第77話 洗濯は大変なんだよな
さて、この時代のこのエリコには機械などは当然だが基本的にはない。
俺が持ち込んだスマホは依然として使えるのは謎だけどな。
とはいっても最近ではスマホもあまり使ってはいないけど。
俺がこのエリコの生活に馴染んでしまったのもあるし、必要以上に技術をすすめるのも良くないと思うからだ。
陶器などの焼き物や金属の精製は広く出来るようになれば確かに便利にはなるんだが、その結果として燃料を大量に必要とするため、森林資源が貧弱な西アジアでは土地の豊かさを一気に失う可能性がある。
特に現状では雨量が減って森林も減っているからなおさらな。
緑が失われた乾燥地帯を緑化するのは大変なのだ。
新約聖書の時代にもエリコやヨルダン川周辺は出て来るが、見渡す限りの荒野が広がっているという情景が多い。
これは西風が山を超える際に湿った空気を雨雲にしてしまい山を越えた先には乾いた風が吹き付けるからだな。
森林ステップでは木を切り倒してしまうと保水力が簡単に失われてしまい、そのため木材を使いすぎれば森はすぐに失われてしまうということなのだろう。
だから俺は鉄や銅の精製技術には手を出していないのだ。
流石に炻器の壺があるとないとでは水や料理に関する生活の便利さに差が出すぎるので炻器はつくったけどな。
だからエリコには不自然な香りはない。
家は日干しレンガなので泥のような土にような臭いがするし、家畜の多くは濡れるのを嫌がるので獣の匂いもする、ビールやパンなどを発酵させたときの独特の発酵臭もするが別にそれは嫌なものじゃない。
21世紀における日本では色々な匂いについて神経質すぎるし、それをごまかすために化学的に製造した香料を使いすぎだとも思うのだよな。
柔軟剤などの臭いもちょっと強すぎだと思うときもある。
そんなことを考えつつ今の俺たちは家族で小川の水で服の洗濯中だ。
人間が衣服を身に着け始めたのは7万年前と言われていたが、12万年以上前まで遡る可能性も高いらしい。
最初は動物からはいだ皮をそのまま身につけていたため腐ったら捨てるだけだったので洗濯は行われなかった。
しかし、亜麻や麻、あるいは樹皮や草などの植物から繊維を取り出し糸をより、それを編んで、あるいは織って布を作る方法を考え出すと、簡単には腐らなくなり耐久性のある服を作ることを可能にしたが、糸や布から服を作るのには大変時間がかかり、それによって洗濯をする必要性も生じた。
「さて、たまには服を洗わないとな」
もちろんこの時代には洗濯機も洗剤もないし、盥も洗濯板も石鹸もない。
だから川の水に衣服を浸して、川の水の中で衣類をこすったり、そこら辺にある大きな石に叩きつけたり、足で踏んだりして、汚れを落としている。
人間にとって行きていくために水は絶対必要なんで、小川や池などは、人々が集まって衣服を洗う場所としても機能した。
基本的にこれでも泥汚れや染み込んだ汗はだいたい落とせるが、汚れが酷いときはシャボン草の汁や石けんを使う場合もある。
「そうね、ちょっと臭いがひどくなってきたものね」
「あらうのー」
「あー」
リーリスやアイシャも自分の服を川の水の中に入れてこちょこちょもみ洗いをしている。
息子は川に落ちたら危ないので、リーリスが紐でくくりつけて背負ってるけどな。
「アイシャは川に落ちないように気をつけろよ」
「あーい、だいじょー」
暑い時期ならむしろ水浴びしながらついでに服も洗うというのもいいんだけど、最近は少し涼しくなってきたからなな。
ちなみにこの時代においては衣服の洗濯はちょっと汗臭くなってきたらこうやって水で洗う程度だ。
この時代衣服を一着作るのも大変だし、洗濯のために水で濡れた布を振り回したり踏んづけるというのは重労働なんでな。
しかし、俺たちは複数の衣服を作る余裕があるだけまだいいほうだ。
21世紀の日本では服は毎日洗う人間が大半だろう。
衣服を何着も持ってるのは当然だし、洗濯も洗濯機に放り込んで洗剤を入れてスイッチを押せばそれで脱水までしてくれるしな。
しかし、なんと中世ヨーロッパでは季節ごとに1つの服装しか持たなかった者が多いので、一人が全部で3もしくは4着の服しか持っていなかったりする。
なので下着はともかく上着の洗濯は季節の変わり目に1回、もしくはしないでブラシで埃などを落として、洗濯しないで着続けたりした。
西洋の衣服はウールが基本だったので水につけると縮んで着られなくなってしまう事が多いからからだな。
ちなみに灰を水中で沸騰させることによって作られる灰汁も石けん代わりに使われたし、古代ローマでは公衆トイレの便器から尿を採取し、数日間放置して発酵させアンモニアを濃縮したものを洗濯に使ったが。
まく古代のローマ人は頻繁に洗濯も入浴もしていたらしいけど。
ウールについてはドライクリーニングの技術ができるまで同じような状況が続いたらしい。
「流石に洗濯無しで毎日ずっと同じ服を着続けるのはちょっとだよな」
「ちょっとー」
「それはほんとにちょっと嫌よね」
アイシャは意味はわかってないだろうけどウンウン頷いてる。
リーリスも苦笑しながら頷いた。
俺たちが夏に着てる亜麻はそれなりに水に強いから洗濯しても問題はない。
毛皮や毛糸はそういうわけにも行かないんで、かびたりしたら毎年作り直したりしてるけど。
毛皮の材料自体はガゼルなどからたくさん取れるんでそんなに問題はなかったりするし、毛糸も最近はそれなりに取れるし肌に直接身につけることは少ないしな。
汚れが落ちたらぎゅと水を絞って川原の石の上において干す。
「後は乾くのを待つだけだな」
「まつのー」
「まあ、そのうちに乾くでしょう」
もみ洗いや脱水のために手で絞ったりするのは結構疲れるので草の上にゴロンと横になる。
今は乾季なので雲もほとんどなくて風が心地良い。
21世紀のように何かに追われるように働くのではなく、食べ物の入手などに手間ひまをかけているわけではないからのんびり過ごせるのだ。
「とーしゃーおきてー」
「ありゃ、すまん寝ちまってたか」
「おきたー」
「もうそろそろ帰らないとね」
アイシャがバンザイして、リーリスが苦笑しているがどうやら眠ってしまっていたらしい。
リーリスは寝ないで息子をあやしていてくれたようで本当すまん。
まあ、疲れたら一眠りなんてのも普通にできるのは良いことだよな。
21世紀の日本じゃあこうは行かない。
「そろそろ乾いてるかな」
「かわいてるー」
「ええ、大丈夫よ」
みんなで自分が洗濯した物をもって家路につく。
川の水で洗って太陽のもとで乾かしただけだが、洗濯した衣服にはぽかぽかしたお日様の臭いがするような気がした。
今日もいい一日だったな。
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