第50話 二人目の子どもも無事生まれてよかったぜ

 さて、麦の収穫も終わり、雪解け水で街の周りに水があふれその水が引く頃には、夏を迎える。


「そろそろ夏用の亜麻の服を引っ張り出してこないとな。

 リーリスが前に臨月だったときに使っていたやつもまだあるよな」


 俺がそう聞くとリーリスはうなずく。


「ええ、奥のあまり使っていない部屋に吊るしてあるわ」


「んじゃ見てくるな」


 というわけで奥の部屋に行くと、実際に俺やリーリスの夏用の亜麻の服やリーリスが臨月のときに使った布を体に巻き付けて使うトーガのような服に加えて、前に少し使ったゆりかごや抱っこ紐なども置かれていた。


 この時代では本当に壊れてしまってどうにも使えないものは空き家に投げ込んでしまい、残飯などは犬などの家畜に食べさせるが、一時的に使わなくなっただけのものは使える限りはとっておくのが普通だ。


 まあ、衣服を収納するためのタンスなどはないので、衣服は天井から吊るしたフックなどにかけておくだけ、その他のものは床の上に雑然と置かれているとかだったりするが、そもそも必要数以上に物を作るということをしないしできないからな。


  何を作るにしても手間もかかるし、燃料資源が多くないという制約もあるし。


 特に亜麻の服は糸を撚るのも布を織るのも大変だから、擦り切れてどうにも着れなくなるまでは着続けるのが普通だな。


 毛糸はそれ以上に羊毛の量の確保が現在では難しいが。


 しかし羊毛は暖かくて通気性もいいので、肉として食べるのではなく毛を確保するためにどんどん羊の数を増やしていき羊飼いという職業も結構早くできたんだろう。


 ちなみに亜麻の服は布を二枚縫い合わせて頭と腕を出す穴のみ縫い残した筒型衣と呼ばれるもので、毛皮の場合は中央に穿たれた穴から頭を出して着る貫頭衣だ。


 もっとも俺が脳漿なめしやタンニンなめしを始める前は、気温が上がってくると身に着けていた皮は腐ってしまっていたので毎年作り直していたはずだ。


 そもそも人類の長い歴史で既製服のようなものが作り出されたのは1760年代のイギリスにおける産業革命に因って糸や布を作りのが簡単になったことと、1820年代の型紙とミシンの普及以降でその前は衣服というのはよほど金が有り余ってる人間でもない限りは自分で糸を紡いで布を織ってそれを仕立てて大切に着続けるのが普通だった。


 というわけで俺とリーリスは以前に使っていた夏服をつかい、アイシャは去年よりデカくなってるので新たに筒型衣を作ってやる。


「新しい服の着心地はどうかな?」


 俺がそう聞くとアイシャはご満悦で答えた。


「いいー」


「そうか、それなら良かった」


 下の子供は基本的にアイシャのお下がりを着ることになるが、まあそういう時代だからしょうがないし、この時代どころか18世紀まではそれが普通だ。


 そして二人目の子供を妊娠したリーリスも無事臨月を迎えた。


 前回に比べれば俺もだいぶ落ち着いて対処できるようには成ってる。


 まさに案ずるよりも産むがやすしだな。


「前回同様、子供を取り上げる前にシャボン草の汁で手を洗うのは念のため教えたけど相変わらず俺がやることはないんだよな」


「とーしゃひまなのー?」


「あーうん、まあそうだな」


 この時期は干物にした魚やチーズやヨーグルトにした山羊の乳に収穫した麦などの食材は豊富なので、あんまり食糧調達は必要がない。


 まあ、前と違ってアイシャや猫とその子共の猫なんかが居て家自体がにぎやかになってる事もあって、騒がしい感じではあるんだが。


「前に比べればあなたもだいぶ落ち着いてるわね」


 リーリスが笑ってそう言うので俺はうなずく。


「まあ、たしかにそうだな。

 やっぱり一度経験すると慌てたりしなくなるものらしい」


 案ずるよりも産むが易しともいうし、心配だけしても仕方がないのは事実だ。


「まあ、家にいても邪魔っぽいし、ちょっとジッグラトに行ってお祈りしてくる」


 俺がそういうとアイシャが言う。


「あちしもいくー」


「ああ、じゃあ一緒に行こうか」


「あい」


「はい、じゃあ二人共気をつけて行ってらっしゃい」


 というわけで俺は粘土の土偶のような女神像に手を合わせて祈る。


「神様どうか母子が無事に出産を終えられますように」


 アイシャも俺のマネをして無言で祈る。


 その後俺たちは家へ戻った。


「おぎゃあぁぁ!」


 ちょうど左右から人に支えられながら、しゃがんだ状態のままお産する、立産の状態のリーリスのお腹から赤ん坊が無事に出てきたところだった。


 元気な男の子だな。


「ああ、今回も神様ありがとうな、母子とも無事なようだ」


 やはり血まみれでシワシワで小さい小さい新たな命だ。


 ちゃんと大切に育てないとな。


「リーリスも大丈夫か?」


「うん、わたしも大丈夫よ」


「それは良かった」


 そしてアイシャが首を傾げて言う。


「あかちゃー?」


「そうだ、お前の弟だから仲良くやって必要な時は面倒を見てくれな」


「わあったー」


 新たな家族が加わったがやはり名前はまだつけない。


 ちゃんと育ってくれることを俺は祈るだけだ。

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