そして、彼女は報われた

いももち

そして、彼女は報われた

 ペルーべ王国の王都から東へ進んだ港町ラザール。

 港から程近い土産屋や卸売り場が並ぶ商店街に、一つの小さな店があった。



『ククルーの錬金店』と看板が付けられたその店は、ここ半年の間ずっと閉まっていた。



 今日もそう。

 closeと書かれた札が扉に掛かっていて、裏口の方へと回って声をかけても店主であるククルーは出てこない。

 彼は隣国へと錬金術の素材を友達と共に探しに行ってから、一度もこの店に戻ってきていないようなのだ。



 それでも今日はいるかもしれないと思って、店へと訪れたのだが帰ってはいなくて小さく溜息を吐いた。



「せっかく珍しい錬金素材集めてきたのに……」



 腰に付けているポーチ型のマジックバックに触れて、また溜息を吐く。

 もしかしたらと淡い期待を抱き、ここに来るまでに色々と錬金術に使う素材を採取していたけれど、前と同じように無駄だった。

 そこそこ珍しい物もあるからマジックバックの肥やしにするのはもったいなくて、冒険者ギルドに行って売ってしまおうと店から離れてギルドに向かって歩く。



 剣と盾が交差する大きな看板が掛けられた立派な建物の扉を開け中に入れば、数人の冒険者が併設されている食堂で昼間っから酒を飲んでいる。

 買取カウンターへと向かう途中、ちらりと見た依頼ボードはほとんど依頼用紙が貼られておらず寂しい状態だった。



「あら、メリーアンさんじゃないですか。またククルーさんのお店に?」

「ええ。でも、今日もやっぱりいなかったわ……」

「……そうですか」



 受付嬢の質問にほんの少ししんみりとした空気になってしまったが、気を取り直してマジックバックに入れてあった素材をカウンターにドサっと出す。

 少しだけ受付嬢の顔が引き攣ったが、いつものことなので気にしない。



「相変わらずすごい量ですね……査定まで暫くお時間をいただきますので、三十分ほどお待ちください」

「なら、外に出てる。閉まる前にまた来るわ」



 番号札を受け取りギルドから出て、ふらふらと適当にその辺を歩く。



 大通りは人の往来が多く、露店もそれなりに並んでいて活気がある。

 けれど前はたくさんいた冒険者の姿はほとんどなくて、露店なんて前は物作りが得意な生産職メインの冒険者たちが自分で作った商品をよく売っていたのに、今では一人もそんなことをしている人はいない。



 この街だけじゃない。他の街からどころか、国からも多くの冒険者がその姿を消している。

 理由はこの世界が、ドランディアオンラインというゲームが、一週間後にはサービスを終了してしまうからだった。



 ラノベやアニメに出てきたような、夢のようなVRゲームが生まれてから十数年。

 数多くのVRゲームが生まれまた消えていく中、八年というそれなりに長い期間ドランディアオンラインは生き残っていたけれど、一年ほど前からユーザーが他のゲームに流れていき過疎り始め、とうとう二ヶ月前にサービス終了が正式に決まった。

