第87話 そろそろ食べるものの美味しさを追求してもいいかもしれないな

 さて、秋も深まってきて、木からドングリが落ちてくることもほぼなくなってきた。


 そろそろ秋に行われる豊穣祈願のお祭りの時期だ。


 ちなみに息子のための毛糸の防寒具については、リーリスとアイシャはもう完成させていたが俺はまだだった。


 俺の作業が遅いと言うのもあるが、お腹から膝くらいまでを覆うシュートパンツというものを作るのは初めてってこともある。


 まあ、その他の部分は以前に作ったこともあるし、特にリーリスは手慣れているからな。


 指付きの手袋に膝丈の靴下とセーターとマフラーを身につけた息子は嬉しそうにしている。


「あったかー」


 それを聞いた同じような物を身に着けたアイシャも嬉しそうだ。


「あったかーだよね」


 そしてリーリスが言う。


「あなたの作ろうとしているものがどういうものかはだいたいわかったから、後は私がやりましょうか?」


 俺は苦笑しつつリーリスの言葉にうなずく。


「ああ、そうしてもらえると助かるよ。

 俺は祭りの時に振る舞う料理を考えるな」


 俺がそういうとリーリスはうなずいた。


「あなたの考えた料理はすごく美味しいから期待しているわよ」


 というわけで俺は祭りの時に振る舞う料理を考えることにする。


そのためにスマホで色々探してみるが現代の料理レシピなどはほとんど役に立たないな。


 なので人間は食べ物をなぜ美味しいと感じるのかを検索してみた。


 人間の味覚は生命維持に必要なものと生命維持を阻害するものに反応するようになっている。


 味覚のうち生命維持に必要なものは糖分の甘味、塩分の塩味、アミノ酸の旨味に加え、脂肪にもその他ほどではないがうまいと感じる味覚があり人間はこれらを必須のものとしている。


 逆に生命維持を阻害するものは毒である苦味やエグミ・辛味と腐敗の結果生じる酸味だな。


 特に子供は後者に敏感で大人は好んで食べるものも子供は駄目なものが多い。


 なお、人や動物が体内で作ることのできない9種類を必須アミノ酸、体内で糖質や脂質から作り出すことのできる11種類を非必須アミノ酸と呼んでいるが必須アミノ酸はイソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、トレオニン(スレオニン)、トリプトファン、バリン、ヒスチジンで、非必須アミノ酸はチロシン、システイン、アスパラギン酸、アスパラギン、セリン、グルタミン酸、グルタミン、プロリン、グリシン、アラニン、アルギニンだ。


 で、旨味と呼ばれるものはアミノ酸の量や比率で決まるが特にグルタミン酸が代表的だ。


 グルタミン酸が多く含まれる食べ物としては昆布のほかにチーズがあるな。


 チーズをうまいと感じるのはグルタミン酸が多く含まれるからのようだ。


 その他の旨味としてはイノシン酸やグアニル酸があるがこれらは核酸に分類され核酸は、DNAやRNAそのものに関係する。


 煮干や鰹節などの魚や、あるいは熟成した肉の旨みはイノシン酸によるものらしい。


 で、キノコの旨味はグアニル酸によるものであるらしいな。


 こういった成分は生命維持に必須だから美味しいと感じるわけだ。


 ちなみに貝類に含まれるうま味成分はコハク酸というものだ。


 ヨルダン川にも淡水系ムール貝やイシガイなどはいるから煮て食べるとうまいかもしれないな。


 また発酵食品でもある魚醤は生の魚を塩漬けにしたり、干物にして用いるが、大きな魚の場合には内臓、頭、ヒレなどの食用に適さない場所を用いる。


 古代ローマのガルムもそうだな。


 アンチョビ、つまりイワシのような小形の魚の場合には、丸ごとを用いる場合が多い。


 イワシはヨルダン川でも網を使えばたくさん取れるから、干して食べているが一部はそれを塩漬けにして魚醤を作ってもいいかもな。


 まあ、魚醤は作るのに数ヶ月掛かるから、いまから祭りの時に出すのは無理だが。


 ちなみにタンパク質自体には旨味はないらしい。


 この時期には山羊も羊も完全に離乳して乳が出なくなってくるのでそうすると山羊や羊などが増えすぎても冬に困るからある程度屠殺し、神にその肉を捧げるという名目で祭りでみんなで分け合って食べるが、小さい子供でも肉を食べやすいようにするべきか。


 となるとミンチ肉を使うというのもありだな。


 ミンチ肉を使った料理というと現代ではハンバーグが真っ先に想像され、その原型になったのはモンゴル帝国が食べていたタルタルステーキと言われる。


 だが、これらは中世のメニューでそれよりも古くからミンチ肉を使った料理はあった。


 ギリシア料理のシャルキュトリは、肉の保存性を高めるために、燻製、塩漬け、乾燥などを行うが、それによりハムやソーセージ、サラミと言ったものに加えてアルトクリースというミートパイの原型になった料理があったようで、これが古代ローマを経てミートローフやパテになっていったらしい。


 まあ、ミートローフやパテは日本ではメジャーではないが。


 ミートローフやパテはパンやパウンドケーキのような型に、ハンバーグと同じようなひき肉に卵、小麦粉、玉ねぎ、調味料などを入れてオーブンで焼き、切り分けて食べることが多いため日本ではハンバーグとは別の料理という印象が強いが材料はほぼ同じで作り方が違うだけだったりする。


 俺は小麦を粉にしたり、鳩の卵やイタリアンパセリにムール貝やキノコなどを取ってきて料理の下準備をして祭りに備えた。


 街の中心に在る神殿であるジッグラトに皆で集まり、神への捧げ物としてヤギが祭壇に捧げられた後、屠殺されて神に捧げられ、それは火で調理されて皆に振る舞われる。


 俺はすね肉やもも肉でも膝に近い部分など筋っぽくて食べにくいとされる部位の肉をもらって、黒曜石のナイフでスパスパそれを細かく切っていき、卵と小麦粉を加えてねったものをバターを加えた小麦粉の生地に包んでミートパイにし、アンチョビとチーズを載せて焼いてみた。


 焼き上がったものを味見してみたがうん、美味しいな。


 またそれと並行して俺はムール貝にイワシの干したものとイタリアンパセリそれにキノコを混ぜたスープも作ってみた。


 パセリは苦味が強く、添え物として使われることが多いが、イタリアンパセリはパセリと比べると苦味が少なく、葉をちぎると爽やかな香りが広がり、今の季節は葉っぱも柔らかくて美味しいのだ。


 玉ネギやニンニク、あるいは蕪や大根もあればよかったんだが、これらは冬野菜だから今はないんだよな。


 アンチョビとチーズを載せたミートパイは子供に大人気だった。


「おいちーの」


 アイシャが笑顔でそう言うと息子も言った。


「んまんま」


 またムール貝にイワシの干したものとイタリアンパセリとキノコを混ぜたスープは大人たちに好評だった。


「このスープはとても美味しいわね」


「ああ、貝も馬鹿にできないよな」


 ムール貝の旬は秋から冬にかけてなのでちょうど美味しく食べられたようで良かった。


 貝に含まれている旨味成分であるコハク酸は酸味や苦味も混ざった旨味なので子供はあんまり好きじゃないみたいだな。


 まあ何れにせよ、旨味というものを考えてつくってみたものが美味しいと受け入れられ、リーリスやアイシャ、息子も喜んでいるようで何よりだ。


 これから先は農作業があるから、その前に英気を養っておかないとな。

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