第32話
邪の者に呑み込まれかけた柊水を救うため、火織と空は赤い炎と青い炎を作り出す。
「柊水様、いきますね」
火織の言葉に柊水は頷く。
ゴォォォと、2つの炎が柊水に纏わりつく影を焼く。
「くっ……」
炎の熱さと痛みに柊水は苦しげな表情になる。
すると、邪の者が大笑いをした。
「クッカカカカッ!!容赦なく燃やすネェ!最高ダワ!ホラホラ、もっと苦しげな顔をするとイイワ!」
おかしくてたまらないといった様子で、影もゆらゆらと揺れ動く。
しかし、次の瞬間、ダンッと鋭い音が邪の者の笑い声を消した。
柊水の左手には、水で作り出した小刀が、床で波打つ影を突き刺していた。
「笑っていられるのも、今のうちだ」
柊水は静かにそう言う。
邪の者は特に気にしない。
「いつまで、強がっていられるのカシラ?」
顔は見えないが、邪の者が笑みを浮かべているのがわかった。
火織の頬を何かが伝う。
冷たい雨と、熱い涙。
片手は柊水の手を握り、もう片手で影を焼き尽くすための炎を操る。
柊水は苦しげな表情だ。
影を焼く炎は柊水にも痛みを与えていた。
(お願い、柊水様には暖かさだけ……少しでも熱さや痛みを感じませんように)
炎を操る手を止めることはできない。だから、少しでも柊水の負担が減るように火織は祈り続けた。
痛くて、痛くて、今すぐにでも大声で叫びだしたいぐらいだし、うっかりしたら意識も飛びそうだった。
柊水はゆっくりと呼吸する。
床でうごめく影を小刀で突き刺した瞬間、柊水の右肩に激痛が走った。
邪の者の言う通り、今の柊水は邪の者と同一になっている。
ぐっと歯を食いしばりながら、柊水は目の前で影を焼き尽くそうと揺れ踊る赤と青の炎を見ていた。
(いい色だな……)
鮮烈な赤と澄み切った青。
その2色からは、太陽と青空を彷彿とさせた。
それは、柊水が求めてやまないものだった。
柊水は、すうっと息を吸って目を閉じる。
そして、息を吐きながら思い出す。
少し前……火織と会う前の、諦め、焦り、絶望に呑み込まれていた自分を。
最近になって自身の霊力を上手く操れるようになったばかりだ。
過去の自分を思い出せば、またあの時のように霊力を溢れ出すことができそうだった。
ザァーザァーと屋根を叩く雨の音がうるさくなる。
ゴボゴボと柊水を囚える影の沼から音がする。
そして、きらきらと輝く青い光の粒が影の沼の周りで跳ねている。
「……ッ!まだ、あきらめないナンテ……」
邪の者の言い方からは困惑、そして焦りが含まれていた。
「あきらめませんよ。私たちは、最後まで」
火織はきっぱりと言った。
それを聞いた邪の者はギリッと歯ぎしりをする。
突如、影が膨らみ柊水の肩や首を掴んだ。
そして、グッと影の沼に沈めこむ力を強めた。
「柊水様っ!」
火織も繋ぐ手の力を強める。
そして、柊水の顔を見た火織は、ハッと息を呑んだ。
柊水は汗を垂らしながらも、余裕な笑みを浮かべていた。
「火織さん、空。一気にいきますよ」
柊水がそう言った瞬間、周囲で煌めいていた青い光の粒が、まばゆく光る。
そして、ゴボッと大きな音をたてて、沼から何か大きく長いものが飛び出した。
火織と空はポカンと口を思わず開けてしまう。
それは、青く輝く龍だった。
「水龍よ、この影を喰らえ!!」
柊水がそう叫ぶと、水龍はガバッと口を大きく開けて影の沼を喰らう。
影はどんどん水龍に吸い込まれていく。
「クッ……まだこんな力が残っていたナンテ!」
邪の者は本格的に焦りだし、影を膨張させて一気に柊水を沼に沈めようとする。
「そうはさせませんっ!」
火織と空は炎を操り、柊水に襲いかかる影を焼く。
さらに、水龍は火織たちの炎も纏い、さらに勢いよく影を浄化していく。
影が増幅する速さより、柊水の水龍と火織と空の炎が浄化する方が速かった。
気がつけば、柊水の腹部辺りまで捉えていた影の沼は消えて、今では人の顔の大きさほどの影が床の上で暴れまわっていた。
「ギィイイヤァアア!!」
邪の者は耳障りな叫び声を上げて、ぐにゃぐにゃと動き回ったかと思うと、鳥の姿へと変わり床から離れる。
そして、翼をはためかせて上へ……穴が空いた天井へと向かうのだ。
邪の者は逃げようとしていた。
「逃すかっ!!」
空が高く跳躍し、火球を飛ばして邪の者を足止めする。
「広がれ、火の幕!」
さらに、火織も炎の幕を天井に作り出して逃げ道を防ぐ。
「行けっ水龍!!」
そして、柊水の水龍は逃げ惑う邪の者に向かって一直線に飛び、一飲みにした。
邪の者を喰らった水龍は炎の幕を突き破って空へ昇る。
そして、バンッと破裂した。
一瞬、辺りは青い光に包まれる。
あまりの眩しさに柊水たちは目元を手などで覆った。
恐る恐る、目を開ける火織。
明るい。
真っ先にそう思った。
バッと顔を上げた火織はみるみる笑顔になる。
雨は止み、美しい青空が広がり、眩しい太陽光が降り注ぐ。
「晴れた……柊水様っ!晴れましたよ!!」
火織は隣の柊水の方を向く。
柊水は涙していた。
「良かった……」
ぽつりとそう呟き、ぐらりと体が揺れる。
「しゅ、柊水様っ」
火織がその腕を取ろうと手を伸ばした瞬間、柊水は後ろに倒れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます