第83話 木の実をたっぷり食べて肥えた秋の猪は美味しいぜ
さて、今日も俺たちは森に入って木の実、どんぐりやナッツ、あるいは栗やフルーツなどの採取をしている。
とはいえ今日の俺は弓を携えて、背中には矢筒を背負って周囲の警戒にあたっているので採集はできないがな。
エリコの周囲は森林が散在する草原が主な森林ステップ地形で森林の外側は背丈の低い草が生い茂る草原だ。
この森に存在する常緑性のカシと落葉性のナラの木の実が共にドングリと呼ばれるものだな。
で、こういったドングリなどは、周期的に2年から5年ほどの周期で凶作と豊作を繰り返す。
その原因は天候・樹木の栄養状態・樹木の戦略などが考えられているが、単一ではなく、困ったことにこの現象は広範囲の樹木で同調しおよそ一つの森全体で同期する。
そうなる原因は色々あるようだが一つは、種子を生産することにより樹体内の養分を消費するため、その回復を待つためではないかと言われていて、肥料を与えると着花数が増加し、豊作と凶作の差が小さくなるらしい。
また、高温や乾燥が花芽の分化を促すので高温で乾燥した夏の翌年には、開花・結実が多くなるといわれている。
このあたりは現状のエリコの周辺では余り問題はないな。
しかし寒冷化したヤンガードリアス期にはドングリがならずに、違う集落の人間が鉢合わせして木の実を奪い合うようなこともあっただろう。
だから念のため弓矢で武装した人間や犬を連れてきているわけだな。
ちなみに俺の家には犬、正確にはオオカミが大嫌いなロバのために犬は飼っていないので、犬は借りているけどな。
また森の中には様々な生物が住んでいるが、その中には危険なものもいる。
イノシシや家畜となる牛の野生種であるオーロックス、アカシカ、現代では絶滅しているアジアゾウ、蛇、鳥、リス、サル、ツキノワグマにオオカミ、ジャッカル、ライオンなどもいる。
肉食動物であるオオカミ、ジャッカル、ライオンなどは出逢えば危険が大きいが基本的に夜行性で昼間に出会うことはほぼ無い。
ツキノワグマも基本は夜行性なので昼間に出会うことは少ない。
なので昼間に出会うと危険なのは昼行性の猪とオーロックスだな。
猪やオーロックスが昼行性なのは夜行性の肉食動物を避けるためなのだが、人間とばったり出会うと襲いかかってくる場合もあるからな。
まあ、イノシシは本来、臆病でおとなしい動物であり、通常は人と出会ってもイノシシの方から逃げることのほうが多いんだが。
イノシシが森に住んでいるのは食べるものが木の実やイモなど森の中にあるものが多いからだが、森の食べ物が十分ではない時期には草原に出てきて穀物の種やミミズ、昆虫の幼虫などを食べるときもある。
こういった性質から森から出てきた子供のイノシシであるうりぼうが人間の残飯を漁っているうちに餌付けされて豚になったらしい。
しかもイノシシの家畜化はアジアと欧州それぞれで別々に行われている。
アヒルの家禽化もアジアと欧州、さらにはアメリカでもそれぞれで行われているがこういった例は珍しく、犬もかつてはそうであると思われていたが犬の場合はアジアで家畜化されたものが広まったらしい。
それはともかくイノシシは子供のうちに残飯をあさることを覚えると人間には割と簡単になつくんだよな。
イノシシが家畜化されたのはヒツジやヤギと同程度には古く、1万年前には家畜化され豚は出現していたが、ヒツジやヤギと違い長い間さほど重要視はされていなかった。
その理由は豚はヤギやヒツジにように乳を利用することが基本的に出来ない上に、木の実・イモ・穀物など食べるものが人間と重なるものが多いからでもあった。
なので現状ではエリコでも豚を飼っている家は殆どない。
もっとも豚はわりと何でも食べるので、捨てられている残飯を食べて、普通に育ったりはするがな。
いわゆる四大文明ではメソポタミアとインドでは下水道が発達したが、エジプトと中国では発達しなかった。
エジプトは基本乾燥しているので大便を乾燥させてしまえばその処理に困らなかったからだろうが、中国の場合は豚や狗に大便を食べさせていたからだ。
まあ、その肉は臭くてまずいので中国では豚肉や狗肉は安い最下級の肉だったんだけどな。
それはともかく豚の飼育数が増えるのは農業が本格化して麦などで一年の食料を賄えるようになって、アク抜きの手間がかかるドングリが食べられなくなり、それを豚に与えることができるになってからのようだ。
そうやってどんぐりをたっぷり食べた豚は屠殺された後、塩漬けあるいは燻製にされて冬の間の貴重な食料になった。
