プロローグ0.1

 時間は三日前に戻る。

 急に降り始めた雨の雨足は、夜が更けると共に強くなっていった。

 ここはトーキョー某所。いくつもある歓楽街の裏道だ。歓楽街の間に走る裏道では常に殺人や誘拐などの凶悪犯罪が横行していた。アルコールが回り過ぎて足腰の覚束ない者、泥酔して路肩に眠る者は永遠の眠りに落ちるか行方不明になることは間違いない。裏道の影の中や飲食店と飲食店の隙間では手頃な獲物を物色する者たちの視線が光っている。

 ネコ科動物の頭部を持つ怪人ジャガーマンことヒイラギは、全身を自身の血で濡らし地面に倒れ伏していた。竜胆誉リンドウ・ホマレを誘拐しようとして返り討ちにあったのだ。ホマレは亜麻色の髪を長く伸ばした女だった。心なしかゆったりとした服を着ている。警視庁暗殺六課から離れ、何年もブランクがあるこの女にヒイラギは為す術もなく一撃も有効打を当てられなかったのだ。

「暗殺六課時代の恨み?極道ヤクザ者に襲われるような理由に心当たりがありすぎるんだけど」

 ホマレヒイラギを見下ろし、この者を殺すかどうか思案していた。

 現在の日本の法律は正当防衛をかなり広い範囲で認めているので、ここでヒイラギを殺害しても無罪になる可能性が極めて高い。そのような法律的な問題ではなく、ホマレは自分自身のポリシーや気分の問題として殺すかどうかで悩んでいたのだ。それがいけなかった。

 歓楽街の通行人を跳ね飛ばしながら一台の高級車が走り来て、ヒイラギの直ぐ近くに止まる。一人の女子高生がその車から飛び降りた。

 女子高生は靴のかかとを二回鳴らした。

 その音が街に響いた瞬間、歓楽街に行き交う人々はその冒涜的な音に正気を失い、泡を吹いて倒れた。ホマレは脂汗を浮かべてその音に耐えた。ヒイラギは全くその音が気にならなかった。

「驚くほど負けているな、ヒイラギ

 女子高生は地面に伏すヒイラギローファーで蹴り転がした。

「申し訳ございません」

 ヒイラギは身を起こすこともままならぬ疲労のため、そのままの態勢で自身の未熟を詫びた。

「謝らずとも構わないよ。ただ、何年もブランクのある女一人攫えないというのならば、当然光ヒカリを振り向かせることもできないのではないか?」

 女子高生はヒイラギの不甲斐なさを嘲笑った。

「日本初の現役女子高生総理大臣、犬養咎雛イヌカイ・トガビナがそんな極道ヤクザ者と親しいなんて知らなかった」

 ホマレは女子高生が日本初の女子高生総理大臣犬養咎雛イヌカイ・トガビナと知っていた。犬養イヌカイは先に爆弾テロで爆殺された犬養原罪イヌカイ・ゲンザイの一人娘である。

 日本国の被選挙権が大幅に引き下げられた年に初当選し、父親の死後に党の総裁に選ばれた。現役女子高生というネームバリューと顔が良いという見栄え、父親の地盤、そして何よりも五百ポンド爆弾の直撃に耐えるパフォーマンスにより日本最強の総理大臣として支持率四十パーセントを維持している。

「極めて政治的判断……というわけでもなく私の趣味でこのヒイラギという者を贔屓している。竜胆光リンドウ・ヒカリという伝説の極道が怪人になるところが見たくてな」

 犬養は何処からかビームサーベルを取り出した。

 赤いビームサーベルの光が闇夜に軌跡を描き、ホマレの手足を切り落とした。

「アガガガガああああ嗚呼あああッ!!」

 ホマレは手足を切断された激痛で声にならない悲鳴を上げた。

「人を怪人に霊的級位上昇アセンションさせるには精神的負荷を与えるのが一番だ。NHKの教育番組でそう言っていた」

 ホマレの姿を犬養イヌカイはうっとりとした目で眺めていた。犬養イヌカイはバイのサディストである。


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流れよわが涙よ、と怪人ドラゴンスケイルは言った 筆開紙閉 @zx3dxxx

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