第31話
灰に変えてやる。コイツを、そして私も。
「火織さんっ……!!」
柊水が名前を呼ぶが、火織は振り向かない。
火織は体内にある霊力全てを爆発させようとした。
しかし、その瞬間、ドォーンッという雷が落ちたような音と同時に火織達の視界が青白い光りで塗りつぶされた。
バチバチと何かが爆ぜる音がする。
ふと、火織は自分の体が拘束されてないことに気づいた。
それと、何か冷たい粒が火織の頬を叩く。
(な、なにが起きたの……?)
まだ視界は白く霞んで見える。
火織は目をパチパチさせた。
次第に見えるようになってくる。
火織の目の前には、白い毛並みの、大きな犬がいた。
犬の周りではバチバチと青白い光りが爆ぜている。
黒い瞳に目尻に朱色。
この瞳、火織は見たことがある。
「空っ……!」
柊水が先にその犬の名前を呼んだ。
「柊水様、遅くなって申し訳ございません」
狛犬姿の空は、柊水と火織の方を見てそう言った。
「空さん……でも、どうやって」
火織はそう言いかけて、ハッと気がついた。
神殿の天井が、破壊されていた。
火織の頬を叩いていた物、それは、雨だ。
ぽっかり空いた天井からは、曇天が見えていた。
どうやら、扉は厳重に封じられていたが、天井はそうでもなかった様子。空は、そこを狙って天井を破壊してこの神殿に入ってきたのだ。
『クソッ……邪魔が入るナンテ!』
空の雷に打たれた邪の者は地面にうつ伏せで倒れていた。
邪の者がモゾモゾ動き出せば、空が雄叫びを上げ、雷を再び落とされる。
「柊水様と火織さんを絶対に守るっ……!」
空は低く唸る。
『こうなったら……コウナッタラ!!』
突然、邪の者の姿が、どぷんと水の中に沈むように地面へと消えてしまう。
「!?どこにっ……」
3人が辺りを警戒したその時、柊水の足元……影が揺らぎ、そして膨らんだ。
「柊水様っ!!」
火織が柊水の手を取ろうと腕を伸ばした。
だけど、あと少しというところで柊水の手が、腕が……柊水の半身が黒い影に囚われてしまった。
「柊水様から離れろっ!」
空は黒い影に向かって吠える。
影は離れないどころか、柊水をどんどん絡め取っていく。
そして、柊水の足元の黒い影が広がり、柊水をズルズル飲み込もうとしていたのだ。
「っ……!!」
火織は柊水に駆け寄り、黒い影に覆われた柊水の手を掴む。
「火織さん、離してくださいっ」
「嫌です!」
途端、耳障りな笑い声が響く。
『カカカカッ!!無理ヨ!コイツは私のモノ!私から奪い返すことなんてデキナイ!』
柊水の足元の影が邪の者の笑い声に合わせてボコボコ膨らむ。
空がダンッと前足で柊水の足元の影を叩くと、青い炎が現れ、影を焼き尽くそうとした。
しかし。
「うっ……」
柊水が苦しそうな表情になる。
再び、邪の者の笑い声が聞こえた。
『カカカッ!今、コイツと私は一心同体!私を焼き尽くすということは、コイツを焼き尽くすのと同じコト!アンタ、自分のご主人様を焼き殺すノ?』
空はすぐに青い炎を沈め、ギリギリと歯を食いしばった。
その間もズルズルと柊水は影に飲まれていく。
「火織さんっ……もう離してください。このままでは、あなたまで飲まれてしまうっ!」
柊水は腕を振り払おうとした。
だけど、火織がより一層力強く柊水の手を握り、離そうとしない。
「いや!絶対に離しません!何としてでも、柊水様のことを助けます!飲み込まれるなら一緒に飲み込まれます。この邪の者を灰に変えるまで、私は柊水様の手を離さないっ!」
火織は叫ぶように言った。
ちりちりと火織と柊水の繋ぐ手から炎の蝶が数匹現れる。
まるで鼓舞するように、2人の周りを蝶は飛ぶ。
ズブズブと腰まで影の沼に柊水は沈んでいた。
急に、後ろを引っ張られた。
振り返れば、空が柊水の襟辺りを咥えて、引っ張っていた。
火織も柊水の手をしっかり握り、引き上げようとしている。
柊水はグッと下唇を噛んだ。
(諦めたら、駄目だ。この2人がこんなに頑張ってるのに。それにまだ、雨を完全を止めることもできてない……こんなところで、全部放り投げることなんて、できないっ……!)
柊水は天井を見た。
空がぽっかり開けた穴を。
雨が降りそそぎ、神殿内部を、火織や空を濡らしている。
「全部、流してしまおう」
「え?」
柊水の呟きに火織が顔を上げる。
「空、火織さん。思いっきりやっちゃってください。2人の霊力全てをぶつけてください」
「で、でも、そんなことしたら柊水様に痛い思いを……」
空も柊水の襟を咥えたまま困惑している。
「大丈夫です。耐えられます。そばに火織さんと空がいるんですから」
柊水は笑った。
その笑みを打ち消すように邪の者は笑う。
ムダなことヲ……と呟いている。
柊水はもう、絶望の顔をしない。
「全部、流す。邪の者も、私の弱い心も、雨雲も」
火織と空は、柊水の覚悟を受け取った。
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