第40話 実はハトも家禽だったりする、そして蒸し風呂を作ってみようか
さて、人間が大型の草食動物である象の狩猟を開始すると食べ残しが多量に出るように成ったことで、その食べ残しを狼や狐などが食べるように成っていったらしい。
古いものでは約40万年前の遺跡から人間のものと一緒に狼のものと思われる骨や歯が見つかっていたりする。
狼は実は子供の居る群れのほうが狩猟成功率が低く、成体だけの一匹狼やペアの場合狩猟成功率は非常に高いが、子供も居ると50%程度まで下がってしまう。
これは狼の狩猟が草食動物を疲れるまで追いかけ回すタイプだからなんだろう。
そしてそういった群れは人間になつきやすい子供が居たため、狼は人間になつく場合もあったらしい。
もっとも狼が純粋な犬になったのはデンプンを消化する能力が備わってからで、これは穀物の栽培が行われたからではないかと言われてきたのだが、人間は10万年以上前からヤムイモをそのまま焼いたりやソルガム・ミレットと言った雑穀の野生種を石器ですりつぶしてクッキーのように焼いて食べていたらしく犬の家畜化は定説では1万5千年前くらいと言われていたが、それよりもずっと古い可能性も大きいようだ。
それはともかくとして人間の食べ残しを目当てに人間の集落近くに住み着いたのは犬だけでなく、狐やカラスもそうだし、人間が定住し始めて穀物やどんぐりを集めだした後はネズミなどもそうだがその他にも居る。
それはなにかといえば鳩だ。
鳩、駅前や寺社、公園などで良く見かけるドバトは本来地中海方面や中央アジア、北アフリカといった乾燥地帯に生息しているカワラバトが家禽化されたものが再度野生化したものだが、カワラバトは、崖のくぼみなどに住み着く習性があったため、人間が干しレンガの神殿などを建てるとそこに住み着くやつが出てきたらしい。
なんで、エリコでも神殿や空き家などに結構住んでいるようだ。
更にハトは小さな昆虫・ミミズ・カエルといった生き物も食べることがあるが、どちらかといえば草食で雑草や果実、穀類、豆類などの種子を中心に、芽、果実なども食べる。
さらにはハトは人間が捨てるような野菜くずや果物の皮や、脱穀した籾殻やどんぐりのからのようなものでも何でも食べることができる。
そして牧草や穀物・豆類を栽培し、果物の川や種などの生ゴミや食べ残しを捨てる人間のそばに住めばそれらを手に入れるのはハトにとって簡単になる。
そういったことからハトは人間の集落に住み着く生物の一つになるわけだが、ネズミと違い備蓄した麦などを狙ってくるわけではなく人間から害獣扱いされることはなかった。
現代だと糞害を理由に害獣扱いされてるけどな。
そして中東やヨーロッパ、北アフリカなどの地中海方面でハトとは普通に食べられているが、大人しくて捕獲が簡単なハトは割と古くから食用にされていたらしい。
まあハトから見れば猫や蛇に比べると人間はでかいが動きの遅い、あんまり危険ではなく、たまに餌を持ってきてくれるなにかぐらいの感覚だったのだろうとは思うがな。
そのために中近東やエジプトなどではハトの塔と呼ばれる干しレンガで作られた建造物がある。
ハトの塔は高さ10~15メートルほどの中空の円筒の形状をした中にハトの寝床になるくぼみがたくさんある柱などがある建造物だ。
塔によっては最大1万羽まで収容することが可能なもので、ハトの天敵であるヘビが侵入しないようにするためハトが塔に出入りするための穴は最上部に1つだけなっている。
最初はハトを飼育して肉や卵を食べるためのものだったようだが、やがてハトのフンをかき集めて畑にまくと作物がよく育つ肥料になることを発見すると、ハトは肉や卵の食用よりもハトのフンを捕るのが主目的と成っていった。
これは鶏や家鴨・鵞鳥と違い、飛ぶということをやめなかったことで人間の飼育下でも体が大きくなったり卵をたくさん生むようになることがなかったからだろう。
その他にもかなり古い時代からハトは伝書鳩のような通信手段としても使われていた。
ハトは夜は塔で寝て、朝になり日が昇ったら勝手に出て行って餌を探して食べ、昼には水浴びや日光浴をして、夜には戻ってきてまた寝るので、水と塔さえあれば勝手に集まって住み着き、餌などを用意する必要もない。
まあエリコではヒメモリバトも多かったりするんだが。
雨季も終わりつつあり、暖かくなってきた春は外を歩くに適した季節で、俺やリーリスと一緒に歩いていた娘が羽を広げながら座り込んでじっとしているハトを見つけそれを指さしながら言った。
「とーしゃ、はとしゃんなんで座ってるの?
