第63話 ほうれん草のアク抜きのためにタジン鍋を作ってみたよ

 さて、珍しく雪が降った冬が明けて春になると草花が花開き始める。


 このくらいになると晴れた日には野菜を収穫したり、野草を摘み取ったりとちょっと忙しくなるんだな。


 そして俺達は今野菜畑に来ている。


「おー、ちゃんと育ったなー」


 去年の秋に植えたにんにくや玉ねぎ、ほうれん草などの野菜がすくすく育ってそろそろ収穫できるかなという時期だ。


 一度積もるくらいに雪が降ったことも有って被害が出るかもとちょっと心配していたんだがどうやらちゃんと育ったようだ。


 俺たちは野菜やパースレイン・クレソンのような食べられる野草を摘み取った。


「そだったー!やったー!おー!」


 アイシャが俺の真似をしてバンザイしてる。


 俺がやってるなんか楽しそうなことはすぐにアイシャは真似するのだ、うん、可愛いな。


 そして花の間をひらひらと蝶が飛び交っているな。


 蝶や花蜂は花の蜜を吸う代わりに花粉をその体につけて他の花に付け回してくれる花にとってはとても大事な存在だ。


 他にも蛾や食肉蜂、甲虫、蝿、虻、蟻なども花粉の媒介になることはあるが蝶や花蜂ほどは確実性がないらしい。


 また、昆虫以外に動物を離れた場所への花粉の媒介の媒体として利用する例としては、ハチドリのような鳥を使う鳥媒花、フルーツコウモリを使うコウモリ媒花などもあるが全体としては蝶や蜂などの虫媒が最も多いらしい。


 こういった花と昆虫たちはお互いにメリットが有るように進化してきたらしいな。


「アイシャ、あれ何かわかるかー」


 俺は蝶を指し示してアイシャにきく。


「んーとね……ちょうしゃん」


 首を傾げてしばらく考えた後アイシャはニパッと笑っていった。


「おう、蝶だな、ちゃんと覚えてていて偉いぞ」


「あいしゃえらーい」


 ふんすと胸を張るアイシャ。


「ほんと、ちゃんと覚えてえらいえらい」


 リーリスがニコニコしながら言う。


「じゃあほうれん草もちゃんと食べられるかな?」


 にっこり笑ってリーリスはアイシャに言うがアイシャは渋い顔だ。


「にがーのやー」


「あらあら、困ったわねぇ」


 そう言いながらにんにくやほうれん草を収穫しつつ苦笑しながら言うリーリスだが、この時代のほうれん草は21世紀のものよりもあくが強くてエグみも強い。


 この時代は調味料も殆ど無いから味付けでごまかすのも難しい。


 栄養満点のほうれん草なのだが上手くあく抜きをしないと「えぐみ」が残るし、「えぐみ」を十分取るために時間をかけてあく抜きをすると栄養が壊れたり逃げてしまうのが困ったものだ。


 しかし、ちょっとスマホで調べてみればどんな風にあく抜きをしたらおいしく栄養も逃さずにほうれん草が食べられるのかわかるかな。


 で調べたんだけどエグミの元はシュウ酸と呼ばれるものが原因でシュウ酸を取り除くためには加熱によるあく抜きが必要になると言うのは間違いないようだ。


 で、一般的にほうれん草のアク抜きはたっぷりのお湯に一つまみの塩を入れて1分から2分ゆでる。


 しかし水で茹でると水溶性のビタミンやカリウムなどの栄養素が水に溶け出して失われてしまう。


 さらに、うまみや甘みも水に溶けてしまうらしいので色々もったいない。


「加熱すればアクはある程度抜けるらしいな」


 21世紀だと電子レンジでチンするのが一番手早いようだが、当然ながらそんな便利なものはない。


 蒸すのでもいいようなんだが、残念ながら水の少ないこの地域には蒸すための調理器具はない。


「となると作るしか無いか」


 そういえば21世紀では、一時タジン鍋が流行っていたっけ。


 タジンは北アフリカ地域の鍋料理で、タジン鍋はその料理の際に使われる陶製の独特な形状をした蓋を持つ土鍋のこと。


 背の高い三角コーンのような形の蓋が特徴の独特な鍋を使い、羊肉か鶏肉と、香辛料をかけた野菜を煮込んだシチューのようなもので、モロッコやアルジェリアなどで食される。


 このタジン鍋の優れた所は料理の際に水がいらない所で、鍋の蓋の上は細く、底の部分は太くなっていて、円錐形の蓋の上部の狭い空間は対流が起こりにくく、温度が低いため食材に含まれる水分が加熱され水蒸気となっても、冷たい蓋の上部で冷やされて結露し、水滴となって下へ戻るようになっているのだがこれは蒸留器と同じような原理だ。