 決まって、しまった。



 港近くの小高い丘の上に座り、手の中にイヤーカフを見つめる。小ぶりのサファイアが太陽の光を反射してキラキラと光る。

 これはルビーの付いたイヤーカフとセットで、遠く離れている相手にも声を届けられるというマジックアイテムだ。

 私はサファイアの方を、そしてルビーの方を今日も会えずじまいだったククルーが持っている。



 フレンド登録による連絡とか、そんな便利なものを私とククルーの間では使うことができないから、その代わりにと私が彼にあげたのだ。

 必要な素材を自分で集めて、当時生産職の中でも凄腕だと評判の冒険者に頼み込んで、市販で売っているのよりも性能の良い物を作ってもらって。



 困ったらいつでも連絡してと言って、お金を払おうとするのを阻止して無理矢理軟っこい手に握らせた。まあ、結局使われた回数なんて片手で数えられる程度だったけれど。

 だって会いに行けば、彼は必ずあの店にいたから。



 ちなみに店に帰ってこなくなってから、何度か連絡を試みようとしたけれどちっとも返事は返ってこなかった。距離的には問題無く使えるはずなのに、だ。

 意図的に無視しているのか、それとも……。どっちにしたって悲しいなぁ。



 暫くぼんやりと丘の上から海を眺めた後、港をぶらつく。

 忙しなく行き来する人たちをのんびり眺めていたら、顔見知りの漁師のおじさんに声をかけられた。



「ククルーの坊主には会えたかい?」

「こんにちは、おじさん。残念ながら今日もいなかったよ」

「そうかい、それは残念だ。明日が最後だから、一緒に酒でも飲みたかったんだがなぁ……しょうがねーか」

「ま、おじさんがあいつの代わりにたらふく飲んだらいいと思うよ」

「だな!!」



 快活に笑うおじさんは、気が向いたら酒を飲みに来いと言って仲間たちの方へと歩き去っていった。



 おじさんは、いやこの世界に生きている人々は皆明日が終わりの日だと知っている。

 この世界の住人たちが最高神と崇める存在、運営が用意した管理AIオーディーンが教えたからだ。



 けれど、街行く人々の顔には悲壮感は見られない。

 ゲームの世界の住人だからと言えばそうなのだけれど、それでも確かにこの世界で生きている『人』なのだ。現実世界で生きている冒険者たちと変わらない、同じ『人』。



 違っている点と言えば、いつか必ず自分たちが消え去ることを理解し覚悟していたことくらい。

 そのようにプログラムされていると言ってしまえば簡単だけれど、でもこの世界で彼等はめいいっぱいに生きていた。いつか訪れる終わりの時に、たくさんの後悔が残ってしまわないようにと。



 明日までにはあれをしよう、これを片付けてしまおう、と人々が楽しげに語り合うのを聞き流しながら、そろそろ査定が終わった頃だろうとギルドへと向かい報酬を受け取って、行きつけの大衆食堂へと少し早めの夕飯を食べに行く。

 港町だけあって出され魚は新鮮で美味しく、よく冷えたエールは最高だ。



 けれど、隣に彼がいない。

 この店のことを教えてくれて、一緒に食事をしながら他愛のない話をしていた彼は、どこにもいない。



「会いたいなぁ……」



 これが一番好きなんだと、カレイーの唐揚げを食べていたその姿を思い浮かべて溢れてきた感情をエールで喉の奥へと流し込んだ。




 *




 ラザールから一時間ほどで、港から見える小さな無人島に辿り着くことができるこの場所で、私はククルーと初めて出会ったのだ。

 友達に誘われて海へと船で釣り出かけたらクラーケンに襲われこの島に流されてきたのを偶々発見し、助けたのがきっかけで彼の店へと行き、以来彼の店に素材を卸したり買い物をしに行ったりするようになった。



 ククルーは錬金術師という職業柄なのと、本人の気質から戦闘が得意ではなかった。

 だから素材採取に行く時、よく彼に依頼を受けては護衛としてあっちこっちに行くのに付き合ったものである。

 おかげで錬金素材について錬金術師並みに詳しくなってしまった。錬金術なんて使えないのに。



「楽しかったなぁ……あいつといるの」



 楽しかった。そう、楽しかったのだ。



 彼と他愛ない話しながら穏やかに過ごすのも、素材採取に付き合うと必ずフィールドボスにターゲットにされてしまって仕方なく戦う羽目になったのも、彼が錬金術を使って様々な道具を作るのを見ているのも。

