8-1
よく通る声は耳を打ち、男たちの手を止め、振り向かせる。
「なんだてめえは?」
「――聞こえなかったのか。失せろと言ったのだ」
あまりに力を持った声に、ティアレは震えるまま目を見開いた。
長い外套に、目深にローブを被った長身の影がそこに立っていた。
「へ、わかってんのか、こっちは三人だ。お前も楽しみたいってなら俺たちの後で――」
ホセが濁声で言った。
だが外套の男は無言で一歩踏み出す。そのまま臆することなく、一歩、また一歩と近づいてくる。
ホセは唾を吐き捨てて悪態をついた。
「バカがよ!」
ホセが叫んで飛び出すと、ティアレを押さえつけていた二人のうち一人が加勢した。
二人がかりで、それも路地で殴りかかられ、だが外套の男は逃げようとしなかった。
黒い外套の裾が優雅にたなびいたかと思うと、わずかに半身を反らして躱かわし、空ぶったホセのうなじに肘を叩きこむ。
がっ、とくぐもった悲鳴をあげ、ホセが崩れ落ちる。
流れるような一撃に、一瞬もう一人の殴りかかった男が唖然とし、外套の男はその隙を逃さなかった。
瞬く間に距離をつめて懐にもぐりこんだかと思うと、男の顎に、拳を叩きこむ。
ホセと同様に、男もまた沈んだ。
ティアレを押さえていた力がふいに消える。
「ち、ちくしょう!」
最後の男の一人がそう言って逃げようとし、外套の男を通り過ぎようとした。
だが外套の下から腕が伸びたかと思うと、鉤のように曲がった腕が男の首を引っかけた。
後頭部から転倒した男は、うめいてそのまま動かなくなる。
そうして三人の男すべてが地に倒れ、立っているのは外套の男とティアレだけになった。
ティアレは呆然と、外套の男を見つめた。
長身のせいか、いっそう暗く濃い影のように見える。その濃い影が再び踏み出し、自分のほうへ近づいてきたとたん、ティアレの恐怖は蘇った。
「……大丈夫か」
外套の男は少し響きを押さえた声で言った。
ティアレは唇を震わせるだけで、答えられなかった。
わずかな間のあと、男の手がふいに、目深に被っていたフードを払った。
その一瞬、ティアレは恐怖を忘れて小さく息を飲んだ。
覆いの下から現れた、息を飲むような容貌。
路地の闇の中でも輝くような白金の髪。肩より長いその髪を、耳の上のあたりからとって後ろで結び、流れた髪の一房を三つ編みにしている。
まっすぐで高い鼻筋、薄く形の良い唇。
凛々しい銀色の眉の下が窪むほど彫りが深く、目元の陰影を鮮やかにする。
ティアレの意識を奪ったのは、男の造形の見事さだけでなく、その両眼だった。
青玉サファイアの虹彩――それでいながら、中心の黒い瞳孔から、
そのまわりを縁どる長い白金の睫毛は、宝石の光沢のようだ。
意識を奪われたティアレとは対照的に、男は外套を脱いだ。
数歩でティアレとの距離をつめる。
ふわりと体を温かなものに包まれ、ティアレはようやく正気に戻った。
身を隠すように、男の長い外套をかけられていた。
はっと顔を上げると、男はすぐに数歩距離を取っていた。
外套の下の衣は、黒い脚衣にくるぶしまでの短靴、上は濃紺の長袖だった。袖や襟に金の刺繍が施され、腰には剣を佩いている。
装飾がほとんどないぶん、引き締まった体つきが逆に目立ち、男の端正な佇まいを浮き彫りにするようだった。
「住居はどこだ? 送る」
そう言われて、ティアレはかすかに息を飲む。
まだ、礼も言っていないことに気づいた。
同時に、外套を借りて送ってもらうことまでしてもらわなくとも――恐縮の言葉が喉までこみあげたが、男はもう背を向けていた。
そして床に転がるホセと他二人の男たちがふいにうめき声をあげたとき、ティアレはぞっと吐き気がこみあげるのを感じた。
とっさに、銀髪の男の後を追っていた。
長身の男の背が立ち止まる。
そしてふいに、
「どちらから来たのだったか……?」
ぽつりと独白めいたつぶやきがこぼれ、思い悩む様子を見せた。
ティアレはぱちぱちと瞬いた。
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