第64話 髪の毛の衛生状態を良くするために櫛を作ろうか

 さて、早春に収穫できる野菜や野草の季節からヤギやヒツジ、ロバなどの出産やアヒルやガチョウの雛が孵化したり、オオムギの収穫の季節になった。


 うちのヤギやヒツジ、そしてロバも子供を産んだので、ヤギやヒツジ、ロバの乳などが得られるようになったからそれを絞ってヨーグルトやバター・チーズのような保存が効く乳製品を作ったりもしている。


 アヒルやガチョウのひなが母親の後をチョコチョコよちよち歩いているの微笑ましいな。


 なお、泉は飲水を取るための擬似的な井戸の泉の他に、人間が顔や手を洗うためにだけ使う泉、野菜の泥を洗うための泉、家畜・家禽などが水を飲む泉にさらにわけた。


 面倒くさくはあるがこうすれば更に寄生虫の混入による病気などは減るだろう。


 それからヒツジの乳はタンパク質や脂肪分が山羊の乳より多いので飲まずに優先的にチーズやヨーグルトにしている。


 乳製品も完全栄養食の一つだから長期保存できるようにしておくのは大事だしな。


 そしてアイシャの友達のマリアの父親がヤギの親子を連れて俺のところへやってきた。


「これはうちの娘を助けてくれたお礼の気持だ。

 ぜひ受け取ってくれ」


「ああ、それは助かるよ」


「その代わりまた娘になにかあったらすぐに来てくれよな」


「ああ、わかったぜ」


 そして昔リーリスとアイシャの乳母をやってくれた女性のお母さんもヒツジを連れてやってきた。


「あんたのおかげでうちの娘も無事子供を出産して育ちも順調だよ。

 これは感謝の気持だから受け取っておくれ」


「ああ、それは助かります」


「その変わり孫になにかあったらすぐに来ておくれよ」


「ああ、それはわかってますよ」


 その他にも子供が熱を出したときに俺が行って面倒を見た親がガゼルの肉を届けてくれたり、大量にとれたイワシを捕ってきてくれた。


 もちろんその代わりに今後も子供が病気になりにくくしたり、熱を出したら見に来てくれるように言われたけどな。


 こうやって医者とか薬師、煉丹術師のような専門職というのは出来るのかもな。


 俺は村長のマリアに聞いてきた。


「俺が来る前と今では名前がつけられるくらいまで育つ子供の数って結構変わったか?」


「ええ、あなたが来る前は子供に名前がつけられるまで生き延びることが出来たのは18名程度ですが、現在では24名ほどまで増えています。

 本当にありがたいことです」


「そうかそれは良かった」


 以前は乳幼児死亡率が4割くらいあったのが2割くらいまで減ったということだな。


 やはりものを手づかみで食べる文化では、特に調理する前と食事の前、そして出産時に子供を取り上げる前に石けんでちゃんと手を洗うのは大きかったんだろう。


 乳児死亡の大きな原因であった発熱や下痢や脱水が起きにくくなるのはいいことだ。


 そして寄生虫対策というと夏場はマラリアが怖いので蚊に対しての対策もしたほうがいいかもしれない。


 何せ蚊は人間を一番多く殺してきた生物とされているからな。


 だが、マラリアを媒介するハマダラカの幼虫は、淡水湿原、塩性湿地、マングローブ林、水田、側溝、水たまりなど様々な環境に生息しているが、ほとんどの種は澄んでいて淀んだ藻類やバクテリアなどがそれなりに豊富な水を好む。


 しかし、エリコの周辺はそういう場所はあまり多くなのでマラリア被害はそこまで派手ではないのが救いかな。


 その他に吸血により病原菌や寄生虫を媒介すると言うとノミやシラミが居る。


 現代の日本だとこまめな入浴や洗髪に加えて、衣類の洗濯もこまめに行われることが普通なので、ノミやシラミは珍しくなったが、戦後ぐらいまではノミやシラミは珍しい存在では決してなかった。


 そしてこの時代のエリコでも珍しい存在ではない。


 では、どうすればノミやシラミを駆除できるかだが……当然この時代には薬局で売っているようなそういった吸血寄生虫を殺すための薬や殺虫剤はないが、ノミ取り櫛のようなものは作れそうだ。


 現代日本では髪を梳かすものとして日常的に使われる櫛だが、古来はダニやシラミといった吸血虫を除去したり、ふけやホコリといった汚れを取り払う為の衛生用品として使われてたらしい。


 もう少し詳しくスマホで調べてみると櫛の歴史はかなり古く日本では9000年前の縄文時代には存在していたようだし、西洋ではエジプトで5500年前ぐらいには櫛は存在していたらしい。


