第71話 子供はすぐに大きくなるからこまめに服を作ってやらないとな
さて、キルベト・クムランから帰ってきたあと、俺は同行していた父親たちに提案する。
「子どもたちに食わせてやりたいから、余って持って帰ってきた肉やイチゴは俺に調理させてくれないかな?」
それに対して三人は同意してくれた。
「ああ、それは構わんよ」
「お前が作ってくれる食べ物はうまいって子どもたちでも評判だしな」
というわけで俺は余りの肉とイチゴを譲り受けた。
イチゴは泉の水で冷やしておき、
俺はそれをリーリスやアイシャに試食してもらった。
「前に食べた時とは、少し肉の味が違うけどこれも美味しいわね」
笑顔で言うリーリスにアイシャもうなずいて言う。
「おいしーの」
「ん、ならよかった」
これなら子どもたちも喜んでくれるだろう。
というわけで翌日。
みんなで集まって遊んでいるときに、アイシャとアイシャの友達のマリアはキルベト・クムランへ出かけたことを楽しそうに話していた。
「あいしゃちゃん。
いちごおいしかったね」
「うん、おいしかったのー」
「そうなんだー」
ヤコブやシモンも言う。
「久しぶりに肉をおなかいっぱいいっぱいたべたけどおいしかったよな」
「ほんとうおいしかった」
それを聞いたほか家の子供が言う。
「おにくいーなー」
エリコの周りが水であふれる増水期ではガゼルなどの狩猟は無理だし、家畜を屠殺する数には限りがある。
なのでこの時期は肉はあまり食べられないのだな。
となってるところで俺は食事を持っていく。
「おーい、今日の食事だぞー」
「わーい、おにくだー」
とみんなは美味しそうにピザもどきにかぶりついた。
そして食後もデザートは冷たく冷やしたイチゴだ。
「これもおいしーね」
「そうか、僕はあんまり味がしない気がするけど」
とまあイチゴの評価はそれほどでもなかったが、肉はやはり皆美味しかったようだ。
「おじさん、もうお肉ないの?」
「あー、すまんがもう肉もイチゴもないんだ。
食べたいならならまた取りに行かないと」
「もっとおにくたべたーい」
「たべたーい」
というわけで今度はヤコブやシモンの父親が他の男の子の父親などと一緒にキルベト・クムランに行くことになった。
まあ、肉が手に入りづらい増水期に肉が食べられるというのはやはり魅力的だったらしい。
増水期にキルベト・クムランへ行くことが習慣のようになれば、大洪水の時にも少なくとも数家族は助かると思う。
それはさておいてそろそろ夏の衣服に着替える季節だ。
この時代のこのエリコ周辺で使われている衣服用の植物繊維は亜麻だ。
亜麻は世界における織物原料の最古のものの一つとされている。
そして小さな子供はすぐに体が大きくなるので、毎年衣替えの季節には新しく服を作ってやらなければならない。
「アイシャもずいぶん大きくなったからな」
其れを聞いたアイシャはバンザイして喜んだ。
「あいしゃおおきー」
ああ、本当無事に大きく育ってくれるのはいいことだ。
「じゃあ俺やリーリスと一緒にやってみるか?」
俺がアイシャに聞くとアイシャは嬉しそうにこくこくと頷いた。
「いっしょにやるー」
リーリスも笑っていう。
「あら、自分で作っちゃうの?」
「つくうー」
さて、亜麻の栽培はこのあたりが雨季になる秋に種を蒔く、亜麻は幼苗時の多湿と暑さに弱いがこの西アジアの気候に適応した植物だからな。
そして春に白い花を咲かせ、その後茎が黄色くなって種のさやが茶色くなり、種が充実してきたら種を収穫する。
この種も亜麻仁油が取れるが、亜麻糸繊維用の茎の収穫は春の麦などの収穫の前に少しでも長い繊維を取る為、一部を手で抜き取る。
そして繊維用にと抜き取った亜麻の茎は根を切り取ってまず十分乾燥させる。
