ただの趣味

ウゾガムゾル

こんな日記、読む価値もありません。

11/4

ついにこの日が来た。僕の子供の頃からの夢。ギランにあるアーブス文明の遺跡の発掘調査だ。

アーブス文明は世間的にはあまり有名でない。知る人ぞ知る古代文明だ。その特徴は、なんといっても「史上最も平和な文明」であるという点だ。他国に侵略されるまでの間、内乱はおろか犯罪すらもなかったのだという。まあ、実際のところどうだったのかはわかっていないが。なんでも、もともと不毛の土地だったところに、妖精が現れて豊かにしてくれたという伝説があるのだ。まあ、小さい頃はそれを信じていたけど、今は僕の批判的思考がそれはないだろうと言っているけど。それでも調べてみないことにはわからないだろう。

僕が考古学者になったのは、何を隠そうアーブスの遺跡を発掘し、調査をするためだ。必死に勉強して大学を出て、大学院を出て、いくつもの研究コミュニティに参加し、世界各地の発掘作業に参加して実力をつけ、ようやくアーブスの発掘の話が持ちかかってきたのだ。

今日、現地に到着した。今はホテルでこの日記を書いている。もういい年だというのに、高揚が止まらなくて眠れる気がしない。明日からついに調査が始まるんだ。必ずや大発見をしてみせる。


11/5

1日目の作業が終わった。僕が来る前にかなり掘削していたらしいが、まだ残っているようだった。なので、本当に面白い作業はもう少し先になるだろう。しかし、あの発掘スタッフたちは、どうも手際が悪いようだ。実際の予定より遅れているんじゃあるまいな。


11/7

今日もたいした進展はなかった。それにしても、現地の研究者たちがどうも上から目線で鼻につく。少し学説について話したが、鼻で笑われた。母国では割と認められていると自負しているのだが、やはり現地でやっているというおごりがあるのだろう。


11/11

ようやく明日から調査が始まる。やはり予定より遅れているらしい。さらに悪いことに、同じ部屋の奴のいびきがうるさくて寝れやしない。興奮が収まってきて寝れるようになったかなと思ったらこれだ。あいつ飯食ってるときもしゃべりまくってるし、風呂も長いんだよな。それでいて僕よりも研究業績がいいらしい。なんなんだ。


11/12

ようやく本格的な調査が始まった。結論から言うと調査は最高だった。僕が今まで提唱してきたいくつかの説を支持する遺品が見つかった。それだけじゃない。今までの定説を覆し、侵略イベントの時期を数年早める証拠が見つかった。今までの停滞が嘘のようだった。


11/14

あれからというもの、そこまで目ぼしい発見はない。だが、明日から最深部の調査が始まるらしい。歴史の空白を埋める大発見に立ち会えるかもしれない。ここに来た時のワクワク感が戻ってきたようだ。


11/15

最悪だ。寝坊をし、最深部の調査に間に合わなかった。なんてついてないんだ。周りからも白い目で見られた。

最深部では、身長2mもあるミイラが見つかったらしい。一部の者たちは、これは妖精じゃないかって話題にしている。他の者は王だろうと言っている。

だがそれを見られるのは当分後だろう。なぜなら僕はトイレ跡の調査に割り当てられたからだ。罰なのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。まったく、ふざけてる。


11/16

今日の出来事は、ここ数週間あった良かったことや悪かったことを全て吹き飛ばしてしまうくらい衝撃的なものだった。

トイレの調査をしていたときだった。何千年も前とはいえ人が使いまくった便器を覗き込むのはあまり気持ちのいいものではなかったが、やるしかなかった。すると、便器の中に妙な物が入っていた。見るとそれは骨だった。僕はそれを取り出した。並べてみると、人の骨に近い構造ではあるが、たしかに人とは違う形状だった。まるで、小人のような。特に頭蓋骨は星のような形をしていて、人の物とは全く異なっていた。

その時だった。突然目の前が光りだして、暫らく体が回転したかと思うと、僕は見たこともない、だが確かに訪れたことのある場所に立っていた。周りでは古代人の服装を身に着けた人々が行き交っていて、石でできた建物がいくつも建っている街だった。これは間違いなく、遺跡の当時の姿だった。