 これによって蓋と鍋の隙間に常に水が存在するウォーターシールが形成されて、鍋と蓋は密閉状態となり、料理の香りが飛ぶのを防いで風味と水分を逃さない、蒸し焼きに最適の条件が得られるのだな。


 アフリカ北部のモロッコやアルジェリアでは、飲料水や油は非常に貴重だったため、食材の水分だけで調理できるタジンは作られたらしい。


 更に高さのあるフタは、下の鍋が浅くても、野菜を盛り上げて収めることができ、その野菜を蒸すことで野菜のかさがかなり減るので、特に葉野菜は多く食べられるようになる。


 また加熱時に使用する水分が少ないため、水溶性のビタミンやミネラルが煮出されての損失が少なく、熱の通りが良いので油の使用も控えられる。


 そのような理由で一時期タジン鍋ブームが起こっていた、もっともあっという間にブームは終わったけど。


 ただしタジン鍋は基本的には素焼きの土鍋なので、直火で調理していると割れることもある。


 たとえば土鍋で米をたくときなども注意しないといけないのだが、土鍋は強く加熱すると簡単に割れてしまうから注意が必要なのである。


 割れないようにするには、土鍋の底に水気がないことを確認してから使うこと、熱い土鍋を急に冷たい所に置いたり、水に浸けたりしないこと、毎回の使用前に30分ほど水に浸して水分を吸収させてから弱火で使うようにしたりすることも大事。


 鉄器などの金属製であれば、取り扱いに気を使う必要はないのだけどな。


 電子レンジ用にシリコン製のものも作られたが、もちろんこの時代に電子レンジでの加熱を前提としたシリコン製のタジン鍋を作っても意味はないしそもそも作れないが。


 どちらにしろタジン鍋では弱火でじっくり調理するのが基本で、火が強すぎると吹きこぼれたり、蒸気の圧力で蓋が外れたりもしかねないし、食材の水分だけで調理できると言っても実際は水分の加減がかなり重要で、少量の水を足したほうが良いことも多い。


 蓋の部分の結露の状態を直接目で見て火加減や水の量が調節できるように、蓋が耐熱ガラス製のものもあるんだが、それもこの時代に作るのはやはり難しいんだよな。


「とりあえず試してみるか」


 タジン鍋は形状は特殊だが炻器で鍋や水瓶を作ることにはなれているので自分で作ること自体は難しくはない。


 タジン鍋に玉ねぎとほうれん草、パースレイン・クレソン、それにガゼル肉を入れて、弱火でじっくり加熱してみた。


 15分ぐらい加熱して蓋を取れば十分加熱されてるっぽい。


「よし食べてみるか」


 ほうれん草や玉ねぎもパースレイン・クレソン、そしてガゼル肉もうまく火が通ってる。


ほうれん草のエグミなんかもだいぶ抜けて甘くなってる感じがする。


「これならアイシャも食えるかな」


 俺は蒸したほうれん草や玉ねぎ、パースレイン・クレソン、そしてガゼル肉が入ったタジン鍋を運んでいく。


「アイシャ、多分大丈夫だから食べてくれるかい?」


 アイシャは渋い顔だ。


「やーなの」


 まあ、そうなるか。


「じゃあ先に俺とリーリスが食べて見るよ」


「あら私も巻き添え?」


 リーリスは笑いながらそう言って蒸したほうれん草を口にした。


「あら、意外と甘くて美味しいわねこれ」


「だろ?」


 俺達が笑いながらそういうとアイシャは興味を示したようだ。


「おいちーの?」


 俺たちは頷く。


「ああ、美味いぞ」


「美味しいわよ」


「じゃあ、あいしゃもちょっとだけー」


 そう言って手づかみでほうれん草を口にするアイシャ。


 もぐもぐしてからごっくんとした。


「おいちー」


 ニコニコしながら言うアイシャ。


 うむ、タジン鍋を作るのは少し手間がかかったが、娘の笑顔のためにもレパートリーを増やすためにも作ってよかった気がするな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る