第52話 春には野草、夏にはフルーツ、秋にはナッツ、冬には野菜、肉や乳もあるからエリコの食事は案外バランスが取れるもんだ

 さて、季節は秋になった。


 下の子供の首もようやく据わってきて、表情などもわかりやすくなってきているな。


 そして今日はフルーツを取りに果樹の生えている場所へ以前と同様に番犬や見張りの男も一緒に皆で来ている。


 リーリスは子供を抱っこ紐でくくって居るからちょっと大変そうだ。


「疲れたら赤ん坊の抱っこを変わるから言ってくれな」


「あら、だいぶこの子も落ち着いてきてくれたし、これくらいは全然平気よ。

 この子は大人しくて手がかからないし」


「ならいいんだがな」


「とーしゃん、いちじくー」


 娘のアイシャが無花果を見つけて指差している。


「おお、よくわかったな」


 えへへと笑う娘。


「いちじくはおいしーの」


 俺も頷く。


「おお、無花果は確かにうまいな」


 リーリスが無花果に手を伸ばして石器のナイフで枝から切り離す。


「アイシャが見つけたからこれはアイシャの分ね」


 そういってリーリスはアイシャに無花果を手渡した。


「わーい、あちしのー」


 アイシャは喜んでそれを受け取って、小さな籠に入れた。


「ん、ブドウも生えてるな」


「あら、本当ね」


  そう行ってリーリースはブドウを採取する。


 この時代では秋の雨が降り出す前の短い期間にフルーツが取れるが、それ以外の季節にはフルーツはなかなか手に入らない。


 今は無花果やブドウにナツメヤシなんかはは干して保存したりするので冬から春くらいまでは食えるようになったけどな。


 21世紀ではスーパーマーケットなどに行けばいつの季節でも主な野菜は毎日手に入る。


 玉ねぎ、人参、ジャガイモみたいなカレーなどに使う野菜やキャベツとかレタスのようなサラダ系の葉野菜、大根、ゴボウのような根菜でもなんでも大体は揃う。


 フルーツなんかはさくらんぼは春、西瓜は夏、柿は秋、林檎や蜜柑は冬のように特定の季節しか流通していないものも多いが、バナナのように季節問わずに流通しているものもあるよな。


 しかし、野菜やフルーツというのは人間の大きな移動がないとなかなか広がらない。


 エリコ周辺にはブドウ、無花果にナツメヤシ、もうちょっと北だと林檎もあるしメロンなどの原産もこのあたりだから種類は意外に豊富だがな。


 ヨルダン川周辺のナッツやドングリやフルーツを得ることでエリコなどの街に人々は定住することになった。


 長期の保存ができ、年間で安定した食糧となる麦や豆を栽培することで炭水化物等の補給は容易になった。


 そしてドングリや麦などのデンプンが安定して手に入る様になれば山羊や羊などを無駄に殺す必要がなくなるから増やすのが容易になるし、穀物を主食にすることで味に彩りを添えるおかずという区分もできるようになった。


 食べることを楽しめる余裕ができたしバランスも良くなったんじゃないかと思う。


 家畜小屋にいる山羊、羊、驢馬、家鴨、鵞鳥なんかは皆元気で、卵も定期的に食べられる。


 ウリンボだった猪は大きくなったので潰して食べてしまったり、いつの間にかどこかに行ってしまったが。


 猪は雑食性だが、どちらかといえば植物質のものを摂食する。


 しかしドングリ、イモ、などの根っこ部分を食べるため山羊、羊、驢馬などと比べると人間と競合する部分が大きいんだよな。


 こうして自然の果樹林でフルーツも取れる。


 人の手が加わっているとは言え、自然の恵みを活かした割とのんびりとした時代だ。


 無論医療技術などはないに等しいから病気や怪我には注意が必要だが。


「もう少し探していくかー?」


「さがすー」


「そうね、もう少し取っていって余ったら干せばいいわ」


 こんな時間がいつまでも続くことを祈ろう。


 食べ物や水や土地を巡って殺し合いをしなくてもすむように。


 そして、そろそろアイシャは他の子供達と一緒に遊ばせていい頃かもしれないな。

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