第4話 ミリアンからのメッセージ

『ハイ、レナード。久しぶりね』

 指先に浮かび上がった小さな立体映像は、紛れもなくミリアンだった。

 別れた当時に背中まであったブロンドの髪は、肩のあたりで短くカットされていた。

『どう? 元気? あなたのことだから心配ないと思うけど。私の方は……まぁ、何とかやってるわ』

 はにかむような、それでいてどこか困ったような表情で肩を竦めるミリアンを前に、俺の記憶は一瞬にして過去へと引き戻された。

 あんな別れ方をしてからもう五年も経ったのかという気持ちが沸き上がるが、そんな感傷など、プログラム通りに再生される立体映像には関係のないことだ。

『プレゼントを送るわ。私の宝物、きっと気に入ってくれると思うの。だから――』

 ミリアンは一瞬、そこで顔を伏せた。しかしすぐに面を上げると、まっすぐにこちらを見据えた。右手を自身の口に当て、次いでそれを俺に向かって見せる。キスだ。スクリーン全体が彼女の指先に覆われて何も見えなくなる。

『愛してるわ。誕生日おめでとう』

 声だけを残し、ぼやけたホログラムが消える。記録の再生が終わったのだ。

 たったの30秒。

 白いカードに戻ったそれを手にしたまま、俺は呆然とする。

 何だ今のは。

 市販のメッセージカードは小さな胸像くらいしか記録出来ないし、それを再生するだけの安価な代物だ。詳しいことは何もわからない。

 ミリアンは一体何が言いたかったんだ。

 彼女はいつ、どこでこれを記録した?

 周囲はどんな状況だった?

 そもそも、何故これを俺に宛てた?

 誕生日だって? そんなわけがあるもんか。

 考えるよりも前に、俺の指はカードの再生マークに触れていた。

『ハイ、レナード。久しぶりね』

 再び、小さなミリアンが喋りだす。

『愛してるわ。誕生日おめでとう』

 一通り終了すると同時に、俺はまた再生マークに触れる。

『ハイ、レナード。久しぶりね』

 メッセージカードが繰り返す寸分違わぬ記録映像を、俺は繰り返し、凝視し続けた。

『愛してるわ。誕生日おめでとう』

 再生。

『ハイ、レナード。久しぶりね』

 再生。

『ハイ、レナード』

 再生。

『誕生日おめでとう』

 再生――


「レナードって今日がお誕生日なの?」

 出し抜けにかけられた幼い声に意識を引き戻される。

 薄暗い部屋の中、小さな立体映像が発する光を金の双眸に反射させたリュシエルが、すぐ傍らで横たわったまま俺を見上げていた。

「いいなぁ。私、まだお誕生日が来ないの」

 まだ少し寝ぼけているような顔つきをしていたが、リュシエルはあくびをひとつした後でのそのそと起き上がりった。

 ベッドの上に座り直し、俺の指先で喋り続けるミリアンを眺めながら、続ける。

「ミリアンがね、レナードにって、私にそれを渡してくれたのよ。お誕生日のお祝い、何だった?」

 無邪気な様子に唖然とするばかりの俺を他所に、リュシエルははっと気付いたように両手を合わせ、俺の顔を見上げた。

「そうだ! ねえ、お誕生日ってことは、皆でご馳走を食べるんでしょ? 私も一緒にお祝いしてもいい?」

「……いつだ」

「え?」

「それ、いつの話だ!」

「きゃっ――!?」

 俺はリュシエルの細い腕を掴み、引き寄せた。

 突然のことに驚いたリュシエルが、その大きな瞳を一層大きく見開き、身を堅くする。

「答えろ! お前が最後にミリアンと話したのはいつの出来事だ。それと、預かったのはこのカードだけか!? 他には!?」

 メッセージでミリアンは確かに言っていた。“私の宝物”と。

「おい、どうなんだ! 答えろ!!」

 俺の剣幕にリュシエルが怯えたような顔をして首を振る。

「わ、わかんない、憶えてない――」

「思い出せ! 何かあるはずだ!」

 怒鳴るつもりはなかったが、自制出来なかった。

 自分でも頭に血が上っているのを自覚するが、焦燥が激しくて細かいことを気にしていられない。

 何故って?

