第3話 手紙のやり取り
アナスタシアがリュートの楽器工房に訪れた
一週間後、再びアナスタシアはリュートの元に訪れました。そして短く挨拶すると
「これを読んでください」
と言ってリュートに手紙を渡し、今回はすぐ
立ち去りました。
その手紙はこんな内容でした。
『私はアナスタシアと言います。
先週、急にお邪魔させていただきましたが
本当に素敵な時間になりました。
私は普段、劇場で歌や踊りをしていますが
そんな劇場での華やかさより、貴方の作る
ハンドベルや工房には、命が宿り温もりが
ある気がして、死んでいた私の心を生き返らせてくれました。
本当は貴方がお邪魔でなければ毎日、工房に
行きたいのですが私には監視の目があり、
しかも私がこの工房に興味がある事を、
私の主が知ると貴方が危険な目にあう可能性もあります。
だから、貴方に迷惑がかからないように
今回で最後にするつもりです。
本当にありがとう。
もし良かったら劇場に来てください。
チケットを入れておきます。
本当にありがとう。 アナスタシア』
手紙には一枚の劇場のチケットが入っていました。リュートはアナスタシアが来てから、
彼女の事が頭から離れず、また会いたいと
思っていました。
しかし今回の手紙で最後にするつもりという
アナスタシアの言葉があり、リュートは
ショックでした。
ただそれでも自然にリュートは、どうすれば
アナスタシアと会って話せるのかと考えていました。
そこで出てきた答えは手紙を渡す事でした。
しかし普通に劇場に持っていっても人気者の
本人に、直接渡せないでしょうし、アナスタシアの主人に手紙が渡れば、自分は疎かアナスタシアも何か辛い目にあうかもしれない。
様々な憶測がよぎりながらもリュートは
何か運命的なものを感じ手紙を書き、
間接的にアナスタシアに渡せないかと
考えました。
そして数日後、劇場に向かったのです。
世間に疎いリュートでも実は劇場は
初めてではありませんでした。
幼い時に一度両親と来たことがありました。
劇場の入口向かって正面、地上3階程度の高さに吊るされた大きな鐘は劇場のシンボルで
歌や踊りが始まると共に、この劇場の鐘が鳴る合図の様なものでした。
そして誰でも鐘の近くまで階段で行く事が出来たのです。傍で見る鐘の大きさに幼い頃のリュートは圧倒されて、実はそれがきっかけ
で楽器が好きになり職人になったのでした。
そんな思い入れのある劇場は15年ぶりで
アナスタシアのくれたチケットは舞台が
よく見える最前列の席でした。
最前列といっても舞台までいくらかの距離は
ありますが、それでも客席の中では最高級に
良い席でした。
演目が始まり、その日アナスタシアは勿論
トリを努めます。最初からステージは盛り上がってましたが、アナスタシアが出てくる
時間になると観客は皆騒ぎ出します。
「アナスタシア〜!」
四方八方から飛んでくる歓声にリュートは
ちょっと怖気づいたように辺りを見回しました。そしてそんな時、舞台の袖からアナスタシアが出てきたのです。
盛り上がる観客達でしたが、リュートは静かにアナスタシアを見守っていました。
舞台から観客席は少し薄暗くて様子が
分かりにくいのですが、でも最前列の客席の
顔はよく見えました。
最前列のチケットはアナスタシアがリュートが会いに来てくれた時に、アナスタシア自身が分かるように用意したものでした。
アナスタシアにとっては「最後」という
気持ちの表れだったチケットでしたが、
リュートにとってはこの最前列の席は
今後の希望の席でした。
アナスタシアはリュートを見つけた時に
心の底から喜びました。公演は気合が入り
素晴らしい出来になりました。
そして全ての演目が終わった後、リュートは
自身が座っていた席の下に、一つの小さな
ハンドベルをそっと隠しおいたのでした。
客が帰った後、アナスタシアは劇場の観客席に向かいます。勿論リュートが座っていた
席です。最後のつもりで渡したチケット。
そんな公演はアナスタシア自身も、今までにないくらいよく演じられたと思ったし、全てを出しきった公演でした。
ただやはりそれでも名残惜しそうに席を見つめるアナスタシア。
すると席の下にキラリと光る小さなハンドベルを見つけました。
慌ててハンドベルを取り調べてみると、
ハンドベルのベルの中に小さな手紙が
隠されていたのです。
それにはこう書かれていました。
『この間はありがとう
大きな劇場のベルの中で
君を待っています』
と書かれていました。
すぐにアナスタシアは、この劇場の入口の
大きな鐘の元へと向かいました。
客が全て帰った後なので当然誰もいません。
が、アナスタシアがその鐘の内部を注視
していると、今度は先程より大きな手紙が
貼り付けてありました。
そこにはこう書かれていたのです。
『チケットをくれてありがとう
初めて会ったあの日から貴方の事が
頭から離れず、今日を迎えました
実はこの劇場は小さい頃、一度だけ
来たことがあって、この鐘は僕が
楽器職人になるきっかけになった鐘です
貴方が僕の工房に来て喜んでくれた事が
職人である自分にとって、本当に嬉しい
事でした
毎日は来れないけど、毎月に一度
満月の日に劇場に来ようと思います
そして、同じこの鐘の中に手紙を置いて
貴方を応援しようと思います
リュートより』
この手紙を読んでアナスタシアは喜びました
何と言っても毎月リュートが来てくれるの
ですから。この時にはアナスタシアもリュートの事が好きになっていたのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます