第9話 レムロ再び

それからいくらか 月日が経ち

アナスタシアとリュートがこの村に来て

5年経ったある日のこと。


一人の男が このヒルマ村に現れました。

男の見た目は一応 旅人のような格好ですが

汚らしく 覆面をして顔を隠していました。


男はこのヒルマ村を慈悲深い村と聞いて

やってきたのでした。


アナスタシアが村長の家から戻る途中

村のある家の前にいる、その覆面の男を

見つけると何か嫌な予感がしました。


どこかで会ったことがある。

直感的にそう思ったのです。


そして自宅に子供 アトラスの手を引いて

急いで戻りました。


その頃リュートは外出中で

村はずれの泉までの道を、他の村人数人で

整備して行き易くする為の

作業をしていました。


アナスタシアはアトラスに


アナスタシア

「今は外に出ちゃだめだから

 家の中で遊んでなさい」


と言い聞かせました。

アトラス はまだ 3歳 。

大人しく 家の中で遊び始めました。


家の窓からそっと外を見ると

例の覆面の男が見える。

男が近所の別の家の玄関に立ち

その家の住人と話しかけています。

何か商売をしているようでした。


このままでは自分の家にも

来るかもしれない。

男を見ていると、今度はこっちに向かって

歩いてきます。

アナスタシアは居留守を使うことにしました。


しかし 子供が心配でした。 アナスタシアは家の玄関の引き戸につっかえ棒をかけるとアトラスに再び


アナスタシア

「アトラス いい?

絶対におしゃべりしちゃダメよ」


と言いました。


アトラス

「なんで?」


と、そっけなく返します。


アナスタシア

「とにかく良いって言うまで

 おしゃべりはダメ

 いい子にしてたら後でご褒美あげるから」


と言うと


アトラス

「えっ?本当?わかった」


とアトラス がご褒美につられ

明るく返事をしました。


ザッザッザッと近づいてくる足音。

男は間違いなくこの家に向かっています。


この村の家は一軒一軒 そんなに

大きくないので 居留守を使うにしても

部屋のどこかに隠れるにしても

たかが知れている広さでした。


言い方を変えれば 家のどこにいても

玄関で誰かが話せば その声は

家のどこでも聞こえる程度の家なのです。


男がとうとう家の前までやってきました。 この村では基本、村内だけを見れば

玄関に鍵は必要ありませんが

村が以前 戦火に巻き込まれた時

鍵がなかったために 食べ物や 貴重品を

強奪され、それから鍵をかけるようになっていました。


足音が止まり、そして男の声が家に響く。


レムロ

「すんません」


やる気のないような だらしない 声。


アナスタシアはすぐにわかりました。

以前オゾマの元で劇場の受付をしていた

レムロだと。


なぜレムロがこんな村にやってきて

物売りなんかしているのか?

オゾマの屋敷はどうなったのか?

アナスタシアは一瞬 気になりましたが

とにかく会いたくない相手だったので

ただ静かに 子供を抱き寄せて

部屋の隅でじっとしていました。


レムロ

「すんません。 いないんですか?」


家の中に響くレムロの声

アナスタシア はただ、じっとしていました

するとレムロは先ほどよりも大きな声で

少し イラつきながら


レムロ

「ったく、しゃーねーな」


吐き捨てるように言うとレムロは

諦めた様子でその場を立ち去りました。

そしてレムロが別の家に向かい

その足音が少しずつ遠のいていきました。

安堵するアナスタシア。

アトラスはアナスタシアを見て


アトラス

「もう、良い?」


と言いました。


アナスタシア

「もういいわよ。 偉いね、

 おしゃべりしないでいれたね

 後でピポの実あげるね」


ピポの実はこの村で取れる実で甘く

乾燥させると保存食にもなりました。

子供たちのおやつにもよく用いられる

食べ物でした。


アトラス

「わーい、やったあ」


とアトラスは喜びます。


しかしアナスタシアは考えました。

何故レムロが今になって

この村に現れたのか?

オズマの屋敷は?

そしてオゾマは?


アナスタシアはレムロが去ったことを

確認するとアトラスと一緒に

村長の家に再び向かったのです。


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