第40話

その間、美和は夢を見ていた。

少し離れた隣で篠倉君が寝ているのが見えて、起き上がろうとしたが、どうしても体が動かない。目だけを動かして横を見ると、なんと陽平が立っていたのだ。

「お兄ちゃん!帰って来たの!?」

そう言いたいが、どうしても声が出ない。首を動かすのでやっとだった。

陽平は悲しそうな顔をしていた。

どうして?どうしてそんな悲しそうな顔をしているの?

陽平は僅かに口を動かした。よく見ると、ごめんな…そう言っているように見えた。

なんで?なんでお兄ちゃんが謝るの?


「お兄ちゃん!」

やっとの事で美和が叫べるようになると、陽平は消えていた。


「美和さん?どうしましたか?」

美和の声で起きた篠倉が話しかけて来た。

「お兄ちゃんが夢に出て来たの…」

「お兄さんが…ですか?」

「お兄ちゃん…もう帰って来ない気がする」

「美和さん、大丈夫です、ただの夢ですよ」

怯える美和の肩を、篠倉は慣れない手つきで抱きしめた。

「ううん。あれは夢なんかじゃない、お兄ちゃんはもう帰って来ないんだ…」

篠倉の腕の中で、美和はわんわん泣いた。篠倉はひたすら美和の背中を撫で続けた。







「篠倉君、学校行かないと。」

およそ一時間ほど泣き続けた美和は、時計を見てハッとした。

「ここから学校まで二時間かかるの。そろそろ出ないと遅刻しちゃう」

「美和さんはどうするんですか?」

すると、美和は首を横に振った。

「私は…今日は行けそうにない」

「それなら僕も学校休みます」

「ううん、篠倉君は行って」

「いいえ、休みます」

「行って!お願い!そうしないともう篠倉君に頼れなくなっちゃう」

「美和さん………分かりました。何かあったらLINEでも電話でもなんでもしてください」

「うん、ありがとう」

美和は力無く微笑んだ。


篠倉は後ろ髪引かれながらも、学校へと向かった。

美和さんは、本当に大丈夫だろうか。夢で見た事であんなに泣くなんて…相当疲労しているに違いない。


篠倉は学校に着くなり、すぐに美和にLINEを送ったが、美和からの返信は無い。


美和はソファに座ったまま動けずに、ボーッと考え事をしていた。

このままお兄ちゃんが戻って来なかったらどうなるんだろう…秘密を抱えたまま、私一人で生きていくの?

そう思うと、美和は不安で心が千切れそうだった。



篠倉は返信のない美和を心配していた。

寝ているだけならいいんだけど…

その時、クラスメイトからポンと肩を叩かれた。

「あの子が藤枝の事呼んでるぞ、彼氏」

クラスメイトが指差す方には、先頃話題になった女の子、昨日美和が話していたアヤナが立っていた。篠倉はアヤナの所に行った。

「美和さん、今日学校お休みなんです」

「え!そうなの?具合が悪いとか?」

「そんな感じです…」

篠倉は何と言えば良いのか思いつかず、曖昧な返事をした。

「それで、あなたは美和ちんの彼氏?」

「え、あ、はい、そうです…」

篠倉は照れ隠しにズレても無い眼鏡を直した。

「あははっ照れてるーっ!いいねいいね、なんか美和ちんにピッタリ!」

「そ、そうですか…?」

篠倉は素直に喜んだ。

「じゃあ美和ちんにLINEしてみるね!ありがとーっ!」

「こちらこそ…あの、なかなか返信来ないかもしれないですが、美和さんの事元気づけてあげてくれませんか?」

「オッケー!バッチリ任せて!」

アヤナは人差し指と親指で輪っかを作ってポーズを作った。

篠倉は美和に心強い味方ができた気がして、少しだけホッとしていた。



少し経つと、美和の元にアヤナからLINEが届いた。

〝美和ちん、具合悪いって大丈夫??〟

アヤナちゃんからだ…そういえば、篠倉君からのLINEもまだ返してない。

今何時だろ…ボーッとしてる場合じゃないのに。


美和はアヤナに〝大丈夫ー!明日は行けると思う、ありがとう〟と、返信した。

するとすぐに〝何かあったらいつでも話し聞くからね。何でも言ってね〟と返信が来た。

美和は暖かい気持ちに包まれながら〝本当にありがとう〟と返した。


そうだ、ボーッとしている場合じゃない。自分にできる事をして、何としてでも生きていかなきゃならない。


美和はそう力強く決心をした。




放課後、心配した篠倉が美和の家にやって来た。

「篠倉くん、今日も来てくれたの?」

「美和さん、LINEの返信来ないから心配しました」

「あー!すっかり忘れてた!ごめん!ありがとう!とりあえず入って」

美和は篠倉を招き入れる際にチラリと岸谷さんの家の方を見た。

今日はこちらを監視している様子はなかったが、美和は用心しながら篠倉と家の中に入った。


「お兄さん、やっぱりまだ帰りませんか?」

「うん…でももういいの。私は私のできる事をやるだけだから」

「捜索願とか出しますか?」

「ううん、大丈夫。」

警察のお世話にはなれない。

篠倉は困ったように眉を寄せている。美和はそんな篠倉に心配かけまいと、至って元気に振る舞った。

「ね!それよりお腹空いちゃった!何か食べに行こうよ!駅前にファミレスがあるから、そこに行こう!」

「お腹空くのは良い事ですね、行きましょうか」

篠倉と美和は連れ立って外に出た。

この時、美和は気付かなかった。岸谷さんがカーテンの隙間から二人の事を凝視していたのを…。




二人でファミレスで食事をして、学校は今日はこんな様子だっただの、色んな話をした。

「アヤナさんて方が美和さんに会いに来ましたよ。だから体調悪くてお休みしてますって、事にしときました」

「アヤナちゃんが?あ、だからLINEで具合悪い事言ってたんだ」

「すごく良い方そうですよね、アヤナさん」

「そうなの。最初は話すの緊張したけど、話してみると凄く話しやすくて良い子なの」

「彼氏なの?って聞かれて照れちゃいました」

「さすがアヤナちゃん。どストレートに聞くねぇ」

美和が笑っていると、篠倉も笑ってくれる。

この時間が、美和は好きだと心から思った。

他には村松先生がこんな事言って皆んなを笑わせた話などをしていたら、気付けば夜の19時になった。

篠倉は美和の家まで送ってくれた。

「いいですか?戸締りは徹底して下さい。何かあったら躊躇せず僕か警察に連絡して下さい。他には…」

「だーいじょうぶだよ、分かってる。気をつけるね」

「本当に一人で大丈夫ですか?」

「本当に大丈夫だから。篠倉君は今日は帰って。高校生が学校のある日に二泊も続けて外泊したらダメだよ」

「じゃあ、すみません…僕帰りますね」

「うん!明日ね!」

美和は務めて明るく言った。


篠倉は名残惜しそうにしつつも、家路についた。


本当に一人にして良かったのだろうか…。




家に着いた篠倉から早速LINEが届いた。篠倉は、敢えて他愛も無い雑談に終始する事にした。

美和にはそれが有り難かった。二人は寝るまで、LINEのやり取りを続けた。






















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