僕ははじめ困惑した。だが考古学の研究対象が目の前で動いているのだ。こんな貴重なチャンスはない。僕は観察を始めた。どうやら僕のことは誰にも見えていないようなので、ちょうどいい。

人々は皆笑顔で、公共施設を利用したり、道端で語らったりしている。壁画にあった通りだった。街のところどころに畑があり、青々とした作物が実っていた。

そして特筆すべきは、畑を中心に、あちこちで妖精の姿が見えたことだ。これも壁画通りの姿だった。大人の妖精が畑に魔法をかけていて、子供の妖精が彼ら同士や人間の子供と一緒に遊んでいた。大人は人と同じくらいの大きさ、子供は手のひらサイズから腰の高さくらいまでのバリエーションがあった。もしかしてここには、本当に妖精がいたのか?

街を進むとひときわ大きな施設があった。おそらく王の住居だった。入ってみると、豪華絢爛な衣装を身にまとった人物と、側近らしき巨大な妖精がいた。昨日見つかったのはこれだったのかもしれない。それはともかく、そこで大変なものを見た。なんと王の前に平民と思わしき人が現れて、親しげに会話しているのだ。もちろん護衛に囲まれてだが。

思い立って街を調べてみると、牢獄や刑務所の類が一切見つからなかった。犯罪もなかったのだろうか。

史上最も平和な文明ならば、こんなことがありえるのだろうか。いや、おかしい。人間社会というものは、常に何かしらの闇を抱えているものだ。僕はその闇を探し始めた。すると、時折民が神妙な顔で物陰に入ったり出ていったりすることに気づいた。

僕はそれを追いかけた。するとそこには、目を疑う光景が広がっていた。

脳を劈く叫び声。男の怒号。男の手に握られた、妖精の子供の首。男はそれを強く握りしめる。妖精はもがき苦しむが、やがて絶命し、ぐったりと萎れていく。男は恍惚の表情を浮かべ、怯えている他の妖精の方をちらと見やる。男はそれを繰り返した後、最後に残った妖精の子供を今までよりも鋭い目つきで見る。その妖精のちいさな手には食べ物が握られていて、男が背中の籠に背負って運んでいるものと同じだった。

男は妖精の手をひねり、ひねり、引きちぎる。これを4回繰り返し、続けて右手の親指で片目を押し潰した。そして男は妖精の体を暴力的に地面に叩きつけ、砂を大量に食わせ、もう一方の目も潰し、最後に首を引き裂いた。

男は妖精たちの死骸を茂みの中に乱雑に投げ捨て、にこやかに笑いながら再び通りに出ていった。

寒気がした。この文明の平穏は、こうやって守られていたのか。妖精の子供がストレス発散に使われていたからこそ、争いのない世の中を成立させていたのかと。それを裏付けるように、ありとあらゆる人、時に高貴な身分を含む人たちが、一人あるいは複数人で、妖精の子供を虐待していた。

気がつくと、僕は遺跡のトイレの中に戻ってきていた。時計を見たが、あの瞬間から時間は経過していないようだった。

あれはいったいなんだったんだ。あれが、僕が小さい頃から憧れ続けた古代人たちの所業なのか。本当に現実に起きていたことなのか、それとも全て夢だったのか。疲れているのかもしれない。事実こっちに来てからは、いいことよりも悪いことのほうが多い。ストレスがたまる。

もうあの世界には行けないのだろうか。目を覆いたくなるようなあの光景を、なぜかもう一度見たい、と思ってしまう自分がいる。


11/17

またあのトイレに行った。昨日便器内に戻しておいた骨に触れると、またあの世界に飛んだ。

しばらく観察などをしていたが、やはりアレが気になってしかたがなかった。植生の観察だと自分をごまかし、手ごろな茂みに移動すると、子供の妖精が何体か集まっていた。少し大きいのが1体、手のひらサイズのが5~6体ほどだった。大きいのは両手いっぱいに食べ物を持っていて、体が薄汚れていた。小さいのたちは甲高い声で鳴きながら大きいのから食べ物を貰おうとしている。その光景はまるで、子供がさらに小さな子供を育てているようだった。