そして綺麗な水に何日か漬けて、茎の軟弱で腐敗しやすい部分を腐らせて、腐りにくい繊維を取りやすくする。
そして指で繊維を摘んで弓なりに剥がれる程度に繊維が分離する状態になったら、綺麗な水でよくゆすいで表皮や腐った部分をよく取り除いて水から引き上げる。
そしたらアイシャが泣きそうな顔になった。
「やーん、くさーい」
ありゃまだちゃんと洗えてなかったか?。
「ああ、ごめんな。
服を来ている時に臭くならないように予め腐りやすいところは腐らせるんだがちゃんと腐った部分を洗えてなかったみたいだ」
アイシャがやっぱり泣きそうな顔で言った。
「くさいのやー」
「じゃあ、匂いが落ちるまでちゃんと洗うな」
アイシャはこくこくうなずく。
「あらうー」
で、腐った部分がちゃんと落ちて、繊維から匂いなどが取れたら亜麻の水気ををしぼって、天日で乾燥させる。
数日乾燥させれば完全に乾き、きれいな亜麻色になってようやく糸にできる準備ができるのだ。
そして糸にする前に木づちでコンコン叩いて繊維を砕いて茎の固い部分を破砕すれば亜麻色の繊維が残るので、櫛を通して繊維を細かくすきだしその後、紡錘で糸を巻き取りながら糸を撚り合わせて紡いでいけば亜麻糸が完成する。
アイシャが糸を紡いでいる俺やリーリスをみていう。
「たいへーん」
俺は頷く。
「ああ、糸にするのは大変なんだぞ。
だからいつも服を作ってくれてるリーリスに感謝しないとな」
そう言ったらアイシャはにぱっと笑ってリーリスに頭を下げた。
「かーしゃんあいあとー」
「あらあら、いいのよー」
アイシャがリーリスに感謝の言葉を告げるとリーリスは嬉しそうに笑った。
そんなことをしていたら亜麻糸が完成した。
紡錘が開発される前は其れこそ手で撚っていたらしいからもっと大変だったはずだけどな。
「できたー」
「できたわね」
「ああ、できたぞ」
といってもこれはあくまでも糸を作れたと言うだけだからここから更に布に織っていかないといけない。
垂直織機と呼ばれる二本の棒の天辺に水平に渡した棒からたくさんおもりを付けた経糸を垂らしたものに横糸を手で交互にくぐらせていくわけだがこれはとても大変なのだ。
でも子供には楽しそうに見えるらしい。
「わちしもやうー」
リーリスが笑ってアイシャに糸を手渡した。
「あらあら、じゃあ手伝ってもらおうかしらね」
こういった単純で根気がいる作業というのは男性には向いていないので基本女性の仕事なのだな。
「えーい」
縦糸を交互にずらしながら横糸を通していく作業をアイシャは楽しそうにやっている。
やっぱり初めてやることは楽しいんだろうな。
「できたー」
「できたできた、えらいぞ」
「あいしゃえらーい」
布ができたら後はアイシャの背丈に合わせて布を切断し前後の布を首や腕が出る部分を除いて縫い合わせてやれば服の完成だ。
まあ流石に其れをやるのはリーリスだけどな。
「はい、できたわよ」
「ふくできたー」
真新しい白いリネンの服に嬉しそうに着替えるアイシャ。
「どかなー?」
「うん、可愛いぞ」
「ええ、とっても可愛いわよ」
「あいしゃかわいー」
そうやってバンザイするアイシャはやっぱりかわいい。
リネンで服を作るのはかなり大変なのだがアイシャが嬉しそうだからその大変さも楽しさに変わるというものだ。
ちなみに息子はアイシャが使っていた奥の部屋に吊るされている服を着るんだけどな。
息子の体型や体格がアイシャと大きく変わってきたら、息子専用に服を作るようにはなるだろうが、それは当分先の話にはなりそうだ。
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