第42話

朝、美和はLINEの通知音で目が覚めた。送り主はアヤナだった。

〝日曜日、暇?映画行かない?〟

美和は朝から嬉しくなって、画面を見て微笑む。返事は勿論YESだ。

〝行こう行こう!楽しみにしてるね〟

そう送信すると、ベッドから起き上がって台所に向かった。

台所で水を一杯飲んで、改めてシンとしたリビングを見渡すと、自分が一人ぼっちなのが如実になる気がした。


例えお兄ちゃんが帰って来なくても、私がこの家を守らなくちゃ。

美和は決心を改めるように、力強く水道の蛇口を閉めた。



「おっはよー!美和ちん」

学校の校門をくぐると、早速アヤナに話しかけられた。

「おはよう。朝会うなんて珍しいね」

美和は返事を返した。

「うん、今日は早く起きちゃってやる事も無いし早めに出たの。それにしても、美和ちん早いね、いっつもこの時間?」

「うん、だいたいこのくらいの時間には学校着いてるかな」

「偉ーい!私もそうしようかな。そしたら陸上部の朝練見れるし」

「陸上部?」

「うん、友達が入ってて…あと、ちょっとだけ気になる人が居て…」

アヤナはモジモジと恥ずかしそうに言った。

「え!好きな人できたの?」

「好きってほどじゃないの。ただちょっとだけ、ちょーっとだけ気になるかなって人」

「そっかぁ。好きになれたら素敵だね」

「…そう思う?」

「うん、好きな人が居るって素敵な事じゃない」

「美和ちんは彼氏いるからなーっそう言えば昨日、美和ちんに会いにクラスに行った時喋っちゃった。優しそうな彼氏だね」

「そうだったんだ、なんか恥ずかしいなぁ」

「恥ずかしくないよ!素敵な事、でしょ?」

アヤナは真面目な顔をして言ったので、それを見て美和は微笑んだ。

「そうだね」


人を好きになって、その人から思われるって素敵な事。そして不思議な事。

好きな人に想ってもらえるだけで、自分を全肯定してもらった気分になる。


美和は篠倉に早く会いたくなった。

アヤナと別れると、美和は急足で教室へ向かった。

篠倉君がもう来てるかも…!あ、下駄箱確認してくれば良かったんだ。

しかし美和は昇降口に戻る事無く、再び急足で廊下を歩いた。



教室へ着くと、篠倉はまだ来ていなかった。

美和はガッカリする気持ちを抑え、自分の席に座った。

まだ教室には数名しか来ていない。


「藤枝さんてアヤナちゃんと仲良くなったんだね」

急に新井さんが話しかけて来たので、美和は驚きながら振り向いた。

「新井さん…」

そういえば、私が動画に写ってしまった時、新井さんは味方してくれたんだった。

「うん、話してみたら凄くいい子で、動画の件も謝ってくれたし、仲良くなったんだ」

美和は驚きつつも、臆する事なく新井さんに返事をした。

「ふぅん」

新井さんはつまらなそうにそれだけ言うと、さっさと自分の席へ戻ってしまった。

その表情には、微かに怒りを含んでいるように見えた。


どうしてだろう…何かマズイ事言っちゃったかな。


美和は新井に話しかけようか迷っていた。

そこへ、

「美和さん、おはようございます」

登校して来た篠倉が話しかけて来た。

「篠倉くん、お早う」

美和は思わず口元が緩んだ。

「もう大丈夫なんですか?」

篠倉は心配そうに美和の顔を覗き込んだ。

「うん!ありがとう。心配かけてごめんね」

美和はなるべく元気に見えるよう返事をした。

「…本当に?」

篠倉は眉を寄せた。

篠倉君にはなんでもバレちゃうな…

「そんなに心配かけちゃったんだね、そうだよね。全開ではないけど、少しずつ元気になるようにするから」

美和は観念したように言った。

「無理しなくていいんですよ」

「大丈夫!ありがとう!」




本当は、篠倉の言葉にまた涙が溢れそうになった。しかし美和は決めたのだ。自分がやれる事をする事、それは家を守る事。


お兄ちゃんがいつ帰って来てもいいように、ママの事が絶対にバレないように、私が家を守る。


それはまだ16歳の美和にとって、大変な心の負担ではあったが、その事に美和は気付いていない。

美和はこの平凡な日常がいつまでも続くように、それだけを願っていた。

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