怪我してるのかな?」
「んああ、ハトが地べたに座って羽を広げているのは怪我をしているわけじゃなくて、のんびり日の光を浴びてくつろいでるのさ。
多分この前に水たまりで水浴びをしたんだろう。
だから心配はしなくていいぞ」
ちなみにハトの水浴びや日光浴は寄生虫や脂粉と呼ばれる鳥のふけや垢の様なものを落とすためのものらしい。
「わーった、よかったー」
「お前さんも水浴びしたいか?」
俺がそういう娘は渋面に成った。
「ちべたいから、やー」
「服を洗うのもか?」
「やー」
「そっか、まあいいけどな。
体が痒かったりしないか?」
「ちょっとかいい」
「そうか……ならちょっと考えてみようか」
やっぱり水浴びとかをしないと、皮膚病などにもかかりやすくなるんだよな。
「うーん、やっぱ風呂はほしいんだけどな……」
しかし、人間が入れる量のお湯を沸かすには燃料がたくさん必要なうえに、風呂は水をこまめに入れ替えないようではむしろ衛生的には逆効果だったりする。
さらに言えば水は重いのでそれを運ぶのはとても大変なのだ。
もちろんこの時代には揚水ポンプなんて言うものはないし、上水道もない。
手押し式ポンプや揚水水車を作るにも金属器の木工工具などが発達しないとちょっと難しい。
となればできるのは蒸し風呂のたぐいだな。
水を使った沐浴の次に蒸し風呂は歴史が古い。
2000年ほど前には、すでに中央アジアでは蒸し風呂があって、狭い空間に置いた高温に加熱した石に水をかけることで蒸気を発生させたものは、現代で言うところのスチームサウナとほぼ変わらない。
燃料などが少なくて済み手軽に使用できたため、冷水による沐浴に適さない地域で広まったらしい。
とは言え勝手に作るのもよくないだろうしマリアには相談をしておこう。
「マリア。
子供たちの病気を防ぐためにも蒸気を浴びられる、蒸し風呂を作りたいんだが許可をもらえるか?」
「蒸し風呂……ですか?」
マリアは首を傾げた。
俺が話していることはこの時代で使われている言葉に勝手に翻訳されてるようなんだが、流石に蒸し風呂は通じないか。
「ああ、要は新しく小屋を作って、その中で熱した石に水をかけて蒸気を満たして、それで体を温め、垢とかを落としやすくすると言ったもんなんだが、どうだろう?」
「そうすれば、子供たちの病気が減るのですか?」
「ああ、体もあたたまるし、肌も清潔に保てるはずだ」
「分かりました、ではお願いします」
「了解、ありがとうな」
「いえいえ」
こうしてマリアに許可を取った俺は、蒸し風呂を作り始めた
もちろん、俺一人で家を建てられるわけじゃないので、リーリスの家族などにも協力してもらう。
干しレンガを積み上げていき出入り口は有るが普通の窓などはなく最低限の採光と換気ができるだけの小屋を作った。
焼いた石を置く場所は間違って手足が入ってしまわないように干しレンガで囲っておく。
小屋の中は蒸し風呂スペースと脱衣スペースに、一応分けたが、家や家畜小屋を作るよりも狭くていいので意外と早く完成した。
更に小屋自体への入り口は服を脱いでいても裸を見られないためと部屋の気温が下がりすぎないように筵を掛けておき、入口付近に脱衣スペースをつくり、脱衣所から蒸し風呂スペースには立ったままではなく、しゃがんでくぐってはいるようにしてなるべく蒸気が逃げないようにする。
これは江戸時代の銭湯の石榴口と同じやり方だな。
