀髪の男は気圧されたようだった。
ティアレはその様子に自然と笑みがこぼれ、ようやく体を苛む恐怖が解けていくのを感じた。
――ティアレがポールと呼ばれた男に腕を引きずられて行ってしばらくして、女将はティアレがいつの間にかいなくなっていることに気づいたらしい。
側にいる人間に聞いても知らない、見かけないというから訝しんでいたところ、見知らぬ銀髪碧眼の男と、羽織った外套の端をにぎりしめたティアレが帰ってきたので、たいそう驚いた。
何があったのかと聞く女将に、ティアレが震えてうまく話せずにいると、碧眼の男は端的に「ならず者に襲われていた」と告げ、さらに女将を驚愕させた。
泣き出しそうな女将に問いただされ、ティアレがつかえながら、ポールとホセの名を出すと、女将は一転して激怒し、鼻息荒く罵倒した。
ひとしきりそうしたあと、女将はティアレを救った男を絶賛し、立ち去ろうとする男を引き留めて、この恩人のために店を貸し切りにした。
ティアレは一度着替えたあと、女将のつくった料理を、男のもとに配膳しようとした。
「今日はもうおやめ、イア! あんたも酒でも飲んで、いやなことはさっさと忘れちまいな!」
「女将さん、私は大丈夫――」
「だめったらだめだ! さっさとそこにお座り」
有無を言わせない口調に、ティアレもまた気圧された。おずおずと銀髪の男のテーブルに近づき、
「こちらに座ってよろしいですか?」
そう聞いた。
すると男は、青と緑のまじった瞳を小さく見開いた。
「君と、あの女性の家なのだろう。私に許可をとる必要はない」
ティアレはわずかに縮こまった。男性の言葉は妙に厳しく聞こえた。
整いすぎた容貌のために、威圧感のようなものを放っているからかもしれない。
|王家の紅玉ケーニヒ・ルビンと称されたベルン王子以上に、息を飲むような美貌の男性がいるとは思いもよらなかった。
年も、あの赤毛の王子と近い気がした。
何気なく思い出して気持ちが引きずられそうになり、ティアレはいったん息を止め、それを押し込めた。
そして、目の前の男に向かって頭を下げた。
「助けていただき、心より感謝申し上げます」
「――礼には及ばない。しかしあのような場所に一人でいるのは感心しない。次からは気を付けたほうがいい」
男は真面目に言い、ティアレはわずかにためらい、重くうなずいた。
――元聖女。
ホセと男たちはにやついてそう言いながら手を伸ばしてきた。ぞっと背が冷たくなる。
こんな形で狙われるなど、思いもよらなかった。
「君は、イアというのか。このあたりの出身か?」
静かな、だがよく通る声がティアレの意識を引き戻す。
ティアレは少し迷い、緩く頭を振った。
そしてまた、目の前の男に目を戻す。
引き締まった体。腰の剣。見るからに上質とわかる衣装。
輝ける白金の長い髪、青に翠の光条がさした神秘的な瞳の色――そのすべてが、ティアレの胸をざわつかせる。
只者とは思えなかった。
「あの……お名前をうかがってもよろしいでしょうか」
問うと、男の目にかすかなためらいがよぎったように見えた。
「フィーだ」
青翠の目の男は、短くそう名乗った。
それきり口を閉ざすことで、無言のうちにそれ以上の追及を拒んでいた。
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