第70話 キルベト・クムランへエリコの住人をつれていくことにしたよ
さて、キルベト・クムランへ俺とアイシャは無事到着し、飲料水などの確保と寝泊まりできる洞穴があるので避難場所として使用が可能なのは確認できた。
現代の写真だと乾燥しきった場所でとても水が確保できるようには見えなかったので一抹の不安があったんだが、杞憂で済んでよかったぜ。
まあ、キルベト・クムランでは最低限でも数十人、最大で何千人かが住んでいたと言われ、なおかつ教義によって販売経路で異邦人の仲買人が仲介したり、不用意に異邦人が触れたりして汚れることがないように、自前でオリーブや小麦などを栽培するなど、自給自足生活をして「きよい」食物を生産して生活の糧とした。
その他、旧約聖書の複写をするための羊皮紙やペン、インクに衣類などもすべて自給自足していたはずなので羊を飼ったりもしていたはずだ。
最盛期には3000人の集団が生活していたという説もあったが、ベングリオン大学のダニエル・ベインスタブ博士が、19世紀に発見された、エジプト、カイロのベン・エズラ・シナゴーグのゲニザ(古くなった文書を集めた場所)にあったダマスカス文書から、なぜ死海写本がクムランにあったのかが明らかになったと発表した。
それによると、死海写本がたくさんあったのは、各地にいたエッセネ派が、旧約聖書の写本を年に一回クムランに持ち寄るイベントがあったらしい。
何れにせよキルベト・クムランには大きなキッチンがあり、多くの信者が食事をしても間に合うようにはしていたようだ。
更に敷地内には、かなり多数のミクベ(沐浴所)もあるので沐浴も大人数でも可能になっていたらしい。
それだけの施設があるなら水の確保は当然必須だったろう。
そしてクムランに住んでいた数十人から数百人が、必死で多くの巡礼者の接待を務めていたと思われるらしい。
まあ、一時的とはいえ何千人か分の食料をなんとかできるならエリコの住人が避難してしばらく住むことも可能だろう。
とはいえキルベト・クムランは現状のエリコよりは漁猟や牧畜がしにくいのは間違いないので、積極的に移住を進めるほどではないが、少し暑いときはクムラン川の小さな浅いプールで水浴びをしたりするのは気持ちよさそうだな。
問題はエリコの住人にどうやって場所を教えて、作物を作ったり、料理を作る施設などを作るかなんだがな。
そう思っていたが場所については意外とあっさり解決した。
それはみんなで集まって遊んでいるときにアイシャがアイシャの友達のマリアにキルベト・クムランへ出かけたことを楽しそうに話したからだった。
「あいしゃちゃん。
なにかたのしいことあったの」
「うん、とーしゃといっしょに、おしおのおみずがあるほうに、のめるおみずのあるばしょをさがしにいったのが、とってもたのしかったのー」
「そうなんだー」
「でね、あちしがさかなをすくって、それをとーしゃがやいてくれて、いっしょにたべて、よるはとーしゃといっしょにおあなでいっしょにねたのー」
「それはたしかにたのしそうだねー」
そしてマリアが言う。
「わたしもいってみたいなー」
そしてアイシャやマリアと仲の良いヤコブやシモンも言う。
「僕もいってみたい!」
「僕も!」
まあ、こういうことは女の子より男の子の方が興味があるだろうな。
男の子は秘密基地的な隠れ家とか好きだし。
「あー、じゃあまずお父さんとお母さんを呼んできてくれるか?