 しかし、古い時代の櫛は竪櫛といい櫛の歯を下に向けたとき幅が狭く縦長になるもので、土台になる木や骨、角などに穴を開けてその穴に細い木を埋め込んでいくものだった。


 縄文晩期では竹や細い木の棒を紐でしばり形を整えた結歯式と呼ばれるものが使われるがこちらはブラシとして発展していくらしい。


 櫛の歯を下に向けたとき幅が広く横長になり、板状の木や動物の骨に歯の刻みを入れた横櫛は鉄器が発達して細かい木工が出来るようになってから出現したらしい。


 まあ、薄い板を作るのも、それを細かく削って櫛の歯を作るのも石器だけじゃ無理だよな。


 というわけで竪櫛を作って見るとしよう。


 まず、土台になる木を作るため、適度な太さの木を石斧で断ち割ってそこへ細い木を埋め込むための穴を石切で穴を開け、その穴に細い木を埋め込んでいけるように石刃で木を削って慎重に太さを調整してガタついたり抜けたりしないようにしていく。


 結構苦労したがなんとか作り上げることが出来た。


 そして俺はリーリスに早速使ってもらうようにする。


「おーいリーリス。

 髪の毛を梳いてノミやシラミをかき落とすための櫛を作ってみたんだ。

 ちょっと試してみてくれないか?」


 俺がそういうと息子をあやしていたリーリスは首を傾げつつ言った。


「あら、それはどうやって使うの?」


「それはこうやってな」


 と櫛を横向きにして、リーリスの髪の毛を梳いてみた。


「なるほど、そうやって使うのね」


「ああ、後使っていない時は髪の毛に挿しておけば気になったときにいつでも使えるぜ」


「なるほど、それはいいわね」


 と嬉しそうに髪の毛に櫛をさしてくれた。


 そしてそれを見ていたアイシャが言う。


「かーしゃいいいなぁ。

 とーしゃ、あちしのは?」


「あーすまんアイシャの分はまだないんだ」


「ないにょ?」


 そう言って半泣きになるアイシャ。


「あ、アイシャの分も作るから泣くなって」


「わあった」


 というわけで俺はまだかなまだかな~と口ずさみながら期待した眼差しで櫛を作る俺を見守るアイシャとその様子を微笑ましげに見るリーリスに囲まれながらなるべく急いでアイシャ用の少し小さめな櫛を作り上げた。


「ほれ、出来たぞ。

 アイシャの櫛だ」


「わーいあちしのー」


 といって受け取ったアイシャは早速髪の毛を梳いた後で髪の毛に櫛をさしてみせた。


「あちしもかーしゃとおそろいー」


 と言って大喜びするアイシャにリーリスも嬉しそうに言った。


「本当に良かったわね」


「よかったー」


 そして農作業やらが一段落して、久しぶりに子どもたちが集まって遊ぶことになった時のこと。


 リーリスとアイシャは寝るとき以外は櫛を髪に常に差していたが、当然アイシャはその時も髪の毛に櫛をさしていた。


 そしてそれをみたアイシャの友達のマリアがアイシャの髪の毛に刺さっている櫛を見て言ったんだ。


「あいしゃちゃんいーなー」


「いーでしょー」


「あたしもほしいなー」


「まりちゃもほちーの?」


「うん」


 そしてアイシャとマリアは俺を見て目をうるうるさせながら言う。


「いーなー」


「とーしゃ、まりちゃにもつくってあげて」


 そう言うと他の女の子たちも羨ましそうに俺を見だした。


「あー、俺一人でみんなに作るとすごい遅くなるだろうからみんなのお父さんに作り方を教えるよ」


 というわけで、俺は村長のマリアにその許可を取りに行くが、ぞろぞろと女の子たちもついてきた。


「あー、マリア。

 俺がアイシャに作った櫛と同じものを他の女の子たちもほしいみたいなんだけど、俺一人で作ると時間がめちゃくちゃかかるんで女の子たちの父親を集めて櫛の作り方を教えてもいいか?」


「なるほど、わかりました。

 しかし、それは本来なんのために使うものなのですか?」


 村長のマリアがそう聞いてくるので、俺はアイシャの髪の毛を櫛で梳いてみせた。


「本当はこうやって髪の毛についた虫やフケなんかを落とすために使うものなんだ」


「なるほど、それでは女の子たち父親を集めて櫛の作り方を教えてください。

 その代わりと言ってはなんですが、私にも一つ作っていただけますか?」


「ああ、どうせ見本で作らないといけないし構わないぜ」


 というわけで俺は女の子たちの父親を集めて、女の子たちのまだかなまだかな~という視線を受けながら櫛をみんなで作った。


「わーい、わたしのくしー」


「よかったね、まりちゃ」


 とアイシャやアイシャの友達のマリアも喜んでいるようで良かった。


「じゃあ、これはマリアの分な」


「はい、ありがとうございます」


 とまあ村長のマリアや女の子たちが櫛をつけ始めたことで、髪飾りとして母親や祖母なども櫛をほしがって皆が櫛づくりにせいを出すことになったが、衛生器具としての櫛が早く普及することになったんで結果オーライかな? 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る