第47話
「どういう事なんだろう…そりゃ、嫌がらせが止まったのはすっごく良い事だけど」
アヤナは頭を抱えた。
「考えられるのは、新井さんが犯人に何か言ってくれた…のかな?」
「新井さんがそこまでしてくれるキャラだったかなぁー?」
「誤解してただけで、本当はすごく優しい人なのかもしれない…」
美和はずっと考えていた事を口にした。
「んー、その線も否定しなくはないけど…」
アヤナはちょっと考えて言った。
「人を疑うのは良くないけど、新井さんが犯人説も捨て切れない。だから今はあんまり信用しない方がいいと思う」
「そっか、そうだね。盲目的にならないようにする」
そうは言ったものの、美和の中で新井への疑惑はほぼ消えていた。
確かに人に厳しい面もあるけど、嘘をつくようには見えない。
と、いうのが美和の見方だった。
アヤナとの話し合いを終え、美和が廊下を歩いていると、前を歩いている見覚えのある後ろ姿にハッとした。
それは新井の後ろ姿に間違いなかった。
「新井さん」
美和は駆け寄って話しかけた。
「藤枝さん」
新井は迷惑がるわけでもなく、かといって歓迎ムードでもなかった。
「あの、この間の事、改めてありがとう」
「あぁあの事。律儀ね。あの事ならもういいわよ。解決したんでしょう?」
「解決…したのかは分からないけど。ただ、嫌がらせは止まったのは事実。新井さんの言った通りになったね」
「そう、それならよかったじゃない」
新井は後ろを向いて先を行こうとした。
「あ、あの!待って!新井さんが何かしてくれたんだよね?ありがとう!」
美和は後ろから叫んだ。
「大した事してないんだから、そんな大声でお礼言わなくていいわ」
新井は振り返って顔を手で覆った。照れているのだ。
美和は急に親近感が湧いた。
「ねぇ、新井さんと私達って仲良くなれると思う」
「…本気で言ってるの?」
「少なくとも私は、仲良くなれたらいいなって思ってる」
「そう、考えておく」
新井さんはまた後ろを向いて行ってしまった。
急に距離を縮めるのは無理でも、少しずつ仲良くなれたらいいな…美和は密かに願った。
美和がちょうど家に入ったのとほぼ同時に、雨が降ってきた。
雷がゴロゴロ鳴って、地面に叩きつけるような大雨が降った。ゲリラ豪雨だ。
美和は窓のカーテンを開けて外を覗いた。
空は黒い雲が覆っている。先程の晴れが嘘のようだ。
真っ黒な空を見ていると、心まで不安定になるよう。なのに、目が離せないのは何故だろう。
美和は不安な気持ちになりながら、唸る黒雲を見上げ続けた。
「美和」
「ひゃ!?」
その声に、美和は飛び上がるほど驚いた。
振り返ると、陽平がこちらを見て立っていた。
「どうした?そんな驚いて」
「な、なんでもないの。気配が全くなかったから…」
「美和が空に夢中だったからだろ」
「そ、そうだよね」
美和は治らない胸の鼓動に、静まれとばかりに手を当てた。
ううん、それだけじゃない…一瞬お兄ちゃんが窓ガラスに写ってないように見えた。
……馬鹿馬鹿しい。何を考えているのだろう。
美和は自分の考えを打ち消すように首を横に振った。
「嫌がらせの件はどうなった?」
陽平の問いに、美和はここ最近の一連の流れを全て話した。
「…そうか。スッキリしない終わり方だけど、嫌がらせが終わったのならいいんじゃないか?」
「うん…」
陽平の感想も、ほぼ美和とアヤナと同じだった。
スッキリしない…そうなんだよね。
本当の所、犯人が誰かは興味がある。でも新井さんが話したがらない以上無理に聞く事は出来ないし、嫌がらせが止まった事で手がかりはもう無い。
この事件は、犯人不明のまま終わるかのように見えた。そう、この時は。
篠倉が担任に呼び出されていた為、美和は一人で帰ろうと校門をくぐった。そこへ…
「美和ちーん!待って待って!」
アヤナがやって来た。
「アヤナちゃん!今帰り?」
「ううん。陸上部見に行こうとしたら美和ちんが見えたから走って来ちゃった」
「陸上部…最近どう?」
「えー、全然ダメだよ。見てるだけだもん。声かけるチャンスもあんまり無いし、会ってもLINE交換しましょうって雰囲気じゃないし」
「あっちは彼女いるの?」
「それは…いないっぽいけど」
「それなら交換しちゃいなよ!アヤナちゃんに聞かれて嫌な男は居ないよ!」
「そんな事ないよ…!あー、でも次話せたら勇気出してみようかな…って、あれ新井さんじゃない?」
アヤナの言葉に後ろを振り向くと、確かに新井さんが一人で歩いていた。
「本当だ!新井さんだ…声かけていい?」
「いいよん」
美和は新井の元に駆け寄った。
「新井さん!」
新井さんはやっぱり、歓迎してるとも迷惑とも読めない顔をした。
「藤枝さん…アヤナさんも」
「今帰り?」
「そうだけど、二人も?」
「ううん。私だけ。アヤナちゃんは、えっと…」
「陸上部見に行くの。でも私ももう帰ろうかな…ねぇ、三人で帰らない?」
美和の荒井と仲良くなりたい気持ちを察してか、アヤナからの提案だった。美和は乗り気で返事をした。
「いいね!荒井さんはどう?」
「いいけど…」
「じゃあ私カバン取ってくるね、ちょっと待ってて!」
アヤナが急いでその場を去った。
意図せず、美和と新井は二人きりになった。
「私に近付いても、犯人の名前は教えられないわよ」
新井はつっけんどんに言った。それを聞いた美和は、つい笑ってしまった。
「な、なによ。そこ笑うとこ?」
新井は顔を赤くした。
「だって、そんな自分から壁作らなくても…私達そんなつもりないよ?」
美和は、新井が自分と似ていると思った。少し前の自分と…
「だって、私なんかに近付くなんて、そういうつもり以外無いじゃない」
「なんでそんな事言うの?私、新井さんと仲良くなりたくて話しかけただけなのに」
「なんで私なんかと…?」
「新井さんが優しいから…だと思う」
「わ、私が優しい!?馬鹿にしてるの?」
「またそうやって壁作る…馬鹿になんてしてないよ。私の為に嫌がらせされてないかチェックしてくれたり、犯人に何か言ってくれたんでしょ?優しさじゃないなら何だっていうの?」
「そ、それは…」
「私、本当に今回の事では感謝してるの」
「それはもう伝わったわよ」
「ほんと?よかった」
美和は優しく微笑んだ。そこへアヤナがやって来た。
「おーい!お待たせー!」
「あ、アヤナちゃん…って、鞄パンパンじゃない」
「髪の毛巻くコテとか、メイク用品とか持って来てるから…」
「授業に関係ない物は持ってくるの禁止よ」
新井がボソッと言った。
「だって好きピに会えるかもしれないんだもんっ手は抜けない!新井さん、先生に言う気?」
「…今回は見なかった事にするわ。元々二人と帰る予定じゃなかったんだし」
「エヘヘ、ありがとっ新井さん」
アヤナが笑うと、新井は照れたように「ふん」と言ったので、美和はまた微笑んだ。
それから三人は会話しながら帰った。主に話していたのはアヤナだったが…時折、新井さんが笑いを隠すように口元を手で覆っていたのを見て美和は安堵していた。
誘ってよかった…
穏やかで優しい時間だった。
この三人を、物陰から見ている人物を除けば…。
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