第84話 自然に対しての干渉力が弱いほうが人間は幸せに暮らせるのかもしれない
さて、秋の採取も一段落ついてきた。
そして思い返すと春の穀物に、秋の豆やどんぐり・ナッツ・栗など、一年を通してほぼ炭水化物に困らないのにくわえ、ガゼルや猪などの肉やアヒルやガチョウの卵、山羊や驢馬の乳、ヨルダン川の魚や淡水貝なども食べられるわけだから食べ物に不自由することは殆ど無い。
強いて言えば夏や冬のビタミン源がもう少し欲しいが、これは来年にでもキルベト・クムランで、夏にはブラックベリーやラズベリー、グースベリーやカシスなどを、冬には大根や蕪を探してみようと思う。
今日俺たちはオークやピスタチオがたくさん生えている雑木林の中にエリコの住人たちと一緒に来ている。
街の直ぐ側の畑やヨルダン川方面と違ってこっちは他の集落もあるから念のため大勢で行動するのだ。
まあ、他の集落の人間と遭遇することはほぼ無いけどな。
俺は落ちていた手のひらよりちょっと大きな葉っぱを拾い上げて目の部分に穴を開けてそれを顔の前にかざしてアイシャに声をかける。
「アイシャー」
アイシャは首をかしげていう。
「だれー?」
俺は葉っぱのお面をはずす。
「父さんだぞー」
アイシャが喜んでいった。
「とーしゃだー」
そしてもう一度葉っぱのお面で顔を隠す。
アイシャは不思議そうに言う。
「とーしゃいなーい」
もう一度葉っぱのお面を外す。
「とーしゃだー」
そしてアイシャが小さな手で葉っぱをとって顔を隠した。
俺はそれに乗っかる。
「アイシャどこだー」
アイシャは答える。
「あいしゃいなーい」
「アイシャどこだー」
アイシャは葉っぱを顔から外して言う。
「あいしゃここー」
「おー、アイシャーいたなー」
そんなことを俺たちがしている間に息子を背負ったリーリスはオークのどんぐりやピスタチオやヘイゼル、クルミなどを拾い上げていく。
「あなた達、遊んでばかりいないでちゃんと拾わないと駄目でしょ」
俺とアイシャは顔を合わせた。
「すまん、じゃあ拾おうか」
「めんしゃー、ひろうのー」
俺たちも地面に落ちたどんぐりやナッツ類を拾い始めた。
これらは春に穀物や豆が収穫できるようになるまでは大事な主食になるからな。
こういった雑木林や果樹林に対しては俺たちは特に手を入れていない。
しかし自然は毎年秋に豊富な恵みを与えてくれる。
「大地の女神様に感謝だな」
「かんしゃなのー」
麦や豆、野菜などの農業も種まきと収穫以外はほぼ放置の自然栽培だからそんなに重労働ではない。
むしろ収穫した後のアク抜きや製粉のほうが大変だ。
しかし農業はどんどん手間がかかるものになっていくのは効率を求めるようになるからだな。
そして最大限の収穫量を毎回得ることを求めて行くことで凶作の時に餓死者を出したりするようにもなった。
それを考えると農業などの効率を良くしてゆくことが必ずしも良いことではないのではないかとも思うのだ。
その他のこと、たとえば鉄製の斧は石の斧よりもずっと効率良く樹木を伐採できる。
しかし鉄は作るために燃料をたくさん必要するので森林をあっという間に破壊してしまう。
そうやって自然を破壊してしまう技術を発展し続けた姿が21世紀末の地球の姿だ。
そして22世紀の末にはどうなっているのは分からないが、おそらく人類は衰退しているだろう。
別に妖精さんが代わりに勢力を発達させてるということはないだろうけど。
進化の袋小路は滅亡につながる。
それを考えると土器などの技術の発展をうながしたしたのはもしかしたら良くなかったかもしれないな。
「とーしゃこわいかおー」
「お、おお、怖い顔だったか?」
「あい、こーんなになってた」
アイシャしかめっ面をしてみせた。
「そうかそれは良くないな。もっと笑っていないとな」
「そーなの、わらうのがいーの」
アイシャはウンウンと頷く。
まあ俺が考えたところでどうにかなるものでもないし、今はこの時代でのゆっくりゆったりした生活を満喫しようか。
「とーしゃ、だっちょー」
「よーし、だっこだな」
そう言って足に抱きついたアイシャを俺は抱き上げる。
子供は体温が高いのも有ってポカポカするな。
本当にこの子にとって良い未来にしてあげたいものだ。
そしてアイシャを抱っこしていたら疲れて寝てしまったので俺はアイシャを背中におぶさり直した。
「うふふ、疲れたのかしら」
リーリスはそう言って笑ってる。
「きっとそうなんだろうな」
俺は背中で寝息を立てるアイシャを起こさないようにしながら、リーリスや他のエリコの住人たちと一緒に街へ戻っていった。
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