第73話 リーリムも結婚していたようなので蚊の対策をさらに進めようか

 さて、蚊帳を作ったことで、寝ている間に蚊にさされることはほぼなくなり、マラリアやその他の蚊が媒介する熱病にかかる可能性はだいぶ減らせたと思う。


 蚊という生物自体が強力な毒を持っている訳では無いが、様々な病原体を媒介するから蚊は本当怖いんだ。


 そして今日はリーリスの妹のリーリムが俺たちの家に来ていた。


「久しぶりー」


 と、リーリムがリーリスに手のひらをひらひらと振って挨拶している。


「ああ、リーリム久しぶりね。

 結婚生活は順調?」


 リーリスの言葉に俺は聞く。


「あれ?

 リーリム結婚してたんだ」


 俺がそういうとリーリムは苦笑して言う。


「そうだよ。

 一人で亜麻から糸を撚って、布も織って、衣服を縫って作ることで、私もちゃんと結婚できる成人って認められたからね」


「そうか、それはおめでとう。

 リーリムも俺たちみたいに新しい家に移ったのかい?」


「ううん,私が一番下の女だから、私はおかあさんといっしょだよ」


「なるほどな」


 日本の縄文時代では成人になるために健康な前歯を抜き取る痛みに耐える儀式があったらしい。


 同じようにバヌアツ共和国の成人式ではヤムイモのツルを足に巻きつけ、30メートルほどの木のやぐらから頭から飛び降りることなどをしたり、アフリカのマサイ族の成人式では槍一本でライオンを狩ることが成人の儀式とされていたりもした。


 そういった危険で過酷な成人儀式は多いが、大体は男のもので女の場合は必ずしもそうではなく、糸紡ぎや布織り、裁縫や調理ができるかどうかが試されることが多い。


 まあ、狩猟採集ではなく純粋な狩猟民族では男女関係なく狩猟ができることが必須なので、女でも過酷な成人儀式を受けないといけない場合もあるが、いずれにしても成人になった場合自活できるだけの生活力や苦痛に耐えられる忍耐力があるか試されるわけだ。


 現代では成人を”大人になったこと”をお祝いするだけの場合の方が多いけどな。


 何れにせよ、この時代のエリコでは成人儀礼として男は狩猟をして獲物を持ち帰ること、女は亜麻から一着の衣装を作り上げられることがクリア条件として必要で、それが出来ない場合はエリコから追い出されてしまったりもする。


 まあ、家族が養うことを認めれば一定の年齢で儀式の通過に成功しないとエリコから追放されるとは限らないが、通過儀礼をクリアできないといずれにしても大人としては扱われないんで、結婚はできないし何らかの意見があっても発言権は与えられないが。


 無論エリコ以外からきた”マレビト”に対しては必ずしもそうではない。


 俺が弓矢を使っての狩猟ができなくてももてなされたのはそれが理由でエリコ以外の知識や物、あるいはエリコの住人から遠い”血”前そのものを必要とされるからなんだけどな。


「で、あたしに子供が出来たらちゃんと助けてよね」


 リーリムの言葉に俺はうなずく。


「ああ、リーリスが身重なときとかにリーリムにはだいぶ世話になったからな。

 リーリムに子供が産まれたら乳母も必要だろ」


 俺がそういうとリーリムはうなずいた。


「そうだね、だからそのときは姉さんお願いね」


 リーリムのその言葉にリーリスは笑顔で答えた。


「ええ、そのときは任せてちょうだい」


 まあそんな感じでリーリムは俺たちに要件を伝えると帰っていった。


 リーリムが妊娠して子供を宿すようになるなら、やっぱり蚊の対策はもう少し進めたいな。


 病気は母体は平気でも胎児には深刻な影響が出る場合もあるし。


 というわけでスマホで色々と調べてみる。


 そうすると昔、具体的に言えば奈良時代から蚊よけに使われていた”蚊遣りかやり”という方法があるらしい。


 これは家の中で、よもぎの葉やだいだいや杉、松、桧の枝などを燃やし、燻した煙で蚊を追い払う方法で煙を多く出すことが良しとされ、家に煙を立ち込ませることで蚊の侵入を防げた反面、中にいる人間も煙で燻されて大変だった。


 更に木造の住宅が多い日本では火事になる危険性もあった。


 よもぎの葉やだいだいや杉、松、桧の枝などがない場合はワラやその辺の草などを燃やして済ますこともあったようだが、この方法は簡単にでき、費用もあまりかからないので明治時代に蚊取り線香が発明されるまで一般に長く利用されたらしい。


 燻しの煙は、匂いと酸欠効果で虫除けになり、樹液の強い木やハーブ系草花にも虫はよってこなかったりする。


 で、蚊取り線香に使われる除虫菊は地中海が原産地なのでこのあたりでも手に入るかもしれないと思ったのだが、シロバナムシヨケギクはセルビア・クロアチア・ボスニアと言った旧ユーゴスラビアあたりしか存在していなかったらしい。


 しかし、さらに調べてみると近縁種のアカバナムシヨケギクならば広範囲に分布しているようだ。


 アカバナムシヨケギクは別名ペルシャ除虫菊と呼ばれシロバナムシヨケギクよりも殺虫成分が少なく、現代では専ら観賞用として栽培されるが、過去には頭花の粉末をノミ取り粉,蚊取り線香,農業用殺虫成分の原料として用いていたり、茎や葉をいぶして蚊やりに用いた時期もあり、虫よけの効果があることは古くから知られていたらしい。


 完全な園芸品種には緋色の他、白やピンクの花を咲かせる’ロビンソン’があるらしいな。


 アカバナムシヨケギクの花期は5月から7月くらいだそうなのでちょうど良さそうだ。


「リーリス、蚊よけに使えそうな花を探してきたいから、またちょっと泊りがけで出かけてくるな」


 俺がそういうとリーリスは微笑んで言う。


「わかったわ。

 ついでに帰りにはお肉かお魚を取ってきて頂戴ね」


「ああ、了解だ」


 そしてアイシャが目を輝かせて言う。


「とーしゃでかけるのー。

 じゃあ、あいしゃもー」


「分かったじゃあ一緒に行こうな」


「わーい」


 ちなみにエリコにおけるキルベト・クムランへ肉を取りに行こうというブームはなんだかんだ続いているので、今も誰かしらいるとは思うけどな。


 いつものようにお泊まりに必要なものを用意して、アイシャにもカゴを持たせてキルベト・クムランへ向かう。


 増水していたヨルダン川の水も少しずつ引いてきているようだな。


 アイシャには暇つぶしついでに魚をすくわせるのもいつもと同じだ。


 アカバナムシヨケギクは寒さに比較的強く、日当たりと水はけ、風通しのよい場所が適し、乾燥しやすい砂質土壌を好むらしい。


 キルベト・クムランに到着したら早速アカバナムシヨケギクを探し見つけたものをアイシャにも見せる。


「アイシャ、これと同じものを探してくれるか?」


「わーった」


 というわけで二人でアカバナムシヨケギクを探すとそれなりに見つかった。


「それなりの量が手に入ったな」


「あちしがんばったー」


「ああ、アイシャも頑張ったな」


 そして、帰り際に魚もすくって帰り、持ち帰ったアカバナムシヨケギクの花を乾燥させ、粉末にしたあと、同じように粉末状にした木炭とナツメヤシの樹液を混ぜて練り上げていけば蚊取り線香の出来上がりだ。


 まあ、線香にできる分量は少ないんで妊婦や産まれたばかりの乳児がいる家以外は茎や葉を燻すだけで我慢してもらおうかとは思うが、これで蚊を退治することはできると思う。

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