 全部全部、思い返せば楽しい思い出だ。なかなか酷い目に遭ったりした時もあったけれど、どれもが振り返ればこんなこともあったなあと笑えるものばかりで。



 彼といる時間は、いつだってきらきらと輝いていた。

 いつかは彼の中で泡沫の夢のように消えてしまうような、そんなものであっても。



 そんな風に過ごしているうちに、気がつけば恋に落ちていた。

 いや、そもそも出会った時からもう落ちていたのかもしれない。

 あの緑の瞳に真っ直ぐに見つめられた瞬間、ああこの綺麗な目にずっと映っていたいな、なんて思って。



 自分には縁遠いなんてそんな風に思っていた。

 だって私はこの世界で生きている『人』とはいえ、所詮運営たちが用意した管理AIオーディーンをサポートするための存在でしかなかったから。



 それでも、私は彼に間違いなく恋をした。

 そのせいで苦しい思いを何度もしてきたけれど、彼に関わる全てのことが、思い出が、なにもかもひっくるめて。

 かけがえのない、私の宝物だった。



「……――すき」



 ここにはいない彼に向かって、内に秘め続けていた想いを口にする。



 刻々と終わりの時間が迫ってきていた。

 空高い位置にあった太陽は、今は海へと沈もうとしている。



 もうそろそろなにもかも終わってしまうというのに、意外と心は晴れやかだった。

 ほんの少し、苦い思いを抱えてはいるけれど。それでも。



「だいすき、ククルー」



 生きててよかった、なんて。

 貴方に出会えて幸せだった、なんて。



 ありきたり過ぎる言葉を、心の内で続けた時だった。



「……それ、ほんとう?」



 ――いまの、こえって……、



 聞こえた懐かしい声に過去最高と言えるレベルの反射速度で背後を振り返れば、そこに彼がいた。



「錬金術師と衣装だから!」と自作したという青い軍服に赤いコート、靴は俊足のスキルが付いたもの。首にはリジェネ効果のある十字架のペンダント。

 そこまでは見慣れた物だったけれど、背負っている背負子や腰に大量にぶら下げられている錬金術で作っただろう爆弾とかは前ならば身につけていなかった物だ。



 少し前の彼と違う部分がいくらかあったけれど、肩までの綺麗な金髪も、こちらを見て嬉しそうに笑う姿も、きらきらとした緑色の人ままちっとも変わっていなくて……いやちょっと待て。

 そんなことよりもね? いや、うん。



 さっきの独白聞いたよねぇ!? 聞いちゃってたよねぇっ!?

 ……うわ、うわ、うわぁぁっ!!



「ぅ、ぁ……の、くくるー、」

「今好きって言いましたよね!? 僕のこと、大好きだって!?」



 目にも止まらぬ速さで近寄ってきて、ガシィッ! と両手を強く掴まれてこくこくと頷いた。



 うわぁ……顔あっつい。恥ずかしい……。聞かせるつもりなんてなかったのに、というか聞かれてるとか思わんかったのに……。

 いや、そんなことよりもどうしてこいつはここにいるわけぇっ!?



 ああ、穴があったら埋まりたい!!

 誰か私に墓穴を掘ってくれ! 埋まりに行くから!! 今、すぐに!!



「――僕も、メリーアンさんが好きです」



 ぽつりと、静かにこぼされた言葉が大混乱していた脳にすっと入ってきて、思わずえっと声が出た。



 ククルーも、私のことが……すき??



 予想外過ぎる告白に、こちらを真っ直ぐに見つめる緑の瞳を見返した。

 握られた手が、なんだかすごくあつい。



「でも僕はプレイヤーで、貴方はNPCで。……自分の気持ちに気がついた時、僕は怖くなって、逃げてしまった。いつか貴方が消えてしまうことが、言葉にして今の関係が崩れてしまうことが……すごく怖かった」