するとそこに、屈強な男が現れた。男は大きい妖精が持っていた食べ物を見るなりそれを取り上げ、頭をつかんで吊るしあげた。小さいのたちは怯えているようだったが、やがて男の足を叩いたり、かじったりして攻撃しはじめた。吊るされている大きいのが叫ぶと、小さいのたちは攻撃をやめた。

それを見て、男は大きいのを解放した。そして取り上げた食べ物を返した。大きいのは笑顔になり、小さいのたちは飛び跳ね始めた。大きいのは小さいのたちにそれを渡そうとした。しかし男は足でそれを妨害した。男の視線は小さいのたちに向けられた。すると男は小さいのたちを蹴り飛ばした。大きいのは腰を抜かし、食べ物を地面に落とした。男は飛ばされた小さいのたちのところへ向かうと、それらを大きいののところまで運んできた。そして、大きいのが見ている目の前で、小さいのを握りつぶした。ひとりひとり丁寧に、ゆっくりと。バキバキという音とともに体液が飛び散る。すべての小さいのが犠牲になると、男は大きいのを放置して去っていった。


11/20

今日は子供の妖精が大人に成長する瞬間を見た。全身が光輝き、徐々に大人の形に変化する。まるでゲームでモンスターが進化するときのようだ。周りにはそれに立ち会う人間たちの姿があった。言葉はわからないが、皆祝福しているようだった。

だがその直前僕は見ていた。その時周りにいた子供の一人が、その妖精を殴ったり蹴ったりしていたのを。周りの大人たちも、心配そうに見てはいたものの止めはしなかった。きっと、この街の平和がこうやって保たれていることを知っているからだ。

どうやらあの時代にいられるのは2時間程度のようだ。すっかり日課になってしまった。自分の中で、何かが崩れつつあるのを感じる。あるいは既に崩れ切っているかもしれない。自分は最悪な奴になってしまったのかもしれない。だが、まだ自分は手を出していない。見ているだけだ。それにあの時代には干渉できないから、止めることはそもそもできない。だから問題ない、じゃないか。


11/21

誰もいない路地に大きな壺があったので見てみると、中におびただしい数の妖精の子供が入っていた。虫みたいに蠢いていた。そこに女がやってきた。女は壺の中に食べ物を入れた。すると壺の中身が細胞分裂みたいにムクムクと増えて、妖精の子供があふれ出てきた。女は手ごろな大きさのそれを掴むと、体を針で刺し、そこから体液を絞り出し、それを自らの腕に塗り付けた。

そこに、大人の妖精がやってきた。妖精はその様子を見て震え、周りを見回し、何度も躊躇いながらも、女に襲いかかろうとした。しかし、その後ろに屈強な男たちが構えており、妖精の口をふさぎながら身体を拘束した。男たちの一人が瓶入りの薬のようなものを振りかけると、妖精はどろどろに溶けて消滅した。

僕が発掘に関わる期間ももう少しで終わる。そろそろ他の調査員もトイレ跡に回ってくる頃合いだ。ここで僕は1つの罪を犯した。この日記にしか書かない。いつも触ってあの世界に行くのに使っている、妖精の骨を1つ拝借した。他の調査員に回収されたらいけないからだ。周りの目が怖かったが、何とかポケットに入れることができた。

しょうがないじゃないか。むしろ調査のためには有益のはずだ。あの世界には遺跡の中よりも遥かに貴重な史料が生きたまま存在しているのだから。あれを記録し報告すれば、アーブスの研究が飛躍的に進むことは間違いない。

まあ、今のところそのつもりはないのだが。


11/25

ついに、最終日になった。明日の早朝にここを出ることになる。名残惜しいのは、もうここで発掘ができないからだけではない。今日、最後の発掘が終わった後、ホテルの部屋で骨を触ってあの世界に行こうとしたが、何度やってもできなかったのだ。もしかしたら、遺跡という特殊な場所だからこそ可能だったのかもしれない。どちらにせよもうあの遺跡に戻ることはない。最悪だ。