干しレンガで腰掛ける事ができるようにもしておく。
まあ、湿気が多い分耐用年数は短くなりそうだがまあそれは仕方ないだろう。
「じゃ、ためしてみるか」
まずは炉になる干しレンガスペースで火を焚いて建物の中を熱し、空気を温めて、炉のそばに置いた熱した石に水をかけると建物全体に蒸気が広がる。
「うん、いい感じじゃないか?」
まずは試しにうちの家族にも入ってもらうとしようか。
「というわけでみんなで蒸し風呂に入るぞ」
「蒸し風呂?」
リーリスが不思議そうにしてる、まあそりゃそうか。
「とりあえず温かい蒸気を浴びに行こう」
「よくわからないけど、いきましょうか」
「いくー」
俺達は家族で風呂に入りに行った。
持ち物はシャボン草に亜麻の布だけだ。
日本の苧麻や大麻は繊維が硬いためハリやコシが強く、ザラザラした肌ざわりなのに対し、やわらかくしなやかなのが亜麻の良さで、体を洗う布タオルとしても問題なさそうだ。
「まずはここで、服は脱いでくれ、脱いだ服はかごに入れるように」
「あら、ここで脱ぐの?」
「ぬぐでし?」
「ああ、いっぱい汗をかくし垢を落とすためにも風呂には裸で入るんだよ」
まあ、場所によっては水着で入ったり湯帷子で入ったりする場合もあるようだけどな。
全員が服を脱いで全裸になったら、蒸気室に入る。
炉で焚いている火と石のおかげで十分湯気は満たされてる
「あら、温かいしいいわね」
「あったかいでしー」
尻が汚れないように床や腰掛ける場所にはアシで織ったゴザをしいてあるので、みんな座ったり寝たりしてのんびり過ごす。
蒸し風呂と言ってもすきまなどもけっこうあるし、そんなに温度が高いわけではないので、子供もやけどしたりする心配はない。
やがてみんながたっぷり汗をかいたら、まずはそれぞれ自分の体を水で濡らしてシャボン草の汁をつけて絞った麻布で拭いていく。
結構垢が溜まってたのは驚きだが、あんまり落としすぎるのも良くないらしい。
体の皮膚についている常在菌の餌にもなるからな。
「じゃ、リーリス、背中をふくからちょっと座ってくれ」
「背中ね、ハイお願いするわ」
俺に背を向けて座っているリーリスの背中を麻布で垢を落としていく。
「とーしゃ、つぎあちしー」
そう言って娘がせがんでくるので俺はうなずいて言う。
「おう、ちょっと待っててくれ。
お母さんが終わってからな」
「あい、まつでし」
リーリスの背中の垢を落とした後、娘の背中もおなじようにやってやる。
まあ、自分であらえないこともないが、こういったスキンシップもたまにはいいってことさね。
「じゃあ、最後はあなたの背中を私が洗うわね」
「おお、頼む」
リーリスの手で背中を流してもらうとやっぱり気持ちがいいな。
みんな十分汗をかいて垢を落としたら、風呂から出る。
浴槽がないのは残念だが……まあ仕方ないだろう。
エリコでは燃料になる木材は貴重なのだ。
「いい、湯気だったな」
「ええ、体も温まったしいいわね」
「いいでしー」
とりあえずこれで血行促進も出来るだろうし、髪の毛や皮膚についてるシラミやノミなども落とせるだろう。
この施設自体は俺たちだけでなく、使い方を教えてエリコの住人なら誰でも使えるようにする。
それにより、病気にかかりにくくなって、病気で死ぬことが減ればいいなぁ。
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