 だから素材を集めに行くと言って、何度も渡してくれたイヤーカフを使って話しかけようとしてくる貴方を無視して、逃げ続けたんです。



 まるで神に罪を懺悔するかのように、聞いているだけで胸が苦しくなるような悲痛な声で告げられた言葉に、彼も同じだったのかと思った。

 彼も、ククルーも私と同じような恐怖を抱いていたんだって。



 私たちはどうしたって結ばれない。

 私はこの世界でしか生きられない住人NPCで、いつかは消えてしまうもの。

 対して彼は、この世界にはずっと居続けることのできない冒険者プレイヤーであり、必ずこの世界からいなくなってしまう。



 だからこそ、怖かった。想いを告げられなかった。

 想いを伝えた結果、離れられてしまうのが怖かった。

 今の関係が変わってしまったり、最悪終わってしまうことも、全部怖かった。



 でも、それでもこの恋心は捨てたくなかった。



 たかがAIの分際で、彼と同じ『人』ではないくせにと笑われてしまうかもしれないけれど。

 私は彼に恋したことを後悔なんて、したくなかった。



 だから恐怖を飲み込んで、溢れそうな思いを全部無理矢理心の奥底にしまい込んで、彼に会いに行き続けた。

 だっていつか必ず別れる日が来ると分かっているから、できる限り後悔のないようにしたかったのだ。

 また明日を、私は確約できる存在では決してなかったから。



 ああ、でも、そうか。

 彼も私に恋してくれて、同じように怖がってくれたんだ。

 いつかを、怖がってくれたんだ。惜しんでくれたんだ。



 それが嬉しかった。

 逃げてしまったなんて懺悔されちゃった訳だけれど、怒りなんて湧いてこない。

 だって彼は私を想ってくれたんだ。彼の人生の中では短い時間であろうとも、泡沫の夢程度でしかない私を心から想ってくれていた。

 それでどうして怒りなんて抱けようか。



「ありがとう、ククルー。私に恋してくれて、想ってくれて。それで十分だよ。それで私はじゅうぶん、」

「でも、もう逃げません。そう決めたんです。やっと、そう決められたんです」



 熱く強い眼差しが、私を射抜くように見つめてくる。

 それは覚悟を決めた人の目だった。



「好きです、メリーアンさん。最後の最後になってからやっと覚悟できたこんな腑抜けな僕ですけど、それでもどうか僕の恋人になってくれませんか」



 彼の両手が離れ、ゴソゴソと軍服のポケットを漁ると手のひらサイズの箱を取り出し、そっと差し出してきた。

 受け取って箱の蓋を開いてみれば、そこには大粒のエメラルドが煌めく指輪が……。



「――私は、君とは一緒にいられない。この世界と一緒に消えてしまう」



 情けないくらいに震える声で、差し出された指輪を見つめて問う。



「それでも貴方を好きだと、愛していると言ってもいいですか。貴方に恋していても、いいですか?」

「――ええ、もちろん。だからどうか、僕が貴方を想い続けることを許してください」



 ふわりと彼が笑って、左手の薬指に箱から出された指輪を嵌められた。

 顔を上げれば、綺麗な緑の瞳の中に情けない顔をした私が映り込んでいるのがすぐ間近に見えて――



 そっと、唇が合わさった。



 嗚呼、この胸の奥底から湧き出してくる感情をなんて呼べばいいんだろう。

 溢れ出てくる温かなものに、ぽっかりと心に空いていた穴が満たされ、埋められていく。



 堪らなくなって、彼に抱きついた。

 勢い良すぎて押し倒す形になって、砂浜に二人して倒れ込む。



 下から慌てる彼の声が聞こえだけれど、気にせず背中に回した腕にぎゅうっと力を込めた。



「……大好き、大好き、大好き!」



 出てくる言葉は単純なもの。

 でも、それが全てだった。



「僕も、大好きです。心から、愛してます……!」



 背中に回された彼の腕が、私よりもずっと強い力で抱きしめ返してくれる。

 何度も何度も、愛してると伝えてくれる。



 それが嬉しくて、幸せで。

 嬉しそうに微笑んでくれる彼が、本当に大好きで。堪らなく愛おしいくて。

 何もかもが消えて失くなってしまうそな瞬間まで大好きな人と共にいられて、叶わなかったはずの恋が叶って。



 きっと私はこの世界の人たちの中でも一番の幸せ者だと、微笑んだ。

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