手際の悪い発掘員たちに耐え、不潔なルームメイトに耐え、高慢ちきな研究者たちに耐え、口に合わない食事に耐え、陰口に耐えてこられたのは、あの時代での刺激的な体験があってこそだったのだ。倫理的にどうとか、そんなもの知らん。だって仕方ないじゃないか。あれがなければ、僕はとうに心が折れていた。あれがあったから、世界は一人の考古学者を失わずに済んだのだ。これのどこが間違っているんだ。

などと書きなぐったところで、あの時代に戻れるわけじゃないのだが。


11/26

自宅に帰ってきた。結局、あの時代での出来事については報告しなかった。記録をつけてはいたが、途中から人に見せられないような内容になってしまったのが一つ。そして、あの鮮烈な体験を、自分ひとりでしまっておきたいというのもある。研究者としては失格かもしれないが。


11/27

そういえば、骨を持ち帰ってきていることに気づいた。相変わらず触っても何も起きないが、何か工夫すれば、あるいは? 遺跡の写真と並べたりしてみた。だがどれもうまく行かなかった。


12/5

あれから骨を使っていろいろやっているが、何も起こらない。もう諦めるしかないのか。最近はこれのせいで本来の研究も進まないし、周りから変な目で見られているような気がする。

ああ、あの甲高い悲鳴、それが消えていく様子、どろどろした体液の質感、すべてが恋しい。僕はもう、すっかり変になってしまったのかもしれない。


12/6

今日もうまくいかない。何もかも。子供の頃を思い出す。親は厳しく頑固で僕を認めてくれなかった。学校ではクラスで浮いていて誰も近寄らなかった。やっと近寄ってきたと思ったらトイレに連れて行かれて便器に手を突っ込まされた。そして先生はそれを知っていながら見ないふりをした。

耐えきれなくなって、ノートにあのとき見た光景を描き始めた。ここにも描いてみよう。

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12/11

変だったら何だというのだ。

趣味は人の自由だ。


いつでもいい

そして男は、無念の遺物を握りしめたまま眠りにつきました。そこで彼は夢を見ました。夢の中で、彼は大人の妖精に囲まれて、責め立てられたのです。

彼はあの文明の陰惨な現実を、歴史の闇に葬られた現実を、伝えなければならなかったのです。しかし、彼はそうしませんでした。彼はそれを愉しみました。

彼はしつこく自己を擁護し続けました。それでもしつこく妖精は責め続けました。ついに彼は折れました。心の奥底にずっとあった罪悪感に、ようやく気がついたのです。

妖精は彼に最後のチャンスを与えました。最後の贖罪として、目の前で起こったことを現代に伝えるのだと。妖精は彼をあの時代に送り込みました。

彼は公衆トイレに立っていました。彼はしばらく顔をしかめていました。しかし、トイレの奥で行われていた光景を見ると、急に顔をほころばせました。

彼はゆっくりとそこに近づきました。するとそれを行っている者が彼に気づき、手に持っていた「それ」を後ろに隠しました。男はそうする必要はないと告げました。今回は会話ができたのです。すると隠された「それ」が前に出てきました。妖精の子供です。酷く傷ついていました。もう声も出せないようでした。

彼はそれを強引に奪い取ると、いつの間にか持っていた焼きごてを妖精の全身に押し当て始めました。妖精は枯れた声で、最後の力を振り絞り必死に叫びました。そして両手で体を掴み、四肢を順番に握り潰しました。

その時です。彼の頭上から、大量の妖精の子供の亡骸が落ちてきました。それは一瞬でトイレ中を満たしました。そして、彼は生き埋めになってしまいました。


彼がそのあとどうなったかですって? そんなこと、知る必要もないでしょう。なぜなら、彼は私達の思いを踏みにじったのですから。彼はおかしく「なった」のではありません。最初からおかしかったのです。


私達が彼を理解することは、金輪際ありえないでしょう。

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