二人が連れて行っていいと言ってくれて、お父さんがついてきてくれそうならみんなで行こう」
「わかりましたー」
「わかった!」
「わかったよ」
というわけで彼ら彼女は両親を連れてきたので俺はキルベト・クムランへ親子で泊りがけで出かけることができるか聞いてみたがみんな賛成してくれた。
まあ、今の時期はエリコは水に囲まれて、やれることもあんまりなくてわりと暇だしな。
そうしたら俺は前回持っていったような、水のたっぷりはいった水瓶にそこから水をすくって飲むためのカップ、硬めに焼いたパンとチーズ、魚をすくうためのタモ網、地面に敷くためのものと体にかけるための薦か毛皮、野いちごを積むための籠、ノヤギを狩るための弓矢に石器のナイフといった道具とそれらを入れられる背負籠を一通り用意するように言って、明日の朝、俺の家の前に集まるように伝えた。
翌日は楽しそうなマリア・トマス・シモンとちょっと苦笑している父親が皆やってきたので、エリコの外の水の上を出発する。
ある程度移動したら昨日と同じようにひましてるアイシャに俺は言う。
「アイシャ、今日も水に落ちないように気をつけながら魚をすくってくれるか?」
「わあったー」
アイシャの暇つぶしついでに小魚をすくわせると他の家族たちも同じように子どもたちに魚をすくわせ始めた。
そして乾季には枯れて
他の家族も同じように子どもたちをおろしたのを確認したら、谷底をアイシャと手を繋いで歩いていく。
そしてチョロチョロと水が流れ始め、緑が見え始めた。
「あー、そうしたらここからは野いちごを探しながら進もうか」
ベスカのような野生のオランダイチゴはこの時代でも存在する。
もちろん現代のイチゴのように甘くて美味しいわけでは無いがそれなりに味や栄養はある。
そして楽しそうに答えるのはマリアとアイシャ。
「はーい」
「わーったー、いちごさがすのー」
二人はウキウキと野いちご探しを始めた。
「あ、俺はアイシャと一緒に野いちご探しをするから、残りで
俺がそういうと、トマスとシモンの父親がうなずいた。
「わかった」
「任せておけ」
そして子どもたちは応援だ。
「とーちゃんがんばれー」
「まけるなー」
やがて二人は
俺とアイシャ、マリアとマリアの父親も野いちごを探して摘んでは籠に入れて、枯れ枝も拾い集めていく。
岩山の山肌から水が吹き出して滝になっているところで水瓶に水を入れて飲水も補給する。
少し休憩したあと、昨日もやった少し開けた場所で弓切り式火起こし器を使って火を起こし、魚や
やがてそれらに火が通るとなんとも言えぬいい香りが漂う。
「そろそろ肉や魚に火が通ったかな、ほれアイシャ。
熱いから気をつけて食べろよ」
「あーい」
アイシャが肉をうまそうに食べている。
おれも魚を食べつつ、用意してきたパンやチーズに野いちごも食べ水を口にする。
今日は昨日よりは時間的に余裕もあるので俺は提案してみる。
「俺の知ってる踊りをみんなで踊らないか?」
子どもたちはすぐにくいついてきた。
「おどるー」
「もちろん!」
そして苦笑しながら大人たちも賛成する。
俺の知ってる踊りというのはキャンプファイヤーでは定番のマイムマイム。
マイムはヘブライ語で水で、ミィマイムベサソンは水が出て嬉しいなという意味。
元々これはイスラエルの歌と踊りだ。
「水だ水だ水だ飲める水があって嬉しいな!」
「水だ水だ水だ飲める水があって嬉しいな!」
とみんなで輪になって手をつなぎ、焚き火の周りを回るだけでもなんとなく楽しいものだ。
それから踊り疲れて日も沈んできたら丸めてあった薦を持って近くの洞穴へとそれぞれ向かって皆で寝た。
そして翌日明るくなったらエリコに帰るため荷物をまとめ、残りの肉やパンとチーズで食事を取り、船のところまで戻ると俺たちは船でエリコまで戻った。
「只今戻ったよ」
「もどったのー」
「戻ったぞー」
「もどったー」
というわけで今回は他の家族も連れていき、場所を教えて狩猟や採集で食料を確保できるかも試したが、これも問題はないと思う。
とはいえ、水が引いたときに陸路でたどり行けるようにもしないといけないかな。
まあ、集まって遊んでいる他の子供達にも同じようなことをやったら流石に疲れたけど、それなりの人数の家族にキルベト・クムランの場所を教えられたのは良かった。
次はエリコの周りから水が引いて、気温も高くなったら子どもたちが安全に水遊びできる避暑地として使ってみようか。
そのときにはパンを焼く釜も持っていきたいけどな。
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