まあそんなわけで俺たちは森の中で採取に勤しむエリコの集落の人間の周囲に位置して、警戒をしていたのだが突然犬がグルルと唸り声を上げた。
「ん、何かいるのか?」
よく見ると、イノシシが木の根っこのあたりを牙で掘り返しているようだ。
猪突猛進にこちらへ突撃されても困るので、俺は犬にイノシシを足どめをさせつつそれを矢で仕留めた。
これで今日は猪の肉が食えるな。
「よしよし、よくやってくれたな」
狩りを手伝ってくれた犬をなでて褒めてやる。
それから手早く血抜きのため頚動脈を切ってイノシシの足に縄を縛り付けて森の中の泉にそれを投げ込む。
森林ステップの森林が維持できているのは湧き水の湧泉があることが理由でもある。
そして先程イノシシが掘り返していた場所を見に行く。
イノシシは木の実を主に食べるがイモを掘り出して食べることもあるからな。
掘り棒で軽く掘ってみると、そこから出てきたのはイモではなく白いジャガイモのような丸っこいキノコだった。
「これは白トリュフか」
トリュフはヨーロッパから中近東あたりで算出されるが、必ずしも単一のキノコのことではなかったりもする。
そしてトリュフは外菌根で、菌糸が根の細胞壁の内側に侵入しない共生的な関係を持つキノコである。
日本で知られているキノコだと松茸などもそうだな。
この手のキノコは人工的な栽培が難しく、現代でも数を増やすのが難しいため高価だったりするものが多い。
トリュフはまさにそういったキノコの代表的なものだ。
トリュフは地下に生えて居るのでフランスでは豚を、イタリアでは特別な訓練を施した犬を探すのに使うが、豚は頑固でいうことをきかず、見つけたトリュフをたべてしまうので扱いにくいらしい。
犬の場合はそういうことはないが、トリュフの匂いを覚えさせ、ペーストをぬったボールをとってこさせる訓練をし、やがてボールを土にうめ、かすかな匂いで探せるようになると野外実習につれだすということを繰り返すため見つけることができるようになるまで数年かかるという欠点がある。
またトリュフはヒツジやクマ、オオカミ、ヤマネコ、シカ、キツネ、リス、ネズミなども好物としているらしい。
無論、それらの動物は犬のようにいうことを聞くことはないので、トリュフを探すには役にはたたないらしいがな。
豚や犬以外ではトリュフにくるハエの後を追っかけて探すという方法が使われてたころもあったらしい。
このハエはトリュフの匂いに敏感で、土に卵を産み、卵から孵化したうじ虫は深さ10~20センチ下にうもれたトリュフにたどりつき、きのこにもぐりこんで大きくなって、きのこがくさる頃には蛹から成虫になって飛んで出る。
この時、キノコの胞子はハエの体にくっついて運ばれ、その生息域を広げるわけだがトリュフの匂いはブタを呼ぶためではなく、ハエを呼ぶためのものらしい。
ただ、この匂いは豚のオスのフェロモンとも似ているので、メス豚がオス豚を探している最中にトリュフを嗅ぎ当てちゃってるだけだそうだがな。
イノシシの発情期は本来12月から2月ごろの冬なので秋口ではまだオスも発情期に入ってはいないはずなんだけどな。
まあともかくきょうは木の実をたくさん食べて、まるまる肥えたメスのイノシシと白トリュフが食えそうだ。
イノシシ肉は低温でじっくり熟成したほうがうまいんだが、今回はそうも言っていられないので普通に肉をカットしてバターを載せ、パン焼き窯で木炭を使って比較的低温でしっくりローストすることにする。
そうすると硬い肉もトロトロの、柔らかい肉になり、そこへスライスしたトリュフを載せて少しだけ炙ればめちゃウマの肉になる。
ちなみに白トリュフはバターのような強い香りはするが、味はほとんど無く、マッシュルームに近い食感だったりする。
あとは骨を煮込んでダシを取り、イノシシの肉と一緒にトリュフや栗を煮込んでもみた。
「うーん、めちゃくちゃうまいな」
ローストしたイノシシ肉を食べた俺がそう言うと、イノシシ肉のスープを食べているリーリスも言う。
「こっちも美味しいわ」
そしてロースト肉を食べたアイシャも笑顔でいった。
「おいちー」
リーリスにスープを飲ませている息子も嬉しそうにしている。
秋の味覚を堪能できてよかったな。
なお、たっぷり肥えた猪の肉は俺たちの家族だけで食べ切れる量ではないので、残りはある程度熟成させた後、保存できるように一部は塩漬けや干し肉にして、残りは犬を借りた家の家族におすそ分けした。
こうしてお互いに支えあうことができるのが集団の最大のメリットでもあるからな。
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