4-1

 称賛と感動と、崇拝にすら囲まれた少女が、やがてゆっくりと振り向く。


 あどけない顔立ち。髪よりも少し濃い薄桃色の瞳はきらきらと輝き、化粧などしていなくても、どこにでもいる村娘のような質素な格好をしていても、少女の姿はこの場の誰よりも輝いていた。


「《星の聖女》さま。はじめまして」


 少女は無垢にはにかみ、ぎこちなく一礼した。そのぎこちなささえ、いまはただ清らかさの象徴とうつる。

 今年で二十の半ばを迎えるティアレより、一回り近く若いように見えた。


 声を失うティアレの反応に不安になったのか、少女は少し緊張した様子でまくしたてた。


「あの、お手伝いをさせてください。女神さまの声が、聞こえるんです。私、聖女さまのお役に立てると思って……あ、えっと、私はジェニアといいます!」


 少女――ジェニアの言葉につられてか、兵士たちの目がはじめてティアレに向いた。


 頭が麻痺したような感覚の中、ティアレは半ば反射的に、これまで何百何千と浮かべてきた微笑をつくった。


「……はじめまして、ジェニア。私はティアレと言います」

「はい! お会いできて光栄です!!」


 ジェニアは素直な感激を表して言った。


 あなたは、とティアレは思わず問おうとして、口を噤んだ。

 ジェニアの後ろに、まだ怪我を負った兵士たちが見える。


「では、後は私が……」

「せっかく女神の御力を授かった者が二人もいるのです。いま、ぞんぶんにその力を使うように」


 神官長が居丈高にティアレの言葉を遮る。

 ティアレは思わず神官長を見た。常よりずっと厳しく冷たく、蔑みさえ強くなった目が睨んでいた。まるで、ティアレという聖女を糾弾しようとしているかのように。


「はい、喜んでお手伝いさせていただきます!」


 ジェニアの弾んだ声が響く。

 ティアレは何かを言おうとして、唇を閉ざした。――私情に振り回されている場合ではない。神官長の言う通り、癒しの力が使える人間が二人もいるなら、二人で負傷者を見るべきだ。


(考えるのは、後)


 精一杯背筋を伸ばし、《星の聖女》らしく見えるようにつとめる。

 重い体を無理やり引きずり、治癒を待つ兵士たちの中を進んで跪いた。

 両手をかざす。息を整える。目を閉じる。


(集中して)


 二人目の聖女。強大な力を持った少女。――頭を殴りつけるようなその衝撃を必死に押し込める。雑念を払う。

 どんなときも集中できるよう、鍛錬してきたはずだ。


 ――おお、とまたどよめきがあがる。


 目を閉じていても、ジェニアの力が発揮されているのだとわかる。瞼越しにすら感じられる、強い光。女神に愛された者の輝き。


 それもまた振り払い、ティアレは感覚に集中する。

 手に淡い熱が集まり、光に変わる感覚を思い出す。光が相手へ注がれ、傷を塞ぐ想像。


 集中して、と自分に言い聞かせる。何度も、何度も。


 慣れたはずの、あの感覚が来るように。


(フルーエン様……どうか……!!)


 祈る。懇願する。胸の内で叫ぶ。


 なのにまだ、かざした手は冷たいままだった。


「聖女様……?」


 兵士たちの不安の声が聞こえる。

 それにまた、ジェニアへの感嘆の声と感謝の声が。


 ティアレは頑なに目を閉じる。眉間に皺を刻み、痛みに堪えるような表情になっても。


(うそ、うそ……っ!!)


 手がかすかに震えるのを止められない。

 まさか。

 そんな。


 抗いがたい暗さが、冷たさが胸に広がっていく。

 もがいてももがいても、余計に飲み込まれていくように。


 火が消えたあとの、冷えていくばかりの夜のように。


 ティアレは目を開く。

 かざした手に光は集まらない。ただただ、すがるように自分を見つめてくる目。聖女様、と控えめに急かす声。


 女神様、ともう一度胸の中で祈った時、紺色の瞳から雫があふれて落ちた。


 その雫さえ、凍り付くような冷たさしかなかった。




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