 俺の知っているミリアンは、あんな笑い方をしない。

 俺の誕生日も、本当は憶えている。

 その上で、彼女は俺へ連絡を寄越したのだ。

 何か重大でとてつもなくヤバい出来事が起こっている。それも、かなり緊急度の高い奴だ。

 この小娘が地獄犬を連れて俺のもとに深夜のお散歩に来たのがハロウィンの夜。つまりは十月の三十日であるならば、そこから遡って経過を辿れば――こいつらがどこからどのルートでやって来たのかを探くことが出来れば、発端に――ミリアンの居場所を特定できるかもしれない。

 しかしそんな俺の想いなどお構いなしに、リュシエルは俺の手から逃れようともがくばかりだ。

「知らない! レナード、痛いってば! やめて!!」

 リュシエルが興奮した猫さながらに叫ぶ。そうしながら、捕まれていない方の手で俺の拘束から逃れようとして爪を立てて暴れる。

 ふざけるな。こんな事をしている場合じゃないっていうのに。

 昏倒していた間にどれだけの時間をロスしたのかを考えるとぞっとする。

 だが、まだ間に合うかもしれない。

 否、間に合わせなくてはならない。

「いいから答えろ!」

「知らないってば!! 離して!!」

 俺の怒号とリュシエルの悲鳴が重なった、その時だった。

 部屋の扉が勢いよく開くと同時に、拳銃を構えた男が飛び込んできた。

「レナード! リュシー!?」

 アレックスだ。

 扉越しに聞こえた俺たちの怒鳴り合いのせいで、ただ事ではないと判断して突入してきたのだろう。

 お手本通りのフォームで構えた拳銃。その照準先は――俺の胸だ。

 血が昇りきっていた俺の頭が一気に冷えると同時に、アレックスの方もまた、ベット上で掴み合っている俺たちを前にして、ぎょっとしたように目を見開いた。

「え? えっ――、レナード??」

「待て、誤解だ」

 折角生き返った(というのも何かおかしな話しだが)ばかりなのに、ここで親友に鉛玉を撃ち込まれるような愚を犯す訳にはいかない。

 俺は慌ててリュシエルの腕を掴む手を離し、両手を頭上に掲げた。

 しかし、

「レナードの馬鹿! 大っ嫌い!!」

 室内に響き渡るリュシエルの金切り声と、重い衝撃が俺の胸を貫いたのは同時だった。

 至近距離からの強烈なボディーブロー――がくん、と視界が大きく傾き、たまらず俺はベッドに突っ伏した。

「レナード!? 待っ――、僕撃ってないよ!?」

 悲鳴にも似た叫びと共にアレックスが俺に駆け寄る。慌てて抱き起こされるが、俺はそれに応えることが出来なかった。

 まさか、撃たれた?

 いや、発射音は聞こえなかったしマズルフラッシュだって見ていない。

 じゃあ、これは一体何だ。

 化け物にやられて意識が落ちていったときのような、そんな薄ら寒い感触が、じわじわと俺の全身に広がりはじめる。

 視界がまたぐるりと回り、見開いたままの俺の視界には白い天井が映り込む。アレックスが突然倒れ突っ伏した俺を抱き起こしたのだ。慌てた様子で、俺の顔を覗き込むのが見えた。

 しかし、その光景も急速に狭まり、暗くなってゆく。

 待て。待ってくれ。

 どういう事だ。

 一体何が起こっている。

 っていうか。

 さっきから、心臓が、動いている感触が、


(無い――?)


 そう思い至った、その時だった。

 リュシエルの叫び声が再び室内に響き渡った。

「やだ! 嘘――!! 今の無し! レナード、死んじゃダメ!!」

 小さな手が俺の胸に縋り付く。

 と、同時に。

「――っぐ!????」

 雷でも喰らったかのような衝撃が俺の胸を以下略。


「またかよ!! 俺はスイッチで動く玩具じゃないぞ!?」

 復活の第一声がこれとは我ながら情けないとは思うが、臨死体験なんて何度も味わうものじゃないし、味わいたいものでもない。

 第一、こんな簡単にホイホイ復活なんてしていたら、世界的超有名人である“救世主”の立場が無いだろう。彼でさえ復活には三日かかったらしいのだから。

 それはさておき。

「……レナード、大丈夫か?」

 まだ不規則に撥ねている心臓のせいで荒い息をついている俺を、アレックスが恐る恐るといった様子で窺う。

 大丈夫ではないし、大丈夫だとも答え辛いのだが、とりあえず片手を上げてアレックスに応答する。

 呼吸と動悸が落ち着くまでの間、リュシエルは俺の腕に縋り付いて泣きじゃくっていた。その腕や頬には、光り輝く軌跡のような、奇妙な紋様が浮き上がり、彼女の鼓動に合わせるかのように静かな明滅を繰り返している。 

 一体何がどうなっているのかは相変わらずさっぱりだったが、ひとつだけはっきりと理解したことがある。


 一連の出来事は全て、間違いなくこいつリュシエルが引き起こしたものだ。

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