第90話 人間はいつから暦や時間や税金制度と言うものに縛られるようになったのだろうか
さてフルーツや樹の実の採集が終わり、ローズヒップの最終も順調に進んで秋も終わりに近づいて来ると雨が降り出し、大地が潤ってくると麦や豆や野菜などの種まきの季節だ。
秋の晴れ間を使って俺は石鍬で土をほって、そこにアイシャが種を蒔いている。
俺はアイシャに聞いてみた。
「アイシャ、種の蒔き方はどうすればいいかわかるかな?」
アイシャはニパッと笑って答える。
「あいだをあけるのー」
そういってちょこちょこっと間をあけて種を蒔いていくアイシャ。
「ぎゅうぎゅうだとむぎしゃんかあいそなのー」
どうやらアイシャは前にした失敗をちゃんと覚えていたようだ。
「ん、よく覚えていたな、賢いぞアイシャ」
俺はそう言ってアイシャを褒めてやった。
「あいしゃかしこーい」
そう言ってバンザイして喜ぶアイシャ。
「ちゃんと覚えてていいこねー」
息子の面倒を見ていたリーリスもアイシャの下へ歩いていっての頭をナデナデしている。
「あいしゃいいこー」
アイシャが賢いいい子に育ってくれて俺は本当に嬉しいよ。
この時代の農耕は種を蒔いたら後は収穫までは自然任せの天水農業、牧畜も昼間に草が生えてるところに適当に連れて行ってやるだけの粗放放牧だから生産性はそんなに良くはないのだろう。
しかし、多大な労力をかけてもそんなに収穫が大きく増えるというものでもないし、無理をするとこのあたりは塩害で酷いことになる。
このあたりの水は比較的塩分を多く含んでいるし、エリコ周辺でも地中海や死海に近い場所では井戸を掘っても飲めない塩水しか出ない場合もよくある。
常は問題ないと思われる農業用水にも塩分がおおく溶け込んでいるので、灌漑した農地の地表からの蒸発量が多いと、塩害で収穫量がどんどん減ってしまうのだな。
メソポタミア文明が滅んだ原因は塩害と干ばつでシュメールの滅亡は塩害が原因だと言われているし、エジプトはアスワンハイダムを建設して洪水が起きなくなった代わりに塩害がひどくなったらしいしな。
だから、俺たちはせいぜい麦や豆や冬野菜、亜麻などを畑で栽培して冬から春にそれを収穫するくらいしかせず、洪水からエリコの街を守るために土塁は設けてはいるが、エリコの周囲が洪水で水に沈んだら魚を取ったりなどして過ごし、水が引く晩夏から秋にかけてのフルーツや木の実などは村に植樹しているナツメヤシなどを除けば自然の恵みをそのまま得るに任せているわけだ。
まあ最近は洪水時は避暑も兼ねてキルベト・クムランへ行ったりしているが、あちらではある程度の灌漑農業のようなものは必要かもとは思うけどな。
まあ俺は鴨をアヒルに、雁をガチョウにしたりはしてるけど、アヒルやガチョウも意外と病気もしないしそんなに世話の手間がかかるわけでもない。
そもそも21世紀では暦や時間を基準にしたスケジュールと言うものに人間は囚われ過ぎではないだろうかと今では思う。
今日は何曜日だから何時に起きて何時の電車に乗って会社に行き、仕事を何時からはじめて何時になったら昼休みなので食事を取って何時になったら仕事が終わりでとか、今日は何曜日だからちょっと体調が悪くても仕事を休めないなとかもなんかおかしい気がする。
「ちっと疲れたし休むぞー」
「やすむのー」
「そうね休憩しましょうか」
「あ-い」
そう言って俺達は一休みするために地面に腰を下ろす。
この時代では疲れたら休むし、眠い時は寝るし、腹が減ったら食事をする。
秋になって雨が降ってきて土が柔らかくなったら軽く土を耕すなども現代のような決まったスケジュールと言うのはないから本当にのんびり暮らしている。
「じゃあちょっとまってて、ちょっと食べてからのんびりしましょう」
リーリスがバスケットからナツメヤシを取り出した。
「こういうときに甘いナツメヤシを食うと疲れが取れるよな」
「あまいのー」
「あまー」
アイシャや息子も両手でナツメヤシを掴みながら美味しそうに食べている。
甘味は脳に報酬系として判断されるのでそれだけでも体が少し楽になるのだな。
無論、食事の内容は21世紀に比べれば少ないし、娯楽の種類は21世紀よりは圧倒的に少ない。
だがそもそも常に競争を強いられるような、大きなストレスのかかる生活をしていないからそんなに娯楽も必要ないのではないかと感じる。
純粋な狩猟民族や遊牧民だとこんなにのんびりと過ごすこともできないのではあるけどな。
なにせそういった者たちは食糧を貯めておくという事は殆どできないから、腹が減ったら命がけて獲物を仕留めなければいけない。
そのためには高い身体能力などが必要だから成人儀式には困難が伴う何かを達成しないといけなかったりもする。
しかし、農耕牧畜狩猟採集の生活をしているとそもそも草食動物が畑の作物を食べようと向こうからよってくるので、そこまで獲物を探すのが難しくなかったりもするのだ。
まあ四六時中見張ってるわけではないので草食動物や鳥などに、結構穀物などを食べられてる気もするがそれで食糧が足りなくなるほどでもない。
もっとも天水農業で麦などがちゃんと育つ環境と言うのはとても狭い範囲なのでこの場所に転移してきたのはとても幸運なことだとも思う。
「ありがとうな」
俺は幸運の卵にそうつぶやく。
争いが少ないのんびり暮らせる場所につれてきてくれたのは本当にありがたい。
もちろん色々不便なことはあるがそれよりものんびりと家族と一緒に暮らせるということは遥かに幸せだ。
「さって、もうちょっと頑張るか」
ナツメヤシを食べて軽く休憩した後で俺は石鍬を持って立ち上がった。
「がんばるー」
「そうね、日が傾く前にもうちょっとやっておきましょう」
俺たちには特にノルマはないし、税金や社会保障費などもない。
無論、街は共同体なので神への捧げ物などをマリアに持っていったりはするがそれで生活が苦しくなるようなことはないのだ。
年金だとか健康保険だとか本来は困ったときに生活を楽にするためのものが、むしろ生活苦を招くというのもなんかおかしい気がするんだよな。
そして適当に畑の種まきをやった後で暗くなる前に俺たちは家に戻っていったのだ。
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