第38話

その日の夜、自室で勉強中の美和のスマホが鳴った。

画面を見ると、アヤナからLINEが届いていた。

〝美和ちんなにしてるぅー?暇電していい?〟

暇電…て何だろ?暇だから電話しよって事かな?

〝いいよ〟

美和がLINEを返すと、早速アヤカから電話がかかってきた。


「美和ちんー?今なにしてたのー?」

「勉強してたよ」

「勉強っ!美和ちん、偉いんだねー!」

偉い…これは普通の事じゃないのか…

「アヤナちゃんはなにしてたの?」

「んー?何もしてないよ。アルバイトとかしたいんだけど、うちバイト禁止で…部活もやってないし、毎日暇で仕方ないよーっ。美和ちんは部活やってるの?」

「まだ、入ってないんだけど、美術部に入ろうか迷ってて…」

「美術部って美和ちんピッタリじゃん!絵、上手だもんね」

「私の絵、知ってるの?」

「もちろん!東校舎に貼られてるの見たもん」

あれ?このセリフ、どっかで聞いたな。

「見てくれたんだ、ありがとう」

まさか、私の存在を前から認識してくれていたなんて…


その後も、アヤナと1時間くらい他愛のない話をして電話を切った。



喉の渇きを覚えた美和はキッチンに向かうと、お茶をグラスに入れて飲んだ。

そう言えばお兄ちゃん…私が帰ってきた時から気配を感じないけれど、家の中に居るのかな…


美和は一階を隈なく探し、二階に上がった。

廊下にも、トイレにも、客室にも陽平は居なかった。

残るは陽平の部屋だけ。

ここをノックするのは、お兄ちゃんが引きこもって居た頃のトラウマが蘇る。持って行っても持って行っても、手も付けずに残されたご飯を思い出す。


美和はすぅ…と小さく深呼吸をすると、陽平の部屋のドアを2回ノックした。返事は無い。


やっぱり、居ない…?


どこに行ってるんだろう。その内帰ってくるのだろうが、お兄ちゃんが居ないだけで、どうしてこんなに空虚さを感じるのだろう。まさに胸に穴が空いたような感覚だ。

どうしてだろう…昔、何かあっただろうか…あったような気がする。

こんなに陽平を恋しく感じる理由が…。


美和は昔の事を振り返ろうとするも、どうしても思い出せない何かがあるような気がした。

なんだっただろう…これを思い出せば、この胸の空虚感の理由が分かる気がするのにどうしても思い出せなかった。


「お兄ちゃん!」

たまらず美和は大きな声で陽平を呼んだ。


だが、もちろん返事は無かった。


「お兄ちゃん…」

今度は小さな声で。


もう高校一年生なのに、こんなにお兄ちゃんに固執してしまうのは変だろうか。

引きこもって会えない時間が長かったせいでこんなに固執してしまうのだろうか…


どんなに考えても、その理由が美和にはわからなかった。



その晩、陽平は帰って来なかった。


美和は不安に押しつぶされそうになりながら、朝を迎えた。


美和は洗面所で顔を洗うと、キッチンに向かってパンをトースターに入れると、フライパンに油を敷いて、卵を割り入れた。


その時、勝手口をコンコンと叩く音がした。

「お兄ちゃん!?」

美和が急いでドアを開けると、そこには誰も居なかった。

美和はサンダルを履いて裏庭に出たが、やはり誰も居ない。

じゃあ誰がドアを鳴らしたの?


恐ろしさの中で美和が勝手口を閉めると、鳴らした犯人が分かった。

伸びて来た木の枝が風に揺られてドアに当たっているのだった。


「なんだ…」

近頃奇妙な事が続いていた美和は心からホッとした。


それにしても、お兄ちゃんはどこに行ったのだろう…

学校に行くギリギリの時間まで待ったが、陽平は帰っては来なかった。


美和は不安なまま学校での時間を過ごし、学校が終わると急いで帰ってきた。


しかし、陽平は居ない。


不安で押しつぶされそうな美和は、篠倉から届いたLINEに縋るように、篠倉に電話をかけた。


「お兄ちゃんが帰って来ないの。家中探したんだけど」

「またですか…心配ですね」

「そうなの!お兄ちゃん事故にでも遭ってたらどうしよう」

「いえ、それも心配ですけど、今夜も美和さんが一人かもしれないのが一番僕は心配です」

「あぁ、私か…私なら大丈夫だよ」

「そうは言っても心配です。女の子が家で一人なんて…誰か近くに住んでる友達が来てくれたりしませんか?」

「友達…いるけど、呼べないの」

母親が埋まってる家になんて、誰も呼べない…

「じゃあお兄さんが帰って来なかったら僕が行きます」

「篠倉君が!?」

「保護者のいらっしゃらない家に行くなんて非常識ですが、この際仕方ありません。美和さんの家には行きませんが、美和さんの家の近くに居ます。美和さんの家の最寄駅に漫喫とかありませんか?そこに泊まります、何かあったらすぐ行けるように」

「そんな…私なんかの為にそこまでしないで」

「僕が勝手にしたい事なので気にしないでください、あと…」

「あと?」

「私〝なんか〟と言うのは禁止です」

あぁ…あぁ、そうだった。

「ごめん」

私は私を否定しない事にしたんだった…

「じゃあ、今から向かいますので」

篠倉は電話を切った。


お兄ちゃん…早く帰って来て。


しかしどんなに願っても、陽平は帰って来なかった。





















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る