第42話 夏の日差しを感じるのもたまにはいいものだ

 さて、ヨルダン川の雪解けの増水期をすぎれば、その後は乾季になって夏らしくなってくる。


 もっとも日本の夏と違い、ここエリコに夏は乾燥しているのでさほど暑くは感じ無いけどな。


 川の水が引いた後の大地は夏の日差しに照りつけられ乾くが、乾燥に強いクローバーやウマゴヤシなどの草が芽生えて成長しそれは家畜たちの大事な食料になる。


 そして今は家畜小屋から山羊、羊、驢馬、家鴨、鵞鳥たちを連れ出して運動させつつ草を食わせてるところだ。


 以前は言うことを全くと行って聞かなかった驢馬もなんだかんだでそこそこ言う事を聞いてくれるようになった。


 ちなみに猫はお家でお留守番だ。


 暑くなる前に羊の毛刈りは済ませてるから羊も、もこもこではなく涼しそうだ。


「めーしゃん、まってー」


 娘は山羊の親子と一緒に遊んでいる。


 ”べぇ~”


 仔山羊は結構いたずら好きで、母山羊の背中に飛び乗ったり降りたりしているが、娘も同じように母山羊の背中によじのぼったり降りたりしているのだ。


 野生の山羊は切り立った崖を登ったり、足場の悪い岩場に居ることが多いが、その理由は肉食獣に襲われないためと、岩に付着している塩を摂取するためらしい。


 まあ、崖の上でも仔山羊なんかは猛禽には襲われることは有るんだが。


 で、母親は迷惑かもしれないが、じっとして子どもたちを自分の背中で遊ばせてやっている。


「お母さんは大変よねー」


 リーリスが笑いながら言う。


「たしかにな、人間でも動物でもそれは変わらんらしいな」


 やがて仔山羊も疲れたのか飽きたのか腹が減ったのかむしゃむしゃと草を食べはじめた。


 母山羊も同じように草を食べている。


 なんとものどかな光景だ。


「めーしゃんおいしい?」


 ”べぇ~”


 仔山羊はうまいよーとでも言いたげに一声ないた。


 そして娘は俺に聞いてきた。


「とーしゃんこの草美味しい?」


「いや、俺達には美味くはないなぁ」


 食糧危機が深刻だった時代にはウマゴヤシやクローバーも食料にしようと人工的に栽培したらしいけどな。


 もっとも人間の食料には向いて無くても家畜にはいい食料だったわけだが。


 俺の答えに娘が首を傾げた。


「どーちて?」


「お前さんもナツメヤシの実とかの甘いもののほうが美味しいだろ」


 娘はコクリと頷く。


「あい、おいちーでし」


「でもな、ほうれん草は苦くてだめだろ」


 娘はコクコク頷く。


「あい、にがいのだめでち」


「そういうことさ。

 山羊には草はうまいんだろうけどな」


「やぎさんすごーい」


 そう言って仔山羊の頭をナデナデする娘。


「そうだな、山羊や羊はすごいな」


 増水期に山羊や羊の乳があるだけで食料の幅がだいぶ違うからな。


 まあ、俺はたまには米が食いたいと思うこともあるんだが、ここじゃどう考えても無理だな。


 家鴨の卵もでかくて焼いて食べるととてもうまい。


 鶏と違って雑菌が多いので加熱して食わないと危ないそうだけどな。


 家鴨や鵞鳥達は水辺でバチャバチャ泳いでいる。


 乾季といってもヨルダン川は完全に干上がるわけではないから、水浴びや餌を食べるために家鴨や鵞鳥が水場に困るわけでもない。


 春先には雛を引き連れて歩いていたが雛もだいぶ大きくなってきたな。


「がーちゃんまってー」


 家鴨は人懐こいが、鵞鳥は結構警戒心が強い。


 娘が鵞鳥に大きな声を上げながら近づいたら逃げでしてしまったようだ。


「おーい、大声出して無理に追いかけたらだめだぞ」


「だめー?」


「ああ、お前さんだって自分より体の大きいやつに大声で追いかけられたら怖いだろ?」


「こあーい」


「鵞鳥だってそうだ。

 だから優しく呼びかけてやったほうがいい」


「がーちゃんおいでー」


 鵞鳥は首を傾げている。


「こあくなーい」


 娘はバンザイをしてみせた。


「こあくなーい」


 鵞鳥が首を傾げながら娘に近づいていく。


「がーちゃんいいこー」


 娘が鵞鳥の頭をなでて笑っている。


 なんだかんだで動物たちは娘には早くなつく。


 おそらく無邪気さから来るんだろうな。


 やがて日が傾いてくれば動物たちもお腹いっぱいになって小屋へかえることになる。


 小屋の中にいれば夜でも安全だとわかっているのだろう。


「よーしそろそろかえるぞー」


「あーい」


 俺のもとへ駆け寄ってきた娘を肩車して帰路につく。


 夕日が綺麗だな。


「おそらまっかー」


「ああ、綺麗だな」


「きれー」


 そんな他愛ないやり取りをしつつ毎日を平穏無事に過ごせるのは何よりも幸福